第12話 気持ち悪い。
学校の様子は約一週間前と明らかに様変わりしていた。校内に散らばっていたガラスや人間の死体は綺麗に掃除されており、生存者たちが使用する廊下や部屋だけ重点的に補修された形跡がある。
一部の窓は透明なクリアファイルを無理矢理貼り付けて作られていた。あるものは何でも使っているようだ。
「保護した生き残りは基本的に生徒会長に一度通すことになっているんだが……小百に案内してもらおうかな」
先導する甲斐田が体育館近くの方に進んでいく。そして歩きながら肩に背負った重たい物資が詰まったバッグを指さした。
「俺と加賀はこいつを貯蔵室に持って行かないといけないんでね」
「わかりました!」
頼んだぞ~。そう言って甲斐田と加賀は去って行った。それじゃ、行こっか。と小百が案内を始めた。
「……柊。知り合いとかは居ないのか」
声を小さくしてかごめに話しかける。馴染み深い校舎のはずだが、どうにも違和感が強い。俺が通っていた時代はこんなに平和じゃなかったな。恐喝に暴力にとにかくクソみたいな生活だったが……それは俺だけか。
「……居るっちゃいるけど、特に深い仲じゃない」
「こむぎが居るもんな」
「そうそう。あの子が居れば他に友達とか要らないし」
こそこそ話していると小百が興味深げに質問を投げかけてくる。
「君たちってカップルなの?」
後ろに振り向いたその表情には何の含みも見受けられない。
「ちが」
「そうなんですよ~! 満くんってば髪の毛は切らないし表情も動かないしコミュ障だしシスコンだしクソ芋陰キャ丸出しで最悪なんです~! 小百さんにはわかっちゃったか~」
……酷い言いようだ。間違いでもないが。
笑顔で一般人なら10回は死んでる毒を吐くかごめ。
「そ、そうなんだ……? その、なんて言うか……別れる寸前、なの…かな?」
とんでもない地雷を踏んでしまったと、あはは……と気遣う小百。
「まぁそれでも彼には良いところも何個かくらいはあるので~。今のところ別れるのは考えていないですね~」
とんだ大嘘つきも居たものである。一体どういうつもりだ? 小さく問いかけてみると、
「自慢だけど私可愛いからね。虫除けにはぴったりじゃん。私のこと守ってね♡」
「……きもいな、お前」
「黙っとけかす」
このような返事が返ってきた。どうやら俺は人間用虫除けになるらしい。
確かに贔屓目を抜けば、こむぎより一歩劣るほどの容姿をしている。きっと学校に通っていた頃は毎日が男子からのアプローチで満たされていただろう。
崩壊した後の世界の人間に理性なんて余裕はないだろう。本能のままかごめを襲うこともあるのかもしれないな。そう考えるとわからんでもない、か。
考えごとをしながら歩いていると、生徒会室が見えてきた。やはり生徒会長が居る場所は生徒会室なのか。
小百が扉をノックする。すると中から入っていいぞ。と女の声がした。
「お邪魔します! 報告があって、えっと、物資探索中に新たな生存者を保護しました! こちらがその生存者です!」
その女は艶やかな長い黒髪に日光を反射させ、こちらを真っ直ぐに見詰めていた。
____こいつを殺すのは大変そうだ。
何となく、そう思った。
「ほう。君たちが……ふむ。左の君は確か不登校だった……いや、すまない。柊かごめくんだな? 右の君も覚えているとも。藍田満くんだろう? 本来なら既に君を救い出しているはずだったんだがな」
眼光を光らせ、美しくも暖かな印象を与える笑みを浮かべる生徒会長。
「……もしかして生徒会長、うちの高校の生徒の名前全部覚えてたりするんですか?」
感情が読めない笑顔で、かごめは質問をする。俺が虐められていたことを知っていたのか。まぁ明らかに制服が汚れてたり殴られたりしている形跡があったからな。流石に妹を心配させるわけにもいかないから家では偽装していたが。
「まさか。私はそこまで完璧超人ではないさ。私は救わなければならない生徒を日頃からマークしていただけだよ」
こほん。生徒会長は咳払いをし、椅子から立ち上がった。
「自己紹介が遅れたな。私の名前は
「知ってるみたいですけど、私は柊かごめって言います。これからお世話になりそうですね」
「……藍田満です。よろしくお願いします」
俺とかごめは軽く頭を下げた。それにしても、何だろうな。
琴似生徒会長をじっと観察する。
魔力の流れが淀んでいるように思える。俺もしっかりと視認できるほど魔力を操れるわけじゃないから、あくまで俺の感覚だが。
目元には隈もないし、髪の毛も艶を保っている。肌が荒れている様子もないが……彼女が俺たちと同じ《魔法使い》なら、どんなに生活が荒れていたとしても表面上に不調が表れることはない。
「? どうした?」
「__いや、綺麗な顔をしていると思っただけです」
本当に、気持ち悪いほど綺麗な顔だ。何の後悔も悩みもないような、そんな顔。
「おっと、もしや私は口説かれているのか? くく、何だか新鮮な気分だ。最近私を神格化しようとする動きが強くてな。君のような阿呆……おっと済まない。口の軽いプレイボーイは大歓迎だぞ?」
何だろうな。なんでこんなにもこの女の顔を気持ち悪く感じるのか。見たくないものを見せられているような、そんな気分だ。
生徒会長の軽口を黙って聞いていると、小百が隣でわたわたとしていた。彼女にチラリと視線を送ると、何やらかごめを気にしている様子。
……そういうことか。
かごめも途中までわかっていない様子だったが、
「……? あ。あー、私と満くんは付き合ってるんです。満くんはすーぐふらふらどこかに行っちゃう人なので、生徒会長みたいな綺麗な人に誘われたら……」
言い淀み、自分に自信がなさそうにするかごめ。
適当な設定を作るからそうやって対応が遅れる。考えているようで何も考えていないことが多いからな。
「そうか。それは済まないことをした。君がまさかそういうタイプだとは……くく、プレイボーイもあながち間違いではないか? まぁ、今の私に色恋に現を抜かしている暇はない。安心したまえよ」
「それはよかったです!」
顔の良い女がお互いにニコニコしていると何だか圧力がある。
まぁ、こむぎ以下なのはどっちも同じだが。
「ここの外での生活はさぞ辛かっただろう。良く耐えたな。数日ほど休むと良い。後のことは追々話すとして……そうだな。小百は学校の中を案内してやってくれ」
「承知しました!」
「できることなら私自ら案内すべきなのだが……私はやることが山積みでな。済まないが彼女に聞いてくれ」
それじゃ、早速案内始めますね! 失礼します! と俺とかごめを引っ捕らえて小百は早々に生徒会室を出た。小百の行動に多少驚いたように眉をあげていたが、最後まで薄く微笑んだままだったな。
どうにも気持ち悪い。俺はあの顔をどこかで知っているのかもしれない。
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