第9話 合流




 ずぼっ。


「こうも上手いこと突き刺さると気分が良いな」


 俺はゾンビの頭蓋に突き刺さったバールを勢い良く引き抜き、そのまま残った身体を踏み倒す。蹴り倒した感じ、やはり軽いな。肉体の中身が腐って溶け落ちているのかもしれない。


 ころんころん。


 倒れたゾンビの胸ポケットから開いたままのロケットが店内の床にこぼれ落ちた。中には二人の男女と、小さな女の子の写真が飾られている。


「……ところどころ無いが、どの水を持って帰ればいいんだ。柊」


 それには目もくれず、俺は保存されているはずの水を探す。このディスカウントショップは巨大であるせいか、数多くゾンビが徘徊している。


「え? うーん……美味しそうなやつ? ……というかほらこれ! なんか思うこととかないの?」


 かごめがゾンビの飛び散った血や肉を嫌そうに避けながら、ロケットに入っている写真を指指す。


「……他所んちのホームビデオが気になるタイプか? 柊は変わってるな」


 本当に変わってると思う。一般的に他人の思い出に土足で入り込むのは少し趣味が悪いと思うが。


「ちげーよ! もっと人間的な感性の話をしてんだよ!」


 隣でかごめがわちゃわちゃ言っているのを聞き流し、とりあえず南極の水と書かれたペットボトルを手に取り、


 背後から何かの気配。微かに悪臭もする。


「満」

「ああ。《逆転リバース》」


 背後に魔法を展開。すると俺の目の前にはこん棒を持った緑の小人の後ろ姿があった。ゴブリンだ。どうやら俺を襲うつもりだったようだ。


「GYAGYA!?」

「……そうだな。実験と行こう。魔力を展開__《逆転リバース》」


 身体の内側に宿る力を操り、ゴブリンのもとに届かせる。驚いたようにこちらに振り向くが、もう遅い。


 俺が魔法を唱えた瞬間、ゴブリンの上下が反転する。


 頭を地面に、足を空中に。重力に従いゴブリンの頭が地面に接地し、崩れるように倒れかけたところで、振りかぶっていたバールを思い切り振り下ろす。


 ぶちゅ。


「……汚くなってしまった」


 ゴブリンの穴を拡張し、絶叫が店内に響き渡る。やめてほしいな、本当に。


「「「「「あぁ   ァ    あぁぁァああアア!!」」」」」


 やっぱりこうなった。


「最悪すぎるでしょ……!? あんた絶対それ家に持ち帰らないでね! いい!? 絶対だから!」

「……別に使えるんだし」

「ダメ」

「…………帰りにホムセン行くか」


 穴からバールを引き抜き、ゾンビの死亡を確認。四方八方から現れるゾンビたち。囲まれていても仕方がないので、


「《逆転リバース》」


 俺たちを囲うゾンビの中で、最も離れたゾンビと場所を入れ替える。すると元々俺に食らいつこうとしていたゾンビたちが、間違えたのか俺たちと入れ替わったゾンビに噛り付いている。


 隙だらけだ。どうせなら殺して……いや、他の生存者に物資を漁られるのも面倒だ。こいつらにはこの店を守っていてもらおう。


 俺は回収済みの買い物かごを持ち、立ち去ろうとして、


「みんな。今の声は聞いたか? あの声にゾンビ共はおびき寄せられてるはずだ。つまり」

「今がチャンスってことだねっ!」

「娘にビスケットを取ってきてやるって約束してんだ。行こう」


 小さく話し込んでいる生存者たちの声が聞こえた。最悪なタイミングだな。この店の物資を守ってもらうはずがハイエナされてしまうとは。


 女1に男2、生存者か。崩壊後の世界で遭遇するのは何気に初めてかもしれない。


 息を潜め、商品棚の向こう側の生存者たちの動きを観察する。どうやら3人で行動しており、女は警戒、男たちは集められるだけ物資を集めている。


 どうするべきか。


「どうする?」


 正直俺は話しかけても、かけなくても、どっちでもいい。


 かごめは俺の問いかけに少し考え込んでいる。10数秒ほどして、


「……話してみよっか」

「わかった」


 物資調達に夢中になっている彼らは気が立っているはずだ。いつどこから化け物が襲ってくるかも分からない極限環境の中だからな。


 ということは彼らの警戒心を薄くさせる何かが必要だってことだ。


 俺は微笑みながらバールを投げ捨て、両手を上げて彼らの前に姿を現した。


「助けてくれませんか」

「ッ!? ひっひと!?」

「……男か! 俺ら以外に人がまだこんなとこ、に……!?」


 何故か怯えられてしまう。警戒心の高まりをひしひしと感じる。


 何故だ。


 武器となり得るバールを捨て、両手を上げて出てくることによって戦闘の意思はないことの表明はできたはずだ。それに加えて媚びるような笑顔と助けてくれの言葉。


 どこからどう見ても弱者が助けを求めている姿だろう。警戒されるいわれはないと思うが。


 不思議に思っていると後頭部をぺしんと叩かれた。


「すいませんこの人頭おかしくて……頭の中が戦うか戦わないかの2択なんです。私たちと少し情報交換と行きませんか?」


 背後からひょっこり顔を出すかごめ。可愛らしい女子高生の姿が見えて、彼らは気が緩んだように見えた。


「あ、あぁ……それは構わないが……もしかして学校の新たな助っ人か?」


 体格のいい男がリーダーなのか、受け答えする。


 学校の新たな助っ人。


 ここから最も近いのは夏神高校だ。やはり俺たちが通っていた学校に生存者が集っているのか。


「学校の助っ人、ですか?」


 きょとんとして話すかごめ。こいつの頭の良さなら何となくわかるだろうに、演技力の凄いやつだ。


「違うのか? てっきり新たな物資調達班かと思ったんだが……」

「物資調達班。なるほど、読めてきました。学校には生き残っている人が集まっているんですね?」

「ああ。夏神の生徒会長が俺たちを保護してくれているんだ。彼女は凄いぞ? 君たちは不思議な力を知ってるか?」

「不思議な力……ですか。う〜ん……ゾンビが動く理由、とか? わかんないです」


 勿体付けて男は話す。興奮してきたのか身振り手振りまで加えている。


「魔法さ。彼女は《衝撃》の魔法を操って、立ち塞がる敵をばっさばっさと薙ぎ倒しているんだ! 俺たちのコミュニティには今2人の《魔法使い》が居る」


 2人? 思っていたよりもだいぶ数が少ないな。俺とかごめの両方とも《魔法使い》のはずだが。


 語る男の目には薄らと何かに陶酔したような危険な輝きが宿っている。


「夏神高校はこんな地獄みたいな世界で、間違いなく最も安全な場所だろうさ! 君たちも辛かっただろう? でももう生徒会長が居るから大丈夫だ。俺たちと一緒に来るといい」

「ええ!? 魔法ですか? 確かにゾンビやゴブリンだったり、ファンタジーですけど……でもきっと本当なんですね。お願いします! 私たちを助けてください!」


 男の熱弁タイムが終わった。彼らの仲間もところどころ頷き、生徒会長の話になると全肯定の域だ。


 凄いな、色々と。生徒会長は気の毒だ。


「甲斐田さん。集め終わりました! 彼らのこともあるし、そろそろ帰りましょ?」

「ああ、そうだな。ついてきたまえ」


 俺たちを安心させるように笑顔を浮かべる彼ら。まぁ、そんなこんなで俺たちは夏神高校に潜入することになった。



 それにしても弱そうだ。今の俺なら5秒もあれば皆殺しにできる。







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