第8話 悪夢の檻
最近、悪夢を見る。
__…………。
視線。
物言わぬ人間の骸。その頭蓋がこちらを見据え、しかし何かを言うことはない。
ゾンビと化した人間を■すたびに。
ゴブリンという小さなヒトを■すたびに。
何かを■すたびに、夢に現れる骸の数は増えていった。
視線。
何を言うこともなく、ただ、視線だけを投げかける骸たち。
しっとりと、じっとりと。心が腐っていく夢だ。
生徒会室の机に広げられた
私が攻撃した鳥の化け物の血だ。
そのままスマホの電源を入れようとする。カチカチと、音を鳴らして。
「……っはは。やれやれ、焼きが回ったか?」
己の無意味な行動に気が付き、失笑する。まともにスマホを使える幸せな時代はもう一週間も前に終わってしまった。スマホもAEDもパソコンも、そういった電子機器は軒並み役立たずの鉄くずになっているのに。
頭の後ろに手を回すと、去年の夏に幼馴染と交換したお揃いのヘアピンか手に当たった。ひんやりとしている。
少し寝ぼけているようだ。
夏神高校に在籍する生徒から頂いたアナログの時計を見ると、6時近く。
どうやら寝坊は避けられたらしい。ぐっと伸びをして、寝る前に考えていたことを思い返す。
私たち夏神高校生徒会が夏神高校周辺の生存者保護活動を始めて、早くも3日が経った。空を飛ぶ巨大な鳥の化け物の撃退は私が行うしかない以上、あまり遠くに手を伸ばすことはできていない。
無数のゴブリンに、どんどん増え続けるゾンビたち。どうやら人間の死体がそのままゾンビになるようで、生存者たちを助けなければ最悪夏神町の住人のほぼ全てのゾンビと戦うことになる。
だが無暗に人々に救いの手を伸ばしても、食料の問題がある。
夏神高校は全校生徒が1週間持つ程度の食料備蓄はある。数多くの生徒が大地震で亡くなった今、備蓄は1か月と少しくらいは持つはずだが……避難場所を求めて学校に来る人も未だに存在する。追い返すわけにもいかない。
だから、私は新たに人を助けることは、できない。
__どうして、? まま……
__私の家族、ゾンビになってたさ。あは、あはは!
__父ちゃんが! さっき! 助けてよ! ねぇ!
__なん、で…なんで助けてくれなかったんだ……。いや、……すまない。
__なぁ!? 彼女を助けてくれよぉ! 力があるんだろ!?
__ひどい、ひどいよぅっ! 助けられたでしょ!? 貴女ならッ!
__……魔法使いだってんなら、俺の女房を生き返らせてくれよ……。
__僕のお母さんを助けて! まだあそこにいるの! ねぇ、早く!!
__その力が与えられたのが、なんで俺じゃなくて、あんたなんだ。くそ。
指が震える。力が入らなくなり、よろよろと机の上に手を置いた。意識があると、こうしてたまに幻聴を聞くことがある。私が救わなかったことで生まれた、犠牲者たちの言葉。
ずしんと腹に重しが乗せられたような気分だ。吐き気がする。
命の取捨選択。
誰を救い、誰を救わないか。誰かを救うということは、誰かを救わないことを意味する。その言葉の重みを、私はこんな世界になって初めて痛感した。
それでも私には魔法という力がある。この身に宿った摩訶不思議な、《衝撃》の魔法。
__大いなる力には、大いなる責任が伴う。
いつか、お母さんに教えられた言葉だ。その言葉は深い衝撃となって、今も私の心に残っている。
だから私は
コンコン。
扉を叩く音がした。
「どうした?」
「やばいよぅ! あんの馬鹿女どもがまーた喧嘩してんの! 朝っぱらから勘弁だよねほんと!」
私の言葉が届いたかも怪しいタイミングで扉ががばっと開けられる。そして小柄な可愛らしいお団子頭の女の子が出てくる。私の幼馴染の常坂すずめだ。
前髪にはお洒落な太陽のヘアピンが付けられている。
矢継ぎ早に放たれた言葉に、明確に頭痛が大きくなった。
「……ほどほどにしておけよ? 誰に聞かれているかもわからん」
「りょーかい! 場所は体育館前のトイレの前ね!」
「わかった。朝早くにありがとう、すずめ」
微笑み、感謝を告げる。
《土》の魔法使いの彼女に一体何をやらせているんだ。まったく。
すずめに疲労がたまって、万が一風邪を引かれてしまえば私一人では外敵を完全に食い止めることは難しいというのに。
私は席を立ち、問題を解決するべく生徒会室から足を踏み出した。
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