第7話 悪党の場合



 背後に迫る大量のゾンビ共。必死こいて足を動かし、俺は安全地帯の学校に向かっていた。


 くそ、くそっ、くそが! なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ!? せっかくあの大地震から生き残ったってのに、こんな所で死ぬなんて冗談じゃない!


「誰かぁ! おぉぉい! 誰か助けてくれぇぇぇ!!!」


 声を張り上げ、助けを求める。


 なんだって俺がこんな惨めな目に合わないといけないんだ。大地震が起きるまで、俺の人生は完璧だったのに! キモイ陰キャを使って金稼いで、勉強だってあいつさえ使えば何とかなった。


 それなのに気付いたらあの陰キャは消えるし、暑男は地震のときに蛍光灯がぶつかって死んじまうし、おかげで俺たちのグループは俺とまい草花そうかだけになっちまった。


 あいつさえ、あいつさえ生きてりゃ俺がこんな危ないことしなくても済んだのにっ、くそぉ!


 もあの女が居るせいで大っぴらには使えねぇし、最悪だ。こんなちびちびしたことを積み重ねないといけねぇんなんて、くそが。


 必死に走っていると、ついに校門が見えてきた。屋上に居る常坂とかいう《魔法使い》の女に合図を送る。


「おいッ! 常坂ときさかァァァ!!! 俺を中に入れろォォォォオッ!!!!!」


 屋上に見える女が片手を翳し、何かを唱えると校門にあった土の壁が、まるで俺を迎え入れるよう穴が開く。俺が走ってきた時点で開けろよ、くそ。


 俺が走りこんで校門の中に滑り込むと、土の壁は元の堅牢な様子に戻った。


 心臓が張り裂けそうだ。上手いこと呼吸ができねぇ。呼吸を整え、しばらくして校舎の中に入る。すると中から米と草花が出迎えてきた。


「はぁ? あんた帰ってくるの早くない? 飯は? あたしリップクリーム欲しいんだけど」


 緊急時でもバカみたいに濃い化粧をしているこの女は百々目坂どどめざかまい。高校に入って一年の頃から何かと仲良くしてやってるブス女だ。俺の苦労も知らないで、呑気に爪を弄っている。


「男って大変だねぇ? ま、うちらも大変なんだけどさ?」


 一見地味な見た目をしているこいつは葉矢はや草花そうか。ギャグみてぇな名前をしているが、俺たちの中で最もエグイことをしれっと思いつくキチガイ女だ。


 呑気な女どもだ。くそが。今からでもこいつらを外にぶち込むか……? だが二日前の時点で物資調達班になることをこいつらは猛反対していた。今から急に外に出るのも勘繰られる可能性がある。


「……はぁ、マジたるかったわぁ。てか米。てめぇがリップクリーム欲しがるのは否定しねぇけど、あの生徒会長サマが見逃してくれるわけねーだろ?」

「それはっ、あのクソビッチが悪いんじゃん! 別にあたしは……くそ、何なのあいつ。大地震が起きる前まで引っ込んでた陰キャのくせに……! むかつく……!」


 俺の言葉に周りの目を気にしながらぐちぐちと文句を吐く米。


 俺たちが生きてんのはあの生徒会長サマとあの家庭菜園部の芋女の力ってことを何も理解してねぇな、こいつ。それをニタニタしながら見ている草花。


「むかつくよねぇ。そうだよねぇ。顔も金も頭も全部あるくせに、さらに《魔法使い》になったんだもんねぇ……あぁキモい」


 嘯くように草花は話す。


 文武両道容姿端麗、歩く姿は百合の花……これは大地震が起きる前から言われてたことだったが、あの生徒会長サマの人望は大地震の後になってより大きくなった。


 《魔法使い》として覚醒し、あの生徒会長は無敵の力を手に入れたんだ。


「……あぁ、そうだなぁ。何もかもあるくせに、さらに生徒会長の立場を超えて大人たちのリーダーにすらなりつつある。言っちまえばあの女は生きる希望そのものだ」


 俺は同調するように嫌な笑みを浮かべる。


 そうだ。生きる希望そのもの。


 生徒会長サマの功績を思い返す。


 校内に現れたゴブリン、翅の生えた気持ち悪い目玉、ゾンビどもをほぼ単騎で壊滅させ、巨鳥を撃ち落とした。更に外にも目を向け襲われている大人たちの保護も行って、小さな弱音すら吐かない完璧無敵の超人だ。


 魔法という力を与えられなかった、新時代に適応できなかった人間たちに信頼され、信用され、もはや彼女を慕う人々の思いは信仰の領域に片足を突っ込んでいる。


 前々からそそる容姿だと思っていた。だが俺とあの女では立場が、生きる世界が違った。だから手を出さなかったし、出せるとも思わなかった。


 だがどうだ。この地獄みてぇな世界になって、あの女は生存者たちの生きる希望になっちまった。


「……そう、だよね。あいつは強欲なんだよ! 何もかもあるくせに! さらにあたしらの仕事までやることないからって嘘ついて奪って、あたしの居場所を奪って! あぁくそっ! 死ね、しねしねしね! 別にあんな女いなくたっていいじゃん! しかもあの女と土臭い女も仲良いんでしょ!? お高く止まりあってるから仲良いってわけ? きもいんだよくそっ!」


 悪態をつく米を眺める。


 だがなぁ、俺は《力》を手に入れちまったんだよなァ? は、ははは。あの女は更に高みに昇った。


 だが俺は今までの差を丸ごと縮めて、通り越してなお余りあるほど、さらなる高みに昇ったんだよ。《衝撃》の魔法なんて目じゃない、上に立つものとしてふさわしい《魔法》を携えてなぁ。


 俺の世界は広がった。前までの、陰キャのただ一匹をいいようにしていただけで満足していた小物はもう死んだんだ。


 支配してやる。あの女を愉しんだあと、選ばれた新人類の俺が、旧人類を統治してやる。


 そのためには……。



「……あいつ、邪魔だよな?」



 目の前のブスと地味キチガイに俺はニヤリとほほ笑む。馬鹿をやるときにいつもする、昏い笑顔を。



「それって……!」


 天命を得たような顔をする米。笑みを深くする草花。


 ほんと、単純馬鹿って扱いが楽だ。


 精々、踊ってくれや。踏み台マリオネット共。



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