第4話 人の心とか、ない?



「……というか第一、怪我してる女の子が居たら助けようと思わない? 何で今までの話全部ぶった切って死にに行くかな……」

「……頭に血上ってた」

「うるさい。こういうときの女の子は理由なんて聞いてないの。謝罪を欲してるんだよ」

「ごめん」


 うがー! 調子狂うこいつ! いいから! もういいから! とかごめは器用に小さく叫び、俺たちは血痕や炎上した車が目立つ道路を歩いていた。


「どうしてこうなったんだろうな」

「大地震だけじゃこうはならない。さっき空にも変なの飛んでたし、赤い鬼の件もある。きっとああいうのが沢山現れた」

「……そうか。家族の元には行かなくていいのか」

「いいのいいの。死んだ方がマシな連中だからね〜。というかそうじゃん! こむぎの両親助けに行かないと!」

「もう死んでる」


 暢気な様子を見せていたかごめが、慌てたようにこちらに振り向く。


 俺たちの両親は既に天国に旅立っている。 こむぎを愛し、俺を愛さなかった2人。全く賢い選択だと思う。



 __愛は総量が決まっている。だから中途半端にしないために、私たちはあの子だけを愛すのよ。わかってくれるわね? 満__



 幼い日の記憶だ。今でも容易く思い出せるほど、強く耳に残っている。


「……そうだったの。こむぎは楽しそうに両親のこと話すから、てっきり生きてるんだと思ってた」

「見えてきたな。あそこで良いのか」


 同情の色を言葉に滲ませるかごめを遮り、目的地らしき場所に到着したことを告げる。


 近所の大きめのスーパーだが、ここも大地震の影響を受けているのか外見は酷いものとなっている。ガラスは全て吹き飛び、商品棚も無残に倒れ伏している。普段から利用している身としては何とも言いがたい気分だ。


「ここで何を?」

「わかるでしょう? 窃盗し放題だよ」


 監視カメラを確認するが、それらしきものは見当たらない。有ったところでまともに動くとも思えないが。


「じゃ、さっさと漁ろう」

「……え、ちょ、えぇ……? 言い出した私より積極的なんですけど……!」


 何やらごちゃごちゃ後ろで喋っているが、時間は有限だ。俺は黙々と倒れている商品棚を起こし、日持ちしてなおかつ食べられそうなものを買い物かごの中に詰め込んでいく。


「どうした。お前が連れてきたんだろう」

「うるさいな。一応犯罪行為で、後々警察にパクられる可能性もあるんだけど、気にしないの?」

「……あの子がもう居ない以上、俺が大人しくしている意味もない」


 俺が外面を気にする理由はこむぎのため。それだけだ。


「……シスコン」

「ふっ」


 後ろから視線を感じるが、無視して物資を集め続ける。かごめの好きにしてやれば、そのうち満足してくれるだろう。


 そして水や食料を集められるだけ集めきった後に、それは起こった。


「ふぃ~……こんなもんでしょ! どうせ世界は終わるんだもの! 少しくらい貰ってもいいでしょう!」

「犯罪後とは思えない爽快な顔だな」

「言っとくけどあんたの方が……ぇ、ぇぇ? そんなの有り……?」


 俺よりも奥の方で物資を漁っていたかごめがこちらに振り向くと、見る見るうちにその顔色を変化させていく。


 直後、響いたうめき声。


「あ あぁ    あ   あ     アァ?」


 振り向くと、そこには脳漿をだらだらと溢し、口を半開きにして歩く人間の姿があった。いや、これは人間ではない。


 これは____


「ゾンビじゃぁぁぁんッ!!???」

「アァァァァァアアアアアアア!!!!!」


 ゾンビだ。かごめの悲鳴と同期するようにそのゾンビは大声を上げ、こちらに突っ込んできた。


 だが、あの赤い鬼と比べたら天と地ほどのスピードの違いが存在する。


「二度死ね」

「ア  アァ     あ        あぁ」


 俺は大量に詰め込んだ買い物かごを振り上げ、顔面に叩きこんだ。そのまま叩き付けた勢いでゾンビの頭と買い物かごでサンドイッチ。ガラスが散らばった床に血だまりが広がる。


 ぷちゅり。


 そんな音が聞こえた。


 人は案外脆いものだ。階段に躓いた程度で骨折することだってあるし、くしゃみで胸骨を折ったなんて話もある。人を殺すのに特別な力は要らない。


 ただ、躊躇のなさが必要なんだ。俺は悪魔たちからそう学んだ。


 買い物かごをどけると、崩壊した顔がさらに崩壊したゾンビの顔があった。見たところ動き出す感じもない。


「……死んだか」


 念のためガラスの破片でつんつんしてみる。


「えぇ、えぇぇぇ……? もっとこう、さ。この人も元々は家族が居る人間だったとかさ……こう、葛藤とか……人の心とか、ない?」

「ない」


 あっ、そう……。しゃがみ込んで、死体をつんつんしている俺の背後からドン引きした声が響いた。


「次はどうする」

「……次? うーん。あんなのがうろついてるようじゃ、安全に出歩くこともできないし……どこかに拠点が欲しいところではあるよね」


 拠点……拠点か。


「かごめの家じゃダメなのか」

「わお。一応花のJKの私に堂々とお家デートを提案するなんて……えっち♡」

「……こむぎは凄いな」

「ねえどういう意味?」

「なら俺たちの家で良いな」

「ねぇどういう意味なんですかぁ?!」


 俺は集めた物資を持ち上げ、そしてかごめの方の買い物かごも回収して外へ出る。正直重たい。


「……ふぅん。持ってくれるんだ。似てないようで、やっぱり似てるね」

「? 荷物くらいは持つ」


 何やら含みのある言い方をされる。後ろに手を組んで、ひっそり微笑むかごめ。何か面白いことでもあったか?


 まぁいい。


「行くぞ」

「は~い」




 





 



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