第2話 お兄ちゃん助けて!



 

「何なんだ一体!」

「やめてぇぇぇぇ!!!」

「お母さぁぁあぁん!」

「やべぇって! まじ死ぬってこれ!!」

「不吉なこと言うなよ!」


 どうしよ、どうしよう!


 揺れ続ける大地震に校舎全体が波打ち、崩壊していく。クラスのみんなで1カ所に集まってどうにか飛ばされないようにしているけど、それも限界が来る。


「こむぎちゃんっ……わたし、あなたのこと!」

「何言ってるの馬鹿かごめ! こんな状況でふざけてる場合じゃないでしょ! でも大好き!」

「うふふ、さすがこむぎ。わかってるね~!」

「馬鹿言ってないでしっかり握って!?」

「ふぁい」


 私は揺れ動く世界に気持ち悪くなりながらも、友達の柊かごめの身体をぎゅっと抱きしめる。こんなところで死にたくないけど、でもかごめが一緒ならまぁマシかな!


「おっ? 収まってきたんじゃない?」

「……ほんとだ。生き残ったんじゃない? これ!」

「まぁ私が死ぬわけないしね。こむぎも居たら尚更だよ」

「はいはい中二病抑えてね~。というか担任どこ!」


 二人で喜びを顔に浮かべながら、どうにか机の下から辺りを見回す。担任はどこだろう。あんまり頼りにならない人だけど、それでも教師としての責任はあるはず。


「う、そ……」

「……まじか」


 そしてすぐに目に付いた、血だまりに沈んだ複数の人。辺りから悲鳴が爆発する。


 担任の首元に突き刺さった蛍光灯の破片が、鈍く光っている。


 ぎゅっとお互い抱きしめて、そして。


「……行こっか」


 不思議と、その言葉には強い力が滲んでいた。あんなに酷い惨状を見て、それなのにどうしてそんな意思を持てるのか。


「え? 行くって、どこに__」

「そんなのわかんない。わかんないけど、でも、ここに居たらダメな気がする」


 私が戸惑っていると、かごめに手を引かれて机の外に出てしまう。かごめと目が合うと、そこには確かな確信の色が薄く渦巻いていた。


 __信じて。


 そう、目が訴えている気がした。


「……仕方ないなぁ。ほら、行こ!」

「……! ありがと! 多分こっち!」


 おい、お前ら! どこ行くんだ!? 後ろのクラスメイトからそう声を掛けられたけど、あいにく私はかごめを信じることに決めた。


 決めたんなら、そのまま突き進む! それが私のモットーだ。


 急いでかごめの案内する方に走っていく。歪んだ教室の壁や廊下に散らばっている多くのガラスの破片。それらを全く気にせずに走り去る。


「はぁ、はぁ、ねぇ! これどこまで!?」

「わかんない! でも、私の何かが! あと少しって言ってる! なんか謎に爽快かも!」

「意味わかんないこと言うな! あと走りすぎて横っ腹痛い!」

「運動しろこむぎ!」


 必死に走って、走って、走って。


 そうして辿り着いた場所は体育館の倉庫だった。


「はぁ、はぁっ、と、とりあえずおっけーかな……!」

「ひぃぃぃ……ふぅ……つ、つかれたー……後で怒られたらかごめのせいだから__!?」


 轟音。私たちの1年C組の教室が、まるで内部から爆発したように吹き飛んだ。グラウンドに教室の内装がはじけ飛び、砂煙が上がっている。


「ひぇ!? 何これぇ!?」

「……危機一髪だったね。そっか。ああなるからやばい感じがしたんだ」

「何で冷静なのかごめぇぇぇ!」

「うぉぉぉぉぉやめてぇ! 揺らさないでぇぇ! 私も走ってたせいでいま気持ち悪いんだって! あと私が冷静なわけあるかい! 何となく直感が冴えてるだけじゃい!」


 私の話は後にして、あそこ。何が起こったのか確かめないと! そう言い1年C組を指さすかごめ。確かにその通りだ。


 注視して、そして絶句した。


 はじけ飛んだ、人間の死体。赤い鮮血が巻き散らかされ、それが幾重にも転がっている。


 何が、いや、なんで、? ただの大地震じゃないの?


「っ、ぉえ……」


 心の奥から臆病が顔を出す。身体が凍り付いたみたいに、全ての感覚が鈍っている。気持ち悪い、怖い、怖い怖い怖い怖いこわい!


 明確な、死。


 それもただの死じゃない。陥没した頭蓋の死体、穴の空いた胴体の死体、腕がない死体。


 暴力の痕跡だ。私たちが想像することすらできない強大な暴力の気配。


「なに、あれ……」


 呆然と声を漏らすけど、かごめもそれに反応できるほど余裕があるわけではないみたいだ。目を見開いて、震える手を抑えている。


 破壊され、全面が解放された教室から何かが高速で弾き飛ばされてきた。体育館倉庫の扉の隙間から見ている私たちの方に、ぐちゃりとへばりついたそれ。


「ひっ」


 漏れた悲鳴を必死に抑える。バラバラの肉片が扉の目にゆっくりと落ちていった。濃密な死の香りが脳内に広がって、もう。


 おぇっ。


 吐き気を堪えながら、死体が飛んできた咆哮を見詰める。


 そこには、3mほどの巨大な男が立っていた。筋骨隆々で、真っ赤な肌をした大男。そいつが、真っ赤に光り輝く目をぎらつかせ、こちらを__


「ま、ずい。まずいまずいまずいまずい! これ、死ぬ!」


 かごめはいつもの陽気で底知れない様子を一変させ、私を抱えて転がる。


 体育館倉庫の扉は分厚く作られており、軽自動車の衝突にも耐えられるんじゃないかと思うほどに強靱だ。だから呆然とした私にもその恐ろしさは理解できた。


 はじけ飛び、吹き飛んでしまった扉。鬼だ。人智を越えた正真正銘の化け物。


 百メートルはあったはずの距離を詰めて、赤き鬼が、そこに。


「くっ、そぉぉぉぉぉおおおお!!!!!」

「GHAHA、GHAHAHA!!!」


 いつの間にかバレーのネットを張るポールを引っ張りだしていたかごめ。それを抱えて、悪鬼のような形相で赤き鬼に迫る。


 ぺちん。


 間抜けな音とは裏腹に、まるでピンボールのように弾き飛ばされたかごめ。ニタニタと嗤い、ポールを粘土細工のようにこねくり回す赤い鬼。


 あ、ああ。か、かごめが、かごめが!


「かごめぇぇぇぇぇ!!!!???」

「GHAHA!」


 もがいて、転びそうになりながら壁に打ち付けられたかごめの元に移動しようとして。


 そして目の前には赤い鬼が居た。


 ゆっくりと、振り下ろされる手。歪な風切り音が耳に届き、わかった。


 私、ここで死ぬんだって。気付けば流れていた涙も、拭う暇すらない。


 世界はゆっくりと流れて、でも赤い鬼の攻撃は遅い世界ですら速い。数々の思い出が脳裏を過ぎって__


 死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない! 誰か、! 誰か助けて!






「お兄ちゃん助け__」

「《逆転リバース》ッ!!!!!」






 逆転の奇跡。■■■■■■■の黒き太陽に微笑まれた存在にのみ許される魔法の力。



 パチュン。 



 だが、を成すには使い手の技量が足りなすぎた。無力故に運命は変わらない。赤き鬼の手の行く先は変わることなく、微かな抵抗を振りちぎった。


 故に、この終わりは必然だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る