Track 005 VOICE BEYOND LIMIT
自死の
たとえ
死体の山を築くとも、なお望め、等しく
ただのひとりも残さず、とは、さすがにそれは理想を信じすぎるもので、ちらほらと
実質的な初ライヴにしてこれなのだから、〈略奪者たち〉というバンドがいかに異質の化物であるか、そう、
狭苦しく、小さくかわいらしくも、熱に溺れるまま、狂える海、絶叫する海域として、今ここは間違いなくある。
――けれど、違う。
あまりにも死地を超越する向きが強すぎる。致死を
いくら難破船とて、これは本来の航路にない。
これでは、ぼくも
目の前で
「不幸を手放すな! 決してだ! 明日のことを考える余裕なんてあるのか! 今ここにしか、ない! 今、今ここで、あたしたちは死んでやるから、一緒に死ぬしかできない
央歌が突きつける渇望に続くのは八汐のギターソロであり、八汐すらも央歌の
――けれど、違う。
央歌は、央歌だけは、今この時のライヴに全てを懸けることを何ひとつ欠くことがなくとも、その
湧かない客などいくらでもいる。しかしあれは、そうじゃない。異質に過ぎる。異様に過ぎる。数ある瞳のいずれもが、
きみたちはどこにいる?
曲をこなしていくごとに、央歌のヴォーカルが明確に変質していった。歌声により負う傷の深度を深めるとも、それは
許すな。
あたしたちの自死を
動かない。半数を超える、〈
不参加ではなく、しかし奪うではない、それをしない、傍観のままにある。
央歌は赦せなかった。
相手より、何より、それを
曲の
幸い、央歌の状態は重篤なものではなく、簡易な措置のみ、症状としては
央歌のすぐ隣で、目線を近づけるため、章帆が床に膝を突いていた――ここが共有の楽屋であるためだろう、ぼくらしかいないスタジオであれば、遠慮無くしゃがみ込んでいたはずだ。苦言ではあれど、何もわからないで言うのではなかった。「もしかしたら、今までで一番の
章帆は息を
章帆にしても、ずいぶんと敗れた者の顔つきをしている。少なくとも、
章帆のため息は深かった。「何ともまあ、特殊な集団と言っていいのかわかりませんけども、殉教者は殉教者と言うしかないというか、そういう存在で。殉教者は非常に礼儀正しいというのも界隈では有名で、他のバンドに目移りしたから吊し上げくらうなんて、ないんですけど、むしろ煙草のポイ捨てなら怒りますね。殉教者と、まあ、三條バンドの名誉のため、ですかね。そのおかげで、三條の元カノの私も、身の危険を感じなくて済むわけですけど。いやはや。」
三條が何気なく椅子から立ち、ぼくたちに近づいて、床にしゃがみ込み、会話に加わった。「俺も連中も、オンガクが好きだ。そして、うちのバンドだけがオンガクだなんて、俺は言ったことはねェ。煙草のポイ捨てを禁止した覚えもねェけどな。」章帆としても気疲れは深そうであり、三條に嫌悪を示すような余裕もなかったとみえる。何か絡むでなく、話を続けた。「殉教者って、三條、ヴォーカルの
三條は出し抜けに、話を切って言った。「姉ちゃんが調子悪そうなとこ、悪いんだけどよ、俺たちはあんたら〈略奪者たち〉のライヴに納得した。だから、こっちから持ちかけたい話がある。ただそれは、〈略奪者たち〉が、俺たちのライヴに納得できたらの話、そうじゃなきゃ成り立たねェってことなんだ。俺たちのライヴを聞いて、納得できたなら、その後、ちょっと時間をくれよ。うまく噛み合わねえなら、そのまま帰ってくれりゃいい。なァ。」結局、耐えかねたのか、章帆は三條の話に噛みついた。「人にものを頼む態度、もっと考えろ。」三條は嫌な顔ひとつ、浮かべることのない。「ああ、親しき仲にも礼儀ってか。お願いします。」少なくとも、まがりなりにも礼を通そうという程には、望む話なのだ。
章帆が何か切り返すより先に、スタッフが出番の迫る〈
ウカというのは央歌の愛称であり、ビルの屋上での一部始終を知らないはずのぼくたちとしては、特に章帆からは、何も訊ねないではいられなかったらしく、「あー、なんだか、急に仲良くなりましたね。ふたり。」と、どこか茶番にも似て訊ねるのだが、まさか結果的に、金脈だか爆弾だかを引き当てるというところまでは、考えにあっただろうか。
秘密にすると厳密に誓った手前か、八汐は少し慌てるようになりつつも、「あ、そうで、逃げてくウカちゃんを追っかけた時、一谷サンがいかに人間的に非道であるかってことで、意気投合して。それがきっかけで。」明らかな嘘であると知りつつ、特にぼくの人間性の非道さのところ、章帆は繰り返し
それで
もう見ていられないとばかりに、章帆が強引に話を
掘り当ててしまったのは確かながら、今さらこのバンドにあってさしたる問題があるではなく、またぼくも章帆も、知らないはずの事柄が既知の新情報で上書きされる形になったので、助かるといえばそうで。さらに章帆からするとなお望ましいらしく。「私からすれば、絢人クンのバンド内ハーレム状態が
章帆は立ち上がると、すっかりと切り替えて、鋭い刃先の視線で、ぼくら全員を見回した。
「三條とその仲間たち、そして殉教者の織り成す、それはそれは素敵なショウをご覧になる覚悟はよろしいですか。今日は人数こそ少ないですが、精鋭中の精鋭でしょうからね、きっと純度は一〇〇%ですよ。ええもう、恐ろしいことに。」
一時期とはいえ、幾度か知れないが、舞台上からそれを見ていたはずの章帆が、それを言う。見ていたからこそ、骨身に応えていると言うべきなのか。そこにぶつけられようとしている立場ならば、
うんざりの極まるとも見えたし、リーダーとして、覚悟の深い顔つきとも見えた。
「私は正直、見たくねえですけどね。この場合、敵前逃亡はないんでしょうから。」
略奪者たち 香鳴裕人 @ayam4
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