Track 005 VOICE BEYOND LIMIT



 自死の毒劇物サウンド。喰らえば死ぬと分かったって、なあ、そのままでいられるか。噛み潰さずにいられるのかよ。なあ、そうだろう、不幸なイキモノたち。

 たとえかばねと化したとて、ぼくらに凶猛きょうもうをぶつけることをせずにいられるか。

 死体の山を築くとも、なお望め、等しく咎人とがにんであり、共犯者だと、分かれよ。

 ただのひとりも残さず、とは、さすがにそれは理想を信じすぎるもので、ちらほらとこぼしは見受けられた。しかしそれでも、ぼくたち〈略奪者たち〉を目当てとして来た客たちは、そのほとんどの一体として、観客オーディエンスとしてのを超えて、臆することなく、渾然こんぜんと、一塊ひとかたまりとしての群れ、略奪者へ明白に変質していた。奪う。喰らう。音楽を求めずに、ぼくたちの極限を求める。フロアのささやかなうず怒濤どとうとなる。それがたとえ、ぼくらが死のふちからさらに跳ぶことになると同じでも、容赦はない、のぞむ。略奪者としての正しさ、その流儀にいて。

 実質的な初ライヴにしてこれなのだから、〈略奪者たち〉というバンドがいかに異質の化物であるか、そう、他人事ひとごととしては、だ。例えば糸原いとはらなどが期待を託すには、少なくとも資格は持ち得るだろうと。

 狭苦しく、小さくかわいらしくも、熱に溺れるまま、狂える海、絶叫する海域として、今ここは間違いなくある。けた外れのなみが襲うか、白い嵐ダウンバーストが降り注ぐか、先のことなど、。分かろうというつもりもない。今、今だけに、焦熱の音を叩きつけろ、理不尽こそが秩序、崩壊するべき境界ラインなどとうに越えた、〈略奪者たち〉であるからこその調和サウンド。一瞬先のことなど訊いてくれるな、今この時に尽くさぬ限り、どのみちそれは来ない、そして、次の今に、尽くす目一杯めいっぱいで撃つだろう、誰であろうと、何であろうと、鏖戦おうせんを顧みることなく、無尽むじん肚積はらづもりで撃ち続けるさ、今が今として果て、今宵こよいが今宵でなくなるまで。

 ――けれど、違う。

 あまりにも死地を超越する向きが強すぎる。致死をいとわぬにしても、貪ると言うでは足りず、その身に沛雨おおあめとして浴びて、なお気が済まぬと。

 いくら難破船とて、これは本来の航路にない。

 これでは、ぼくも章帆あきほ八汐やしおも、危うく為損しそんじる、撃ち損ない、砕き損ない、斬り損なう、強すぎるがゆえに、いや、誰も央歌おうか憤怒ふんぬを抑えるすべを持ち得ないために。それでもぼくらは〈略奪者たち〉であるがゆえ、もはやイキモノの本能じみて、理知の超えたところで、曲が曲として失われることのないままに、か細いの上を駆け抜けて、しかしいきどおりの上積まれるままに、擾乱じょうらんは際限をなくす。

 目の前で渦中ただなかにいる聴衆オーディエンス有象うぞうの略奪者からならば、央歌にぎょせぬにくしみを呼び込みはしなかった、そのうえで、央歌は決して、その存在を忘れたわけではなかった。今も。事前の取り決めの通り、央歌が身振り手振りで合図をしたので、ぼくと章帆と八汐は、ギターソロへと飛び込む手前、咄嗟とっさにバックグラウンドとしての間を作った。発露の咆哮ほうこう、奪い合いを望む者たちに対して、群れのボスとして仕掛けてやる導火線。あえてマイクスタンドから離れ、アンプに足をかけて、その声帯の限りのみでなくばならないと、その礼儀と傲慢で、肉声をもって。

「不幸を手放すな! 決してだ! 明日のことを考える余裕なんてあるのか! 今ここにしか、ない! 今、今ここで、あたしたちは死んでやるから、一緒に死ぬしかできないくずになれよ! 今、どうせそれしかできないくせ、何を守る必要があるんだ!! 生きて帰ることを考えるな!!」

 央歌が突きつける渇望に続くのは八汐のギターソロであり、八汐すらも央歌の叫喚きょうかんに呼応する形で――望むとも望まずとも、抗しなければこの舟は沈むのだ、それは数の千万ちよろずに達しようかという、紛れもない致命ちめいの斬殺、成層うえからそれをやられては、誰がいかようにできようか。それでも、フロアは命を奪われるとも立つ、悪業あくごうの限りで抵抗を選び、喰らい、奪う。

 ――けれど、違う。

 央歌は、央歌だけは、今この時のライヴに全てを懸けることを何ひとつ欠くことがなくとも、そのはらで見据えているものが、違う。

 湧かない客などいくらでもいる。しかしは、。異質に過ぎる。異様に過ぎる。数ある瞳のいずれもが、真摯しんしぐでぼくたちに向く、しかし――

 きみたちはどこにいる?

 曲をこなしていくごとに、央歌のヴォーカルが明確に変質していった。歌声により負う傷の深度を深めるとも、それは楽器カラダを傷めるまでにあってはならない。命尽いのちずくで発する声を、それならばよかろうが、無理尽むりずくまでも抑えられず、その威光を、どこまで、どのように知らしめようというか。央歌の憤りと、とどまることのない戦意は、致死の領域を超えた無慙むざんな死地にぼくたちを招き、ぼくたちが道連れの舟であることを忘れぬゆえに、不幸の協応の果て、サウンドはかぎりを忘れて高まる、命運をも手放しかねない禍殃かおうにも似て、喜ばしい自死からは遠のくとも、央歌は君臨の誇りを棄てない。こいねがうことをめない。

 無様ぶざまに死することになろうとも、最期のその時までけだものであれ。

 許すな。

 あたしたちの自死を冒涜ぼうとくする者たちを、決して! 決して許すな。

 動かない。半数を超える、〈Worstワースト Hurtsハーツ〉の聴衆オーディエンスが動かない。興味がないというのなら、まだいい。それならそれで、一向にかまいやしない。けれど違う。これは違う。異種の存在にさえ、脅かす者にさえ、思えてくる。演奏を前にして意識を向けないのは非礼とでも思うのか、見つめて、逸らさず、真剣に、。誰ひとり、その場を動くことなく、灰皿に寄る者も、ドリンクを口にしようとする者さえいない。冷ややかな視線を向けるでもない。ほうっているのではない、全てをれながら、。優れたものと劣ったものの聞き分けぐらいできるだろう、その存在のいろからは否定も窺えない、私たちの求めているものはこれではないと、そう言いたげなのではない。きっと、オンガクが好きだ。自分たちを生かす熱源を知っているから。。本心から、聞いている。

 ではなく、しかし奪うではない、それをしない、傍観のままにある。

 央歌は赦せなかった。

 略奪これれて、生を損なわぬ者があって、それが冒涜でなくて何なのか。

 にくめ。

 傍観あれを認めることを、自らに赦すな。

 相手より、何より、それをにくまぬ自分自身をこそ、受け入れなかった。

 狂瀾きょうらんの果ては、まるで思い描いた航路から彼方に離れ、無事に済むとははなから思わずとも、自死のライヴの決行の終幕ラスト、その一曲に選ばれた〈RINGING〉は、ミディアムバラードとしてのそれは、もはや鎮魂曲レクイエムとして聞こえてしまう程に、傷も血もかばねも、少しばかり、積み上がりすぎたな。だとして、前線で暴れた聴衆オーディエンスも含め、今この瞬間の生の終わりというものを噛み締めるとも、ぼくたちは、央歌は、自死の終焉を彩るのと同時に、たぎらせ、許さない、赦しはない。誰よりも、央歌が央歌を赦さない。その生命をしぼり尽くし、生きていられる最後の一瞬まで、牙をくのがけだものなのであれば。

 曲の後奏アウトロに入るなり、つまり、ヴォーカルのパートが終わり、央歌が歌唱うたうことを余さずやり遂げたところで、ほとんど同時とも言えるような直後、央歌はスタンドマイクの元で崩れた。もはや立てない。明らかに、酸素が足りていなかった。真っ先に、「ウカちゃん!」と叫んで演奏を放り棄て、駆け寄ったのが八汐で、舞台上に出てきたスタッフの手も借りつつ、措置をして、舞台ステージから出て行くところ、残されたぼくと章帆は、即興の編曲アレンジで不足を補いつつ、演奏ライヴを終わらせた。


 幸い、央歌の状態は重篤なものではなく、簡易な措置のみ、症状としては大方おおかた落ち着きを見せ、本人がここでいいと頑なに言うので、楽屋の壁に背を預け、床に直接、長い脚を伸ばして座り、ぼくらはそれを囲んで見守る形となっていた。呼吸そのものは正常に近づいてはいたが、声が擦り切れているのは否めず、それで、「悪かったよ。悪かった。」と央歌は短く言った。本人にそのつもりはなくとも、その声音のいたみは寂しげで、結局は敗北に至った者のそれを感じさせた。

 央歌のすぐ隣で、目線を近づけるため、章帆が床に膝を突いていた――ここが共有の楽屋であるためだろう、ぼくらしかいないスタジオであれば、遠慮無くしゃがみ込んでいたはずだ。苦言ではあれど、何もわからないで言うのではなかった。「もしかしたら、今までで一番の演奏プレイだったかもわかりませんよ、でもあんな歌い方はもうやめてください。あなたの声帯ノドは大切な楽器ですよ。」対する央歌の歯切れは悪かった。「分かってる、けど、むかついた、から。」自分でも、始末に負えないことをした自覚はあるのだろう。

 章帆は息をいた。半ば憐れむように央歌を見つめた。「まあね、あれはそう、その目で見てしまっては、わからなくもないんです、が、殉教者をなびかせるなんて、天地がひっくり返っても可能かどうか分からないくらいの所業なので、全部、おそらく、無駄撃ちなんでしょうね。」章帆とは反対側、八汐は央歌に寄り添うように座り込んでいて、「殉教者って?」と、端的に訊ねた。

 章帆にしても、ずいぶんと敗れた者の顔つきをしている。少なくとも、り尽くしたとの表情ではない。「〈Worstワースト Hurtsハーツ〉の熱心なファンのことです。自称でもあり通称でもあり、殉教者と、そう呼ぶんです。」まだ楽屋にいた三條さんじょうが――後半二組のライヴの間には、小休止の間が取られていた、というのは、ぼくたちがアタマから〈Worstワースト Hurtsハーツ〉のライヴを見られるように、とのことらしいのだが――横槍を入れるには入れた。「酸欠起こしてまで熱演してくれた姉ちゃんに免じて、今のは聞かなかったことにしてやる、呼び名、気ィつけろ。」気を遣う余裕なく、三條の嫌う俗称が三條の聞こえるところで出たということだった。章帆がおざなりに応じた。「はいよ。相変わらずのお人好し。アリガトネ。」

 章帆のため息は深かった。「何ともまあ、特殊な集団と言っていいのかわかりませんけども、殉教者は殉教者と言うしかないというか、そういう存在で。殉教者は非常に礼儀正しいというのも界隈では有名で、他のバンドに目移りしたから吊し上げくらうなんて、ないんですけど、むしろ煙草のポイ捨てなら怒りますね。殉教者と、まあ、三條バンドの名誉のため、ですかね。そのおかげで、三條の元カノの私も、身の危険を感じなくて済むわけですけど。いやはや。」如何いかんとも言いがたい、と言いたげに、章帆は肩をすくめてみせるに至った。

 三條が何気なく椅子から立ち、ぼくたちに近づいて、床にしゃがみ込み、会話に加わった。「俺も連中も、オンガクが好きだ。そして、うちのバンドだけがオンガクだなんて、俺は言ったことはねェ。煙草のポイ捨てを禁止した覚えもねェけどな。」章帆としても気疲れは深そうであり、三條に嫌悪を示すような余裕もなかったとみえる。何か絡むでなく、話を続けた。「殉教者って、三條、ヴォーカルの燈一とういちと言うべきですかね、この場合、それをなんというか、神サマというのもちょっと違いますけど、本当に心底、唯一絶対に思っている人たちですから、その思想に連れ添うというか、神サマじゃないってのも、このように、三條があんまりにも人間味にあふれるからで、逆に言えば、そこまで深く信じてるんです。三條燈一がいるバンドはひとつだけですからね、目移りなんて、もともと起こりようがないわけで。」章帆はここでこそ眉間に皺を寄せた。「至極しごく当然なんですが、殉教者の皆さん、本当に言いますからね、日常会話でだって、〈Our Songs Hurts Worse Than Anything You Could Bring Yourself To Do At World End〉って、全部。あんたに借りは作りたくない。言ってやったんだから満足しとけ。」そして章帆は三條を睨むが、三條は嬉しげにするばかりだった。

 三條は出し抜けに、話を切って言った。「姉ちゃんが調子悪そうなとこ、悪いんだけどよ、俺たちはあんたら〈略奪者たち〉のライヴにした。だから、こっちから持ちかけたい話がある。ただそれは、〈略奪者たち〉が、俺たちのライヴに納得できたらの話、そうじゃなきゃ成り立たねェってことなんだ。俺たちのライヴを聞いて、できたなら、その後、ちょっと時間をくれよ。うまく噛み合わねえなら、そのまま帰ってくれりゃいい。なァ。」結局、耐えかねたのか、章帆は三條の話に噛みついた。「人にものを頼む態度、もっと考えろ。」三條は嫌な顔ひとつ、浮かべることのない。「ああ、親しき仲にも礼儀ってか。お願いします。」少なくとも、まがりなりにも礼を通そうという程には、望む話なのだ。

 章帆が何か切り返すより先に、スタッフが出番の迫る〈Worstワースト Hurtsハーツ〉の面々を呼びに来て、三條たちはそのまま楽屋を出た。ぼくたちだけが残されるや否や、不満と哀しげを織り交ぜた顔で、八汐が央歌の頬をつねった。「もうやめて、ウカちゃん。こういうのだけは。心配したんだから。」央歌はされるがまま、無言で、無抵抗だった。

 ウカというのは央歌の愛称であり、ビルの屋上での一部始終を知らないはずのぼくたちとしては、特に章帆からは、何も訊ねないではいられなかったらしく、「あー、なんだか、急に仲良くなりましたね。ふたり。」と、どこか茶番にも似て訊ねるのだが、まさか結果的に、金脈だか爆弾だかを引き当てるというところまでは、考えにあっただろうか。

 秘密にすると厳密に誓った手前か、八汐は少し慌てるようになりつつも、「あ、そうで、逃げてくウカちゃんを追っかけた時、一谷サンがいかに人間的に非道であるかってことで、意気投合して。それがきっかけで。」明らかな嘘であると知りつつ、特にぼくの人間性の非道さのところ、章帆は繰り返しうなずいていた。そこには、心当たりがあるらしい。

 それでしまいとできなかったのが央歌で、不機嫌をあらわにして、「やめてよ。郁杏いあん絢人あやとのファンでしょ。下手な嘘をかせるくらいなら、あたしが本当をくから。あたしが頼んだ。他人行儀は嫌だって。理由は、あたしが郁杏にれたから。好きなんだ。」それでどうかといえば、不機嫌は上乗せされ、八汐は半ば怒りのように。「は。下手な嘘。どっちが。私がキスしようとするの拒んでおいて、よくそれ言うね。おかげで絶賛片思い中なんだけど? 好きなのは私だし、人生初キス失敗を味わったのも私なんだけど?」不機嫌は確かでも、どうも、互いにかばい合っているふうに読み取れた。

 もう見ていられないとばかりに、章帆が強引に話をまとめ上げた。「えー、何やら劇的な展開があって、お互いにマジれ両思いになったけど、央歌ちゃんの方が先に進むのをためらっていると、ざっくりそういう解釈でよろしいですかね。」八汐は酷く積極的にうなずいた。「そう、ほんとそう。両思いのところ、特に強調しておいて欲しい。両・思・い!」央歌は何も言わなかったが、否定も口にしなかったので、認めるには認めるのだろう。

 掘り当ててしまったのは確かながら、今さらこのバンドにあってさしたる問題があるではなく、またぼくも章帆も、知らないはずの事柄が既知の新情報で上書きされる形になったので、助かるといえばそうで。さらに章帆からするとなお望ましいらしく。「私からすれば、絢人クンのバンド内ハーレム状態が雲散霧消うんさんむしょうなので大いにけっこう。女同士だからで困ることあったら相談してください。ぜひお幸せに! は、いいんですけど――」

 章帆は立ち上がると、すっかりと切り替えて、鋭い刃先の視線で、ぼくら全員を見回した。

「三條とその仲間たち、そして殉教者の織り成す、それはそれは素敵なショウをご覧になる覚悟はよろしいですか。今日は人数こそ少ないですが、精鋭中の精鋭でしょうからね、きっと純度は一〇〇%ですよ。ええもう、恐ろしいことに。」

 一時期とはいえ、幾度か知れないが、舞台上からそれを見ていたはずの章帆が、それを言う。見ていたからこそ、骨身に応えていると言うべきなのか。そこにぶつけられようとしている立場ならば、尚更なおさらに恐れる。

 の極まるとも見えたし、リーダーとして、覚悟の深い顔つきとも見えた。

「私は正直、見たくねえですけどね。この場合、敵前逃亡はないんでしょうから。」




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略奪者たち 香鳴裕人 @ayam4

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