第4話 心を一つに、スターライト・ハーモナイズ!

 カナホは山のふもとの道を歩きます。道の片側は崖。反対側は谷底への急斜面です。でも道幅はそれなりに広いですし、ガードレールもしっかり取り付けられています。だから恐い場所ではありません。

 カナホが腕に抱いているのはクロエです。

 これからどうするかを話し合って、とりあえずクロエの仲間、ラピタとフィーナを探しに行こうということになったのです。

 シアンは用事があるとかで、一緒に来ませんでした。

「カナホちゃんのお母さん優しいね」

 腕の中でクロエが言います。

「サトコさんはお母さんじゃないよ。伯母さんだから、お母さんのお姉ちゃん」

 カナホはそう言います。

「へー。じゃあ、カナホは伯父さんと伯母さんの家で暮らしてるってこと?」

「うん。そうだよ。一昨日引っ越してきたばかりだけどね」

「どうして引っ越してきたの?」

「えっとね……」

 カナホは口ごもります。

 クロエが首を傾げたそのとき。

「あー!」

 カナホは大声を出し、ガードレールに駆け寄ります。

「どうしたの? カナホ」

「ほら、あれ!」

 カナホは片手でクロエを抱え、もう片方の手で谷底へむかう斜面を指差します。

 斜面の途中には横向きに木が生えていて、枝にサッカーボールが引っかかってます。

「あれ、レンくんのボールだ」

「レンくん?」

「同じクラスの男の子。ボールがとれない場所に引っかかっちゃったって、すっごい落ち込んでたの」

「う~ん。これだけて離れてたら、風を吹かせてもどうにもならなさそう。よし、じゃあ私がとってくるよ」

 クロエはガードレールの上に飛び乗ります。

「へ、でもクロエちゃん……」

「あのぐらいなら飛べなくても拾えるよ。みんなを笑顔に、幸せにするのが私たち星の妖精だから」

 クロエは斜面を下り、木の根元にたどり着きます。

「クロエちゃん、気をつけて」

 心配そうに見つめるカナホ。

「うん。へーきだよ」

 クロエはピョンピョンと小刻みにジャンプしながら、木の先端にむかいます。

 ボールが引っかかっている枝まであと少し。

 その瞬間、強い風が吹き抜けました。

「あ、あ、うわ~!」

 あおられてバランスを崩したクロエは谷底へ真っ逆さま。

「クロエちゃん!」

 カナホはガードレールを乗り越え、思いっ切りジャンプ。空中でクロエをキャッチ。

 しかし、下には深い谷が口を開けています。

「わぁー!」

 カナホはクロエを抱きしめたまま落ちていきます。

 グングン近付く谷底。

 もうダメだ。

 カナホが目をつむりました。


 しかし、いつまで経っても地面に激突することはありませんでした。

 ゆっくりと目を開けると、そこは不思議な空間。

 どちらに目をむけても、黒い闇の中に星の光のように無数の光が瞬いてます。眩しいくらいです。上も下もわからない浮遊感。まるで、宇宙空間の様でした。

 カナホの目の前に、クロエがいます。

「カナホ、どうして飛び出したの? 危ないよ」

「なんでだろ? クロエちゃんが落ちると思ったら、体が勝手に動いてた。でもやっぱり高いところから落ちるのって恐いね」

「うん。とっても恐いよ」

「クロエちゃんは恐さを知ってるはずなのに、ボールをとりに行くって言ってくれたんだね」

 カナホのポケットで、なにかが光りはじめます。

 取り出してみると、それは昨日、カナホの引っ越しの荷物に入っていた、真ん中がグニャリとへこんだハーモニカでした。

 ハーモニカは眩しい光を放っています。

 光はさらに強くなり、カナホもクロエも思わず目を閉じます。

 やがて光がおさまり、ゆっくりと目を開くと、カナホの手の中にハーモニカがありました。

 さっきまでの壊れたハーモニカではありません。

 夜空の様な紺色で、金色の宝石が散りばめられたハーモニカです。

「カナホ。私達ならできるよね」

 クロエが言うと、カナホはなずきます。

 そして、二人は声を合わせて言いました。


 Forteフォルテ、羽ばたく勇気で

 Vivaceヴィヴァーチェ、無限の大空へ

 スターライト・ハーモナイズ!


 カナホは大きく息を吸い、ハーモニカに口をつけます。

 音楽が、空間に鳴り響きました。


 まばゆい光と共に宇宙のような空間が弾けると、そこはさっきまでの谷間。

 そして、真っ逆さまに落ちていくカナホ。

 しかし、カナホの背中には、大きな黒いつばさが生えています。

 翼を開くと、大きく羽ばたきました。

 カナホは風を掴み、空中を滑るように谷間を飛んでいきます。

「なにこれ、なにこれ。凄い!」

 興奮気味にカナホが言います。

『私たち、一つになってる』

 カナホの内側から、クロエの声がします。

「いっくよ~、クロエちゃん!」

『うん!』

 もう一度、大きく羽ばたくと一気に急上昇。

 ボールが引っかかっている木にグングン近付いていき、ボールを掴みます。

 さらに羽ばたきながら、カナホは上昇していきました。

 谷間の道が一望できる高度になりました。

 谷底を流れる大井川とその支流。

 吊り橋を慎重にゆっくりと渡る人達。

 その両岸にある神社や公園、展望台。

 線路の沢山ある駅。駅前には道の駅もあって、多くの人で賑わっていて、バスロータリーからは、山奥の温泉へむかうバスが出発していきます。

 学校の校庭で遊んでいる子供たち。

 カナホは上空から家々を丁寧に見ていきます。まるで双眼鏡を覗いているように、遠くまではっきり見えます。

「あ、いた!」

 カナホはある一軒の家を指差しました。

 オレンジ色の家の屋根の二階の窓に、チラリとレンの姿が見えたのです。

 カナホはレンの家へとまっすぐに降下していきました。


 家の前に降り立つと、玄関のドアの前にサッカーボールを置くと、呼び鈴を押します。

 そして、再び翼を広げて飛び立ちました。

 しばらくして扉が開くと、レンが出てきました。

 しかし、そこに誰もいません。

 レンは不思議そうに周囲を見渡します。すると、サッカーボールが転がっているのを見つけました。

 慌てて駆け寄ると、それは間違いなくあのボールです。

 レンは再び周囲を見渡しますが、やはり誰もいません。

 でも、本当は気付いていないだけだったのです。

 家の屋根の上に、翼を生やしたカナホがいたことに。

 レンの胸の辺りから、金色に光るなにかが放たれます。でもレン自身はそれに気付いていないようです。

 その光は、フワフワとカナホの前まで浮かんできました。

『カナホ、それ捕まえて』

 クロエが言いました。

「とりゃっ!」

 カナホが手を伸ばし、光を掴みます。

「なにこれ?」

『それは、心の光。人間が幸せを感じたときに生まれるエネルギーで、私たち妖精はそれを集めているんだ』

 手の中でも、心の光は輝き続けていました。

「心の光……綺麗だね」

 カナホはしばらく『心の光』を見つめた後、大切にしっかりと握りして屋根から飛び立ちます。


 どんどん上昇し、やがて町が一望できる高さに到達しました。

 春の日差しに照らされた町は、色とりどりの花が咲き誇っています。

 その景色を、カナホ、そしてカナホの中のクロエは見つめます。

「ウチら、飛べたね」

 カナホが言います。

『うん。カナホとなら、飛べた』

 クロエが言います。

 暖かい風が、カナホの髪を揺らしました。

『あっ。カナホ、あれ見て』

 突然、クロエが嬉しそうな声を上げました。

 町を取り囲む山々の一つ。その中腹に不時着した宇宙用小型機関車が見えました。

 機関車をなんとか修理しようとしている二人の妖精――ウサギに似たラピタと、イルカに似たフィーナの姿もあります。

「行ってみよう」

 カナホはそちらの方向へ飛んでいきました。


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