第13話 シアンの冒険

 次の日の朝。

 伯父さんと伯母さん、三人の妖精たち、それからシアンが食卓につきます。

 テーブルの上には、パンとコーンスープ、ハムエッグと、それからサラダ。いつもの朝食です。

「カナホちゃんは?」

 伯母さんが尋ねます。

「まだ寝てたよ」

 答えたのはクロエでした。

「まあ土曜日だし、ゆっくり寝かせておいてあげようか」

 伯父さんがそう言った途端。

「ごめんなさい……。寝坊しちゃいました」

 カナホはやってきました。なんだかぼんやりしています。

「大丈夫? カナホ」

 シアンが尋ねます。

「うん、大丈夫。ちょっと眠いだけだから」

 カナホはゆっくりと自分の席に着き、全員で朝食を食べ始めました。


 十五分ほどして、みんな朝食を食べ終えました。

 カナホを除いて。

 なんだかぼんやりしているカナホ。食欲がないようです。パンも、ハムエッグも、サラダも、スープもまだ半分以上残っています。

「どうしたの?」

 シアンが不安そうに見ます。

「あ、ごめん。なんだかぼんやりしちゃって」

 カナホは力なく言います。

 そのやりとりを見た伯母さんは、カナホに近寄り、その額に手をあてました。

「カナホちゃん、熱あるんじゃない?」


 カナホの自室。

 パジャマ姿で布団に横になる。

 ピピッと電子音がすると、伯母さんはカナホの脇から体温計を引き抜きました。

「37.8度。風邪かな?」

 伯母さんはそう言って、優しい笑みをうかべます。

「朝ご飯……残しちゃってごめんなさい」

 カナホは力なくいいます。

「そんなの気にしないの。お腹空いたらいつでも言って。食べやすいもの、なにかつくるから。今日はゆっくり寝てなさい」

 伯母さんは優しい口調で言うと、カナホに掛け布団をかけて、そっと部屋を出ていきました。


 それから少しして、クロエたち星の妖精三人が入ってきます。

「カナホ、どう?」

 クロエは心配そうに尋ねます。

「みんな、お見舞いに来てくれたの? ありがとう。そんなに熱も出てないし、大丈夫だよ」

 カナホは布団の中から手を伸ばし、三人の妖精の頭を順番に撫でました。

「カナホ。もしかして、アタシたちが無理させちゃったの? 心の光を集めるのを、手伝ってもらってたから」

 そう言ったのは、フィーナです。

 机の上には小瓶が置かれており、その中ではいくつもの『心の光』が金色に輝いています。

「ううん。それは関係ないよ。私、楽しかったもん」

 カナホは布団の上で首を横に振り、さらにこう続けます。

「クロエちゃんたちが帰れるように、頑張ろうね。はやく帰りたいよね」

 妖精たちは顔を見合わせ、そして、ラピタが口を開きます。

「ねえ、カナホも、お家に帰りたい?」

「へ? 私、今、お家にいるよ」

「そうじゃなくて、カナホって、元々別の所に住んでたんでしょ? そのお家のこと、カナホは全然話してくれないよね」

 カナホは視線を天井にむけます。

「ウチは、お父さんが望んだ子じゃない。それだけだよ」

 カナホは小さくそういうと、まぶたを閉じます。

「ごめんね。ちょっと、眠たくなっちゃった。すぐに元気になって、また、心の光を集めるの、手伝うからね」

 妖精たちはまだまだ話しを聞きたいようでしたが、そっと部屋を出ていきました。

 そうするしか、ありませんでした。


 一方その頃、シアンはリビングにいました。

 ソファの上で膝を抱えて、ぼんやりと壁にかけられたカレンダーを見つめています。

「カナホちゃんのこと、心配かい?」

 伯父さんが尋ねます。

「やっぱり、カナホの誕生日って、明日だった気がする」

 シアンは真剣な雰囲気で言いました。

「それ、本当か?」

 伯父さんが聞き返すと、シアンははっきりとうなずきます。

「夜中に、話したの。カナホは、誕生日はまだ先だって言ってたけど、あれ嘘だよ。きっと本当のことを言えば、私達が気を使うと思ったから」

 そこに、伯母さんがやってきました。

「カナホちゃん、風邪みたい。ちょっとお疲れ気味だったのかな?」

 伯母さんはそう言いながら、安心させるようにシアンの肩をポンポン叩きました。

「ママ、どうしよう。明日、カナホの誕生日なの」

 シアンは少し焦っているようです。

「あらあら。それ本当?」

 伯母さんは聞き返します。

「うん。去年、このくらいの時期にカナホにプレゼント送ろうとして、カナホのお父さんが、ってなったもん」

 シアンが早口で言うと、伯母さんも思い出したようです。

「ああ。そういえばそうだったわね。ちょっと待ってね。確認するから」

 伯母さんはそう言って電話をかけます。相手は伯母さんの妹、つまりカナホのお母さんです。

 伯母さんはカナホの体調について伝えた後、誕生日について訊きました。

 そして、受話器をそっと置きます。

「やっぱり、カナホちゃんの誕生日、明日だって」

 しばらくの沈黙。

「じゃあ、何かプレゼントを用意しないとな」

 伯父さんが言いました。

 シアンは何か、考え込みました。

 そして。

「……ピアノ、プレゼントしたいな」

 と、つぶやき、すぐに首を横に振りました。

「ご、ごめん。そんなこと、出来ないよね。ピアノなんて、大きいし、値段も高いし」

 シアンはうつむきます。

「ピアノね。うーん確かにカナホちゃん、ピアノ弾きたいだろうけど……」

 伯母さんも悩んでいるようです。

「なんとかなるかもしれない」

 そう言ったのは、伯父さんでした。シアンと伯母さんの視線が一気に集まります。

「半年ほど前に遊びに行った、吉岡って覚えてる?」

 シアンはうなずきます。

「パパの、高校のときのお友達、だよね」

「うん。アイツな、高校生の娘がいるんだけど、その娘さんが昔、ピアノを弾いていたらしいんだけど、最近は全然弾かなくなったんだって」

「うん」

「んで、捨てようかと思ったけど、思い出の品だからできれば誰かに譲りたい、って言っていたんだ」

 そこまで言って、伯母さんが口を開きます。

「ちょっと。なんでなそんな話を黙ってたの。誕生日とか関係なく、カナホちゃんにプレゼントしたら喜ぶのわかりきってるじゃない」

「いや。だって、半年前の話だよ。その頃、カナホちゃんが家に来ることなんて思いもしなかったし」

 シアンが立ち上がります。

「私、吉岡さんの所に行って、譲ってもらえないかお願いしてみる」

「直接行かなくても、電話で訊いてみるよ」

 伯父さんが言いますが、シアンは首を横に振ります。

「ううん。私……カナホの為に何かしたい!」

 伯父さんと伯母さんは顔を見合わせます。

「家の場所、わかる?」

 伯父さんが尋ねると、シアンは即座に首を縦に振りました。

 伯母さんはシアンの前まで来ると、腰を落として、目線を合わせます。

「気をつけて。行ってらっしゃい」


 リビングを飛び出し、自分の部屋に入ったシアンは机の引き出しを開けました。

 そこには『お年玉』とかかれたポチ袋。取り出し、中身を確認すると、ポケットに突っ込みました。

「シアン。慌ててどうしたの?」

 いつの間にか、廊下から三人の妖精たちが顔をのぞかせていました。

「カナホ、きっとピアノ弾きたいはずだから、もらえるかわかんないけど、お願いしに行ってみる」

「それは、カナホの為になること?」

 クロエが尋ねます。

「うん。アタシにできるのは、これだけだから」

 妖精たちは顔を見合わせます。

「ねえ、私たちもついて行っていい?」

 クロエが尋ねますと、シアンの表情が和らぎました。

「ありがとう。みんな」


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