第2話 カナホ、妖精に出会う
さて、クロエたちのお話はひとまずおいておいて、ここは地球にある静岡県川根本町。
プゥオー。
谷間に蒸気機関車の汽笛の音が響きます。町のほぼ中央にある千頭駅では蒸気機関車の出発の準備が進んでいました。
春の暖かい日差しに照らされ、大井川の流れはきらめいています。
川辺にある小学校。
新学期を迎えてから一週間ほど。四年生の教室には六人の子供たちが席についています。この六人でこのクラスの全員でした。昨日までは。
子供たちの視線がむけられているのは、黒板の前に立つ女性の先生――ではなくその横の女の子です。
やや小柄で短髪。ランドセルではなくリュックサックを背負っています。そして、左手の肘から手首にかけて、包帯を巻いていた。
先生は黒板に女の子の名前を書きました。
『天野 奏星』
そして、その横に読み仮名を振ります。
『あまの かなほ』
一気にザワつく教室。静かになるのを待って、先生が言います。
「今日からこのクラスの仲間になる、天野カナホさんです。じゃあ、自己紹介してくれる?」
カナホはうなずくと、大きな声で言いました。
「一昨日、この町に引っ越してきました。カナホです。特技は元気なこと。好きなのは……音楽、特にピアノが好きです。それから……」
カナホは教室の子供たちの中から、ある女の子――シアンを探します。
「それから、好きなのは、シアンちゃんです。一緒に住んでます!」
教室中のみんなの視線がシアンに集まります。
「えへへ~。好きって嬉しいな。私達、従姉妹同士なの~」
シアンはのんびりした口調で言いました。
「よろしくお願いします」
最後にそう言って、カナホはペコリと頭を下げます。
クラスの全員が拍手をしました。
放課後、カナホはシアンと一緒に家への道を歩きます。
道の両脇には茶畑が広がっていました。
カナホは鼻歌を歌いながら歩きます。
曲はバッハ作曲『主よ、人の望みの喜びよ』です。
「みんなと仲良くなれるといいな」
鼻歌を止め、カナホは言いました。
「あのね、カナホ」
シアンが話しかけます。
「なに?」
カナホは立ち止まり、首をかしげました。
「ありがとう。あんなことあったのに、まだピアノを好きでいてくれて……」
そのとき、シアンの言葉を遮るように、
「危なーい!」
男の子の声がして、まっすぐサッカーボールが飛んできました。シアンに命中する。その瞬間、カナホはシアンの前に飛び出します。
ボールはカナホのおでこにごっつんこ。
「ごめーん」
男の子が、背中のランドセルをガチャガチャ言わせながら走ってきます。
それは、さっき教室にいた男の子でした。名前はレン。
「こらっ、気をつけて! カナホ大丈夫?」
「ご、ごめん」
シアンに怒られ、レンは申し訳なさそうにボールを拾いました。
「イテテ。うん、大丈夫だよ。レンくん、サッカー好きなの?」
カナホはそう言いながら、赤くなったおでこを手で隠します。
おでこを隠すカナホの手には、包帯が巻かれています。
「カナホちゃん、教室でも気になってたけど、その手、どうしたの?」
レンが尋ねると、シアンは慌てた様子でカナホの手を握ります。
「いいから、レンくん、ほんとに今度から気をつけてね」
シアンは最後にそう言い残し、カナホの手を引きながら歩きはじめます。
「また明日ねー」
カナホは握られているのと反対の手を振りながら去っていきました。
家に帰ってくると、ケンゴ伯父さんと、サトコ伯母さんが出迎えてくれました。
「おかえり。シアン、カナホちゃん。学校どうだった?」
すかさずカナホが返事をします。
「うん。とっても楽しかったよ」
すると、伯母さんはカナホを抱きしめ、頭を撫でました。
「よかった。さっき引っ越し屋さんが来て、カナホちゃんの荷物届けてくれたよ。全部部屋に置いておいてもらった」
「わかった。ありがと」
伯母さんが放すと、カナホは自分の部屋に走っていきました。
カナホの自室として伯母さんが用意してくれた部屋。
昨日までは何もなかったそこに、大量の段ボールが積まれていました。
その上で、飼い猫のミーが昼寝をしています。
「カナホ、私も手伝う。ママもすぐに来てくれるって」
「ありがとう、シアンちゃん」
カナホとシアンは協力して二段積みの上段の段ボールをおろし、開封します。
ミーは面倒くさそうに逃げていきました。
段ボールにはカナホの服が詰まっています。そして、服の上に小さな木の箱がありました。
「これ、なんだろう?」
カナホは首をかしげ、その箱を取り出します。
「心当たりないの?」
シアンが尋ねると、カナホはうなずきます。
「お母さん、間違えて入れちゃったのかなぁ?」
箱を開けてみると、そこにはハーモニカが入っていました。金属製のハーモニカで、中央部分が大きくへこんでいます。
「これ……お父さんのハーモニカ……。もういらないって言ったのに……」
カナホは悲しそうな表情でハーモニカを抱きしめました。
夕食の後、カナホとシアンは高台にある公園へと続く道を歩きます。
「今夜、星を見にいこう」
夕食の時、シアンがそう言ったのです。
伯父さんと伯母さんも笑顔で「行っておいで」と送りだしてくれました。
真っ暗な道。カナホが懐中電灯で道を照らし、シアンは天体望遠鏡と三脚が入ったケースを肩に担いでいます。
「今夜は流れ星が見られるかもしれないね」
シアンが言います。
「ほんと?」
カナホの目が輝きます。
「う~ん、わかんない。見られたらいいなって」
シアンはそう言って笑いました。
カナホは涼しい顔で、シアンは息を切らせながら公園に到着しました。
芝生の広場。頭上には星空が広がっています。
「あれがデネボラで、あっちがアルクトゥールス、それからスピカ」
シアンは迷う様子無く夜空の星を指差します。
「凄いね。シアンちゃんお星さまに詳しいんだ!」
カナホがほめると、シアンは少し得意げに「うん」と言いました。
「それで、スピカの近くにある黄色い星が土星だよ」
シアンは手際よく望遠鏡を備え付けます。
「ほら、カナホ。のぞいてみて」
カナホがのぞくと、土星が見えました。輪っかまではっきり見えます。
「わー、すごーい」
カナホは歓声をあげました。
しばらく星空を堪能したときです。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
シアンはそう言って、小走りで公園の隅っこにあるトイレにむかっていった。
「うん。わかった」
カナホはシアンの背中を見送ってから、夜空に目をむけます。
そのとき、キラリと銀色の線が走りました。
「流れ星だ!」
しかし、その流れ星はおかしな動きをします。
「流れ星……だよね」
右へ左へ向きを変えながらカクカクと蛇行するのです。
カナホは目を凝らしてじっと見ます。
その流れ星の光は、どんどん大きくなります。つまり、カナホに近づいてきているのです。
「えっ、えっ、えー」
逃げる間もなく、流れ星はまっすぐにカナホに突っ込んでくると、直前で浮上。カナホの頭上十メートルくらいの場所を通過していきました。
一瞬見えた流れ星は、流れ星ではありません。それは、蒸気機関車でした。蒸気機関車が飛んでいるのです。
カナホの頭上を通過する瞬間、機関車から何かが落ちてきました。
「うわあぁー!」
その何かは、叫びながらグルグルと回転し、カナホの方へ落ちてきます。
「え、えっと、えっと」
カナホは
ドスンっ!
そして、見事に落ちてきた物を受け止めました。しかし、勢い余ってカナホは後ろ向きに転んで、尻もちをつきます。
蒸気機関車はそのまま、フラフラとぎこちない軌道を描いた後、少し離れた山へ落ちて、見えなくなりました。
「いてて」
カナホは受け止めた“何か”を見ます。
それは、カラスのぬいぐるみの様です。
「あー、びっくりした」
しかし、それはぬいぐるみではありません。ゆっくりと動き、言葉を発しました。
なにより、カナホはそれの体温を感じています。
「ぬいぐるみが生きてるー!」
叫ぶカナホ。一方ぬいぐるみは落ち着いた様子です。
「ありがとう。私、クロエ。星の国から来た妖精だよ」
「妖精……さん?」
カナホが戸惑っていると。
「すごい音したけど、大丈夫?」
そのとき、シアンが戻ってきました。
「し、シアンちゃん。流れ星が妖精さんが汽車ポッポで、クルクルーってなってドスンなの」
カナホは星の妖精――クロエを片腕に抱き、立ち上がります。
「妖精? 何抱えてるの?」
シアンは恐る恐るカナホの腕の中を喉き込みました。
「こんにちは。星の妖精、クロエだよ」
クロエはシアンに顔をむけて挨拶します。
「わ~、妖精さんだ~」
シアンは歓声をあげました。
「妖精さんなの?」
カナホが聞き返します。
「うん。昔絵本で読んだの。星の妖精さんは星座と同じ見た目なんだって。きっと、カラス座の妖精さんだね」
「カラス座ってあるの!」
カナホが尋ねると、シアンはおっとりとした口調で「あるよ~」と答えます。
そのときです。グゴォー、というとっても大きな音がしました。
クロエは恥ずかしそうにうつむきます。そう。音はクロエのお腹が鳴ったおとだったのです。
「お腹、空いてるの?」
カナホが尋ねると、クロエは小さくうなずきました。
「ねえ、シアンちゃん。とりあえず家でご飯食べさせてあげようよ」
カナホ言うと、シアンもうなずきます。
「うん。そうだね」
「いいの? ありがとう」
クロエの瞳が輝きます。
「ウチ、天野カナホ。で、こっちは従姉妹のシアンちゃん」
カナホ達は望遠鏡を片付けて、家へむかいました。
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