第3話 カラス座の妖精、クロエ

 家に帰る途中の道で、クロエはこれまでのことを話してくれました。

 それによると、宇宙用小型機関車をうっかり発車させてしまったクロエたちは、しばらく宇宙をさまよっていたそうです。

 そして地球を発見し不時着しようとしたけれど、上手くコントロールできず、フラフラと不安定な軌道を描きながら降下し、いよいよ地面が近付いてきたところでクロエは機関車から投げ出されてしまったのだという。


 帰りの道を歩きながら、カナホに抱かれたクロエは心配そうに言います。

「ラピタとフィーナ、大丈夫かな?」

「それって、その、一緒に宇宙に出ちゃったお友達?」

 カナホが尋ねると、クロエはうなずきます。

「機関車はあっちの山に降りていったのが見えたけど、大きな音とか、爆発とかなかったから、上手く着陸できたんだと思うよ。明日、一緒に探しに行こう」

 カナホは優しい口調で言いました、

 家に戻ってくると、カナホは伯父さんと伯母さんに見つからないようにコソコソと自室に入りました。

「そんなにコソコソしないで大丈夫だよ~」

 一方で、シアンは普段と変わらず堂々としています。

「だって、伯父さんも伯母さんも、星の妖精さんが来たなんて言ったらビックリしちゃうよ」

「パパとママは受け入れてくれると思うけど、まあいっか」

 シアンは続けて「食べ物もらってくるね~」と言って部屋を出ていきました。

 カナホは引っ越しの荷物の中から、小さい段ボール箱を探すと中身を適当に出してからにする。そこにタオルを敷いて、クロエを入れた。

「ありがとう、カナホ」

 ほどなくして、シアンが戻ってきました。

「お刺身もらってきたよ」

 シアンの手には、マグロのお刺身が入ったパックが握られていました。

 カナホはそれを受け取ると、クロエに見せます。

「クロエちゃん。これ、食べられる?」

「うぁー、美味しそう」

 クロエのくちばしのはしっこから、よだれが垂れています。

 カナホはビニールを破り、

「はい、あーん」

「え、あ、自分で食べられるよ」

「いいから、いいから」

 カナホは指先でお刺身をつまむと、クロエに食べさせてあげました。

 クロエはあっという間に一切れ食べ終え、そこで何かに気付いたように、カナホを見つめます。

「カナホ、おでこに青あざが出来てる。もしかして、私を受け止めてくれたときにぶつかっちゃった?」

 カナホは首を横に振り「違う違う。へーきだよ」と言いました。

「クロエちゃん、翼があるのに飛ばなかったの?」

 シアンが尋ねますと、クロエの表情が曇ります。

「前は飛べたんだけど、半年前に落っこちって、怪我しちゃって。お医者さんはもう怪我は治ったから飛べるはずって言ってるんだけど、どうしても飛ぶ感覚が上手く思い出せなくて……」

 クロエの瞳に涙がたまります。

「それで学校は留年しちゃうし、家からは『意気地なしは帰ってこなくていい』って言われちゃうし……」

 カナホはクロエの頭をそっと撫でます。

「大丈夫だよ。今日はゆっくり休んで、これからのことは明日考えよ」

 クロエは小さくうなずきました。


 次の日の朝。

 カナホは学校へ行く支度をしますが、クロエは部屋の隅、座布団の上でスヤスヤと眠っています。

「クロエちゃん。私達学校に行ってくるから、伯父さんと伯母さんに見つからないように気をつけてね」

 カナホは小声で言うと、そっとクロエの頭を撫で、リュクを背負って部屋をでていきました。


 カナホとシアン。

 二人で歩く通学路。

 丁字路に差し掛かる。そこで、一人の男の子と出会った。

 それは、昨日カナホにボールをぶつけた男の子、レンだった。

「あ、レンくん。おっはよー」

 カナホは明るく挨拶します。

「おはよう。時津さん、天野さん、昨日はごめんなさい」

 レンの声は暗く、なにやら落ち込んでいるようです。

「えへへ。もうすっかり平気です。だから気にしないで」

 カナホは前髪をかき上げます。もう青あざは消えていました。

「そっか。よかった……。じゃあ、オレ、先に行ってるから……」

 レンは暗い表情のままで、速足に去っていきました。

「なんか元気なかったね。なんかあったのかなぁ?」

 カナホは去っていく背中を見ながら言いました。

「宿題忘れたとかそんなんじゃないかなぁ」

 シアンは特に心配していないようでした。


 学校に到着すると、四年生の教室に入り、それぞれの席に着きます。

 カナホの席は、レンの隣です。

 やがて、チャイムが鳴って先生がやってきます。朝の会、それから授業がはじまりました。

 カナホはチラチラとレンの様子を見ます。

 やっぱりレンは昨日より元気がないように見えました。

「レンくん、なにかあった?」

 授業と授業の合間、十分の休み時間に声をかけてみました。

「実は昨日、家の近くでリフティングの練習をしてたんだ」

「おー、サッカー好きなんだね」

「うん。ワールドカップに出るのが夢なんだ。幼稚園の頃、イベントでプロのサッカー選手に会って、そこでボールをもらったんだ。これでいっぱい練習するんだよ、って言われて、オレ、それから毎日ボール蹴ってるんだ」

「毎日っ。すごい!」

 カナホは口の前で手を合わせ感心します。だけど、レンは「でも」と表情を曇らせてしまいました。

「昨日、うっかりへんな方向に蹴っちゃって、木の枝に引っかかったんだ。兄ちゃんに言ったんだけど、あれはとれないから諦めろって言われて……」

 レンはそこまで言って、うつむきます。


 授業が終わり、カナホとシアンが家に帰ると何やら賑やかでした。

「まあ、クロエちゃんすごいわ」

 リビングでは、伯母さんとクロエが掃除をしています。

 床に立つクロエが翼を羽ばたかせると、ビュッと風が吹いてタンスの隙間のホコリを書き出しました。

「私、風を操ることが出来るんだ。ちょっとだけだけど」

 クロエは自慢げに言いました。

「あ、お帰り」

 クロエと伯母さんはカナホ達に気付いたようです。

「あ、うん。ただいま」

 カナホにはクロエとサトコ伯母さんが仲良くしているのが驚きでした。

「クロエちゃんの事情は聞いたわ。好きなだけ家にいてもらっていいからね」

 クロエはカナホに駆け寄ると、ジャンプ。カナホはそれを抱きとめる。

「ありがとー」

「ありがとう」

 カナホとクロエは同時に言いました。

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