第6話 ウサギ座の妖精、ラピタ
カナホは図書室にやってきました。
「シアンちゃーん。ウチ、どげんすればよかとでしょうか?」
シアンは読んでいた本をパタンと閉じます。
「カナホ、落ち着いて。図書室では静かにしようね」
シアンに注意されて、カナホはハッとした様子で口を手で塞ぎました。
「ご、ごめん。シアンちゃん」
手で口を塞いだまま、モゴモゴと言います。
シアンは自分が座っていた席の横の椅子の引きました。
「座って、カナホ。何があったか、ゆっくり聞かせて」
カナホは椅子に座ると、口から手を放してゆっくり話しはじめます。
「あのね、シアンちゃん――」
ドッジボールの助っ人と、ピアニカの特訓と、それからテストが重なったことを説明しました。
「でも、どうしよう。ドッジボールは負けられないし、ヒマリちゃんの気持ちも大事にしたいし」
「テストが一番大事だと思うよ。私だったらテスト受けるかなぁ」
シアンのこたえに、カナホは何か言いたそうに口をムニムニと動かします。でも、言葉は出てきません。
そんな様子を見たシアンは、さらに諭します。
「あのね、ドッジボールも、ピアニカも、カナホに直接は関係ないでしょ? 特にピアニカははカナホが嫌な思いするんじゃないの?」
カナホは黙ってうつむきます。
「そうかもだけど……でも、やっぱり困っている人は助けてあげたいよ」
シアンはとっても優しい笑顔を浮かべました。
「カナホの優しいところ、私はとっても大好き。でも、カナホにはもっと自分を大事にしてほしいな。自分が一番、で考えてほしいの」
最後にシアンは言いました。
カナホは小さくうなずくと、その場を去りました。
「シアンちゃんの言うこともわかるけど、でも……」
カナホはつぶやきながら、校舎裏のウサギ小屋の前を通ります。この辺りはあまり人が来ません。
そのとき、声が聞こえました。
「カナホー」
聞き覚えのある男の子の声です。カナホは周囲を見渡しました。
「こっち、こっち」
そして、見つけます。
ウサギ小屋の中に、ウサギによく似た星の妖精がいました。そう、ラピタです。
「ラピタくん!」
カナホは小屋に駆け寄ると、かんぬきを外して扉を開けます。
「ありがとう、カナホ」
ラピタは小屋のウサギたちに手を振りました。ウサギたちは黙ってラピタを見送りますが、なんとなく「またね」と言っているような気がします。
それからラピタはジャンプ。カナホは両手で受け止め、胸に抱きました。
「ラピタくん、どうしてウサギ小屋にいたの?」
カナホは尋ねます。
「機関車の部品を探すのと、『心の光』を集めるために町を歩いてたら、いつの間にか学校に着いてたんだ。ウサギさんたちを見つけたら、家族のことを思い出しちゃって、ついつい長話してたら、閉じ込められちゃった」
ラピタは照れたように言いました。
「ラピタくんの家族って、どんな感じなの」
カナホは尋ねます。
「えっとね、ボクを入れて兄弟が三六人いるんだ。すごい大家族で、毎日とっても賑やかだったんだ」
「三十六人! そんなに?」
「うん。ボク達が見たらみんな顔が違うんだけど、他の人から見るとそっくりで見分けられないみたいなんだ。だから時々、こっそり入れ替わっていたずらしたり、困っている兄弟がいたら助け合いながら暮らしてたんだ」
「へー、仲良しさんなんだね。楽しそう」
ラピタはカナホの顔を見上げます。
「カナホの家族も、仲良しだね」
カナホはゆっくりと首を横に振りました。腕に少し力がこもったことをラピタは感じます。
「ウチは……ウチは、家族と喧嘩しちゃったから。お父さんの言うことを聞けなくて、お母さんに怪我させちゃったから、だから、シアンちゃんの家で暮らしてるだけ」
カナホの腕に巻かれた包帯が、ラピタに触れました。
「……カナホ」
カナホは首を左右にブンブン振ります。
「ごめん。変なこと言っちゃったね」
「カナホ、何か困ってる? ボクに出来ることあるかな?」
ラピタが言うと、カナホは少し考えて、さっきまでとはまるで違う、明るい口調です。
「あのね、ラピタくん。相談にのってほしいんだけど、ウチが三人に分身することって……できない……かな?」
カナホは話している途中に、ズボンのポケットに違和感を感じました。
探ってみると、いつの間にかハーモニカが入っていました。空の様な紺色で、金色の宝石が散りばめられたあのハーモニカです。
「これ、家に置いてきたはずなのに……」
カナホは驚いています。
「カナホ、もしかしたらクロエの時みたいに凄いことが出来るかも」
ラピタが言いました。
「うん!」
カナホの表情は希望に満ちています。
昼休みのあと、五時間目の授業があって、帰りの会です。
「先生、さようなら」
「皆さん、さようなら」
挨拶が終わり、それぞれにランドセルを背負って帰路に就きます。
「シアンちゃん、先に帰ってて」
カナホは言いました。
「そっか。うん、わかった。でも無理したら、めっ、だよ」
シアンはカナホの表情で何かを察したようで、ランドセルを背負いました。
「先生、テストの前にちょっとだけウサギさんの様子見てきます。すぐに戻ります」
次にカナホはそう言うと、先生の返事も聞かずに、勢いよく教室を飛び出しました。
そして、カナホがやって来たのはウサギ小屋の前。
「お待たせ、ラピタくん」
そこに、ラピタはいました。
カナホはハーモニカを取り出します。光が放たれ、二人はその光に包まれました。
そして、二人は声を合わせて言いました。
Staccato《スタッカート》、飛び跳ねる心
スターライト・ハーモナイズ!
カナホは大きく息を吸い、ハーモニカに口をつけます。
音楽が、空間に鳴り響きました。
光が弾ける。
そこには頭のてっぺんからウサギの耳が生えたカナホがいました。
『やったね、カナホ』
カナホの中からラピタの声が聞こえます。
「うん。これならみんなを笑顔にできる」
カナホは右手を高く掲げました。
「ラピットイリュージョン!」
そして、パチンっ、と指を鳴らしました。
すると、カナホの両側にモヤモヤと煙が立ち上りはじめました。
煙はアッという間に周囲に溜まり、何も見えなくなります。
風が吹き、煙を吹き飛ばします。
なんということでしょう。そこには三人のカナホがいました。
全く同じ見た目の、三人のカナホがそこにいるのです。
三人のカナホは顔を見合わせると、うなずき合います。
そして、それぞれ別の方向へ走り出しました。
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