第7話 きっとなんとかなる! ラピットイリュージョン!

 カナホは教室に戻ってきました。

「戻りました」

 先生にそう言うと、自分の席に座って鉛筆と消しゴムの準備をします。

「天野さん、大丈夫?」

「はい、大丈夫です先生。いつでもいいよ」

「お、やる気いっぱいだね。じゃあ、はじめよっか」

 先生はカナホに国語と算数、二枚のテストを渡しました。


 公園。

 六年生の男の子たちが腕組みをしてずらりと並んでいます。

 それとむかい合うように立つのは、不安げな表情の三年生の男の子たち。そして、自信満々のカナホ。

「なんだ? その女子は」

 六年生が威圧するように言いました。三年生はさらに不安そうになります。

「ウチ、頑張りマス」

 しかし、カナホは両手で拳をつくって、胸の前でグッとやりました。


 ヒマリの家。ヒマリの部屋。

 カーペットの上にペタンと座るカナホとヒマリ。

 近くには、それぞれのピアニカが置かれています。

「これなんだけど、どうかな?」

 ヒマリはカナホに楽譜を渡しました。

 それはワーグナー作曲『婚礼の合唱』でした。各音符の下に鉛筆でド、レ、ミと片仮名が振ってあります。

「あ、これか。いい曲だね。ウチ大好き」

「難しいだけど、頑張って弾けるようになりたいなって」

 ヒマリの話しを、カナホ丙は相づちを打ちながら聞きました。

「うん。頑張ろう!」

 カナホが言うと、ヒマリはうなずきました。


 太陽は山に沈みかけ、谷間の町は夕日に赤く染まります。

 学校の教室。

 カナホ甲は手汗が染み込んだ鉛筆を机に置きました。

 大量の消しカス。

 国語と算数のテストは、全ての回答欄に答えが書き込まれています。クラスと名前もちゃんと書いてあります。

「ふへ~」

 カナホは机に伏せると、力なく手をあげました。

「先生、終わりましたぁ~」

 先生は苦笑いを浮かべながら解答用紙を回収します。

「お疲れ様。ごめんね。放課後残ってもらちゃって」

「えへへ、大丈夫。でも、シアンちゃんが待ってるから、はやく帰らなきゃ」

 カナホは手早く荷物をまとめると、教室の扉へ駆けていきます。

「天野さん」

 カナホの背中に先生は声をかけます。

「ん?」

 カナホは足を止めて振り返ります。

「今のお家、楽しい?」

 先生が尋ねると、カナホは少し考えて、ニッと笑顔を浮かべました。

「うん。とっても楽しいよ」


 一方、公園では。

 内野に残っている六年生チームは残り一人。一方で三年生チームも、もうカナホしか残っていません。

 ボールを持っているのは内野の六年生。

 カナホはボールを鋭い目でボールを見つめます。

「パスしろ!」

 外野の六年生が焦ったように叫びます。

 内野の六年生は高い山なりの軌道で外野へとボールを投げました。

 瞬間。カナホはグッと身を屈めると、その反動で一気にジャンプ。

 周囲が驚くほどの高さまでジャンプしたカナホは、空中でボールをキャッチすると、即座に投げ返します。

「チエェーストォー!」

 空中から放たれたボールは、最後の六年生にむかっていき、見事命中。尻もちをつかせます。

 カナホ乙は軽やかに着地しました。

 一瞬の静寂の後。

「お、覚えてろー」

 六年生はそう言い残して退散していきました。

 三年生の皆がワーッと歓声をあげ、カナホに駆け寄ってきました。


 ヒマリの家。

 ヒマリはぎこちない指使いで鍵盤をたたきます。

 その表情は真剣そのもの。

 カナホも真剣な表情でヒマリを見つめています。

 やがて、最後の一音が鳴りやみます。

 部屋に流れる沈黙。

「うん。いいよ、いいよ。バッチリだよ」

 カナホはヒマリに顔を近付けます。

「ほ、ほんと。ほんとに?」

 ヒマリはカナホから目をそらし、不安げに尋ねます。

「うん。ぜっっったいに、お父さんとお母さん喜んでくれるよ」

「そっか。そうだよね」

「後は、自信を持つこと。胸を張って堂々としてれば、きっと上手くいく、ってお父さんが言ってた」

「わかった。頑張るよ。私」

 ヒマリはカナホの手を握ります。

 カナホはヒマリの目をみながらうなずきました。


 三人のカナホは家の近くの丁字路にやってきました。

 一人のカナホが小瓶を取り出すと、残った二人のカナホがそこに『心の光』を入れていきました。

 一緒にドッチボールをした三年生の男の子たち。それからヒマリを幸せにしたことで生れた『心の光』です。

 三人のカナホは力を合わせて、瓶に『心の光』を詰めました。

 そして、三人は互いに顔を見合わせ、うなずき合います。

 すると、再び周囲は煙に包まれます。

 煙が晴れると、変身を解除したカナホが立っていました。もちろん一人だけですし、ウサギの耳も生えていません。腕にはラピタを抱いています。

「上手くいったね」

 カナホは笑顔です。

「うん。帰ろうか」

 ラピタもなんだか嬉しそうでした。


 カナホとラピタは家に帰ってきました。

「ただいまー」

 玄関のドアを開けると、シアンが出迎えました。

「おかえり。カナホ。ラピタ」

「シアンちゃ~ん」

 カナホはその場にへたりこみました。

「カナホ。どうしたの?」

「元に戻ったら三人分疲れるし、頭の中が三人分の記憶でぐちゃぐちゃしてる~」

 シアンはカナホを抱き起します。

「うん、頑張ったね。カナホえらいよ」

 シアンに褒められて、カナホは「えへへ~」と笑っていました。

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