第8話 イルカ座の妖精、フィーナ

 月曜日。

 カナホが学校にやってくると、昇降口で四年生の男の子たちに出会いました。

「あ、天野さんおはよう。金曜日はありがとう。おかげでまた公園で遊べるようになったよ」

 教室に入ると、ヒマリが声をかけてきました。

「カナホちゃん、ありがとう。お父さんもお母さんも、すっごく喜んでくれた」

 そのとき、廊下から先生がカナホを呼びました。

「この前のテストだけどね」

 先生は採点終わったテストをカナホに渡しました。

 国語43点。算数32点。

「これからお勉強、頑張りましょうね」

 先生の笑顔。

「ぴにゃ~」

 カナホは変な声を発しました。


 それから数日後。

 四月も下旬。その日は雨が降っていました。

 学校帰り。

 傘をさして歩くカナホとシアン。

「だいぶ集まってきたね」

 カナホはポケットから小瓶を取り出しました。

 人が幸せな気持ちになったときに生まれる、心の光。瓶の中でそれは、金色の光を放っていました。

 一日に一つか二つは集めることができています。

「うん。この調子なら、すぐ帰れるかも」

 カナホの肩にのかっているのは、クロエです。

「でもでも、機関車の部品も足りないってフィーナは言ってたから、そっちも探さないとね」

 カナホの足元を歩くラピタが言います。

「うん。みんなで探せば、きっとみつかるよ」

 カナホは明るい口調で言いました。

「でもその前に、家に帰ってお菓子だよ。今日はママがクッキーを焼いてくれるって言ってた」

 シアンの言葉に、カナホ、クロエ、ラピタの三人は同時に「さんせー」と言います。

 ちょうどその時、カナホ達は分かれ道に差し掛かりました。

 片方の道はカナホの暮らしている家へ。もう片方の道は山の中へと続いています。

「じゃあ、ウチがフィーナちゃん呼んでくるから、先に帰ってて」

「一人で大丈夫?」

 クロエが尋ねます。

「うん。大丈夫」

 カナホは山へ入る道を駆けていきました。


 カナホは途中で道をそれ、草をかき分けながら山へ入っていきます。

 すると、宇宙用小型機関車が見えてきました。草や木の枝を被せて見つかりにくくしてあります。

 そして、そんな機関車を修理している妖精がいました。イルカに似た妖精のフィーナです。

「ええと、ここのボルトのトルクは……」

 フィーナは雨に濡れながら、トルクレンチでボルトを締めていました。

「やっほー。フィーナちゃん」

 カナホが後ろから声をかけると、フィーナは驚いたようで、体をビクっと跳ねさせました。

「なんだ、あなたか」

 フィーナは一度カナホの方を見ると、再び作業に戻ります。

「フィーナちゃん。心の光、これだけ集まったよ」

 カナホは心の光が入った小瓶を取り出すと、フィーナは横目でチラリと見ました。

「そうね。でもまだ足りないわ。あとそれと、墜落したときに部品が一個無くなったから、それを見つけてこないといけないわね」

 フィーナの口調はどこか冷たいものでした。

「その無くなった部品ってどんなの? 私も探すよ」

 それでもカナホは尋ねます。

 しかし、フィーナはムッとした様子になりました。

「結構よ。あなたに言ってもわかんないだろうから」

 カナホは少し気圧されつつも、話題を変えます。

「そうだ、フィーナちゃん。家に帰って、みんなでクッキー食べない?」

 フィーナの眉がピクリと動きます。

「遠慮しておくわ。さっさとこれを修理しないといけないから」

「でも、朝からずっと頑張ってるし、雨も降ってるし、一回休憩しない?」

 フィーナは鋭い目つきでカナホをにらみつけます。

「集中できないの。帰ってちょうだい。あなたがいたら邪魔なの」

 フィーナは絞り出すように言いました。

「そっか……わかった。風邪ひかないようにきをつけてね」

 カナホは自分の傘を、開いた状態で機関車の手すりにひっかけました。フィーナが雨に濡れないように。

 そして、小走りで去っていきました。


 カナホは雨に濡れながら一人で家に帰ってきました。

 ずぶ濡れのカナホを見たシアンは、服を着替えさせ、ドライヤーで髪を乾かしてくれました。

 そしてカナホの部屋。

 それから、カナホの部屋でカナホとシアン、クロエとラピタはクッキーの入ったお皿を囲みます。

「そっか。フィーナ、そんなこと言ったんだ」

 クロエはくちばしの中のクッキーを飲み込んでから、言いました。

「うん。修理続けるって。私、フィーナちゃんに嫌なこと言っちゃったかな?」

 カナホは少々落ち込んでいるようです。それを見たクロエは何かを察したようです。

「もしかして、フィーナ、キツイ言い方しちゃった? ごめんね。フィーナって、昔から不器用で、悪気があったわけじゃないと思うんだけど」

「クロエちゃんは、フィーナちゃんと昔からお友達なの?」

 シアンが尋ねます。

「うん。学校の寮で同じ部屋だったの。最初はね、フィーナってばずっと本を読んでばっかりで、全然話してくれなかったんだけど、毎日声をかけてたら、段々とお喋りしてくれるようになったんだ」

 クロエは「それでね」と言葉を繋ぎます。

「フィーナって物知りで何を訊いてもこたえてくれるし、機械の修理もできるし、とっても凄いんだよ」

 そこで、ラピタが口を開きます。

「でも不思議だよね。フィーナって一年生からずっと学年で一番の成績だったのに、三年生になってから、急にテストで悪い点数とったり、授業も休むようになって、結局留年しちゃって」

「そうだよね。体調悪いの? とか、心配事あるの? とか尋ねても『あなたはまず自分の心配しなさい』としか言わなかったんだよね」

 クロエもフィーナの成績が悪くなった理由は知らないようで、首を傾げました。


 その日の夜。

 カナホはふと目を覚ましました。

 枕元から声がするのです。

 でも、眠くて目が開きません。

 夢うつつなまま、声だけを聞きます。

 話しているのはクロエとラピタ、そしてフィーナです。

「カナホ、気にしてたよ。フィーナに酷いこと言っちゃったかなって」

 クロエが言います。

「……まあ、私も、ちょっとは言い方悪かったと思ってるわよ」

 フィーナの声。

「ねえ、フィーナ。足りない部品ってどんなの?」

 ラピタが尋ねます。

「メモリよ。航路記録の」

「目盛? 何を計るやつ?」

 クロエはよくわかっていないようです。

「学校で習ったでしょ? 電子情報磁気記録装置。あれが無いと、宇宙に出たところで星の国の方向がわかんないわ」

 クロエは思い出したように言います。

「あー、あれね。で、どんな見た目だっけ?」

 フィーナはあきれたようなため息をつきました。

「四角いヤツ。穴が二つ空いてるの。ちゃんと『宇宙航路 丙線』って書いてあるわ」

「わかった。明日から探してみるね。そのかわり、フィーナはカナホやシアンと仲良くしてね」

 クロエは明るい調子で言いました。

しばらくの沈黙。

「……まあ、考えてみるわ」

 そして、フィーナの声。

 カナホはここまで聞いて、再び深い眠りに落ちていきました。

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