第5話 カナホ、大忙しの日
その日の夜。
引っ越しの片づけが終わっていないので、まだまだ段ボールが積まれているカナホの部屋。
どうにかこうにかつくったスペースで、カナホは連れて帰ってきた三人の妖精とむかい合っています。
ちなみに、カナホは変身を解除したので、今はクロエと分離して、背中にも翼は生えていません。
「えっと、ラピタ……です。よろしくお願いします」
ウサギに似た妖精、ラピタが深々とお辞儀をします。
「……ドルフィーナよ。フィーナって呼んでくれていいわ」
イルカに似た妖精、フィーナはツンとした口調です。
「天野カナホです。よろしくね」
カナホはそう言いました。
「カナホは凄いんだよ。私、カナホと一緒なら飛べたもん」
最後に得意げに言ったのは、カラスに似たクロエでした。
「やったね、クロエ!」
ラピタとクロエは|手(翼)を取り合い、その場でピョンピョン跳ねながらグルグル回ります。
「でも、星の妖精さんって色々な見た目の人がいるんだね」
カナホが言いました。
クルクルと回っていたクロエはピタっと動きを止めます。急に止まったものですから、手を繋いでいたラピタは転んでしまいました。
「うん。色々な種族がいるんだよ。種族によって使える魔法も違うんだ。私は風を操れるし、ラピタは……」
「お菓子とジュース、持ってきたよ」
やってきたのはシアンです。おぼんに人数分のジュースとお菓子をのせています。
シアンを加え、お菓子を食べながら話しは続きます。
「従姉妹の
シアンはそういって、チョコレートクッキーを口に放り込みます。
「やったー」
ラピタがピョンピョンと飛び跳ねます。
「それで、妖精さん達はこれからどうするの? 星の国には帰れそう?」
シアンが尋ねると、フィーナが答えます。
「乗ってきた宇宙用小型機関車だけど、修理しなきゃいけない場所は沢山あるわ。墜落したときに部品が一個外れたみたいで、それも探さないといけないし。帰るにはエネルギーも足りないわ。『心の光』を集めないと」
「あの、『心の光』ってこれだよね?」
カナホは小瓶を取り出しました。その中で、小さな星型のものが金色に光っています。
「それだけど、一つだけじゃ全然足りないの。うんといっぱい集めなきゃ」
フィーナが言うと、ラピタはうなだれます。
「まだまだ帰れそうにないね」
そこでクロエが言います。
「とりあえず、明日から私とラピタで部品を探しながら『心の光』を集めよう。フィーナは機関車の修理をお願い」
妖精たちはお互いにうなずき合いました。
「私たちも、なんでもお手伝いするよ。いいよね、シアンちゃん」
カナホはシアンを見ます。シアンも異議はないようでした。
次の日。金曜日。
学校にて。
一時間目は体育。三年生と合同でドッジボールです。チームは単純に男子対女子。
飛んできたボールを、カナホは正面から受け止めます。
「やっちゃえ、カナホちゃん」
三年生の女の子の応援の声。
「とりゃー!」
カナホは全力でボールを投げます。
凄い勢いでカナホの手を離れたボールは、グングン加速し男の子に命中。跳ね返ってきたボールを、またもカナホがキャッチ。
「おりゃー!」
再びカナホはボールを投げます。
またも、ボールは命中。
「やったー」
カナホは三年生の女の子とハイタッチしました。
男子チームはどんどん減っていきます。
ちなみにシアンは最初にボールにあたり、外野にいました。
「わ~。カナホすごーい」
シアンはのんびりと歓声をあげました。
二時間目は音楽。
音楽室にて。
先生の弾くピアノに合わせて、教科書の歌を合唱します。
みんなちょっとずつ音がずれていますが、カナホだけは楽譜の音程にピタリと合っていました。
歌い終わると、先生は鍵盤から指を離しました。
「はい。いいですね」
先生は時計を見ます。まだ終わりのチャイムまでは少し時間があります。
そこで先生はカナホに目をむけました。
「天野さん、ピアノ好きって言ってたよね。弾いてみる?」
カナホはビックリした表情を浮かべます。
「ピアノ弾いて、いいんですか?」
先生はうなずきます。ですが、カナホはまだ迷っているようです。
「カナホのピアノ、久しぶりに聞きたいな~」
そこで、シアンが背中を押しました。
カナホは立ち上がると、ピアノの元へ歩いていき、先生に譲ってもらって、
「先生、何の曲、弾いたらいいですか?」
「なんでも。天野さんの好きな曲弾いてみて」
カナホは少し考えてると、一度深呼吸して、鍵盤に指を乗せました。
そして、演奏をはじめました。
ショパン作曲『ワルツ第6番』です。
通称『子犬のワルツ』と呼ばれている曲この曲は、まさに走り回る子犬のように素早いリズミカルな曲調です。
カナホの指も、鍵盤を右へ左へ走り回っているようです。
音楽室全体に、軽やかなメロディが響き渡ります。
はじめは驚いていた先生やクラスメイトも、徐々に演奏に聞き惚れていきます。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、カナホの演奏は続きました。
音楽室から帰る途中。
「天野さん」
カナホを呼び止めたのは、三年生の男の子でした。
一時間目の体育でカナホがボールをあてた男の子です。
「あの、天野さんに頼みたいことがあって」
「ほへ、頼み?」
カナホは首を傾げます。
「今日の放課後、六年生とドッジボールで戦うことになってて、天野さんにも参加してほしいんです。実は、ずっと俺たちが遊んでいた公園があったんだけど、最近六年に占領されて使えなくなっちゃったんだ」
「あらら」
「端っこだけでも使わせてって言ったら、ドッジボールで勝ったら公園全部譲ってやるって言われたんです。それで、今日の放課後に天野さんに助けてほしいんです」
シアンはカナホの顔を見ます。
「カナホ、どうする?」
「うん。私でよければ、お手伝いするよ」
三時間目と四時間目の授業が終わり、給食を食べて、その後は昼休み。
「あの……」
話しかけてきたのは、同じクラスの女の子、ヒマリでした。
「どうしたの? ヒマリちゃん」
「あのね、天野さん――」
「カナホでいいよ」
カナホはヒマリの言葉を遮り言いました。ヒマリは嬉しそうにうなずきます。
「カナホちゃん、実はね、私のお母さん、本当のお母さんじゃないの」
「ほう」
カナホは驚きの表情を浮べていますが、同時にヒマリの話しを聞こうという雰囲気も感じられます。
「私の本当のお母さんは、私がちっちゃい頃に家を出て行って、私は顔も知らないの」
「うん」
「でね、お父さんはその後、今のお母さんと結婚したんだけど、お父さんとお母さん、結婚式できなかったんだって。私が小さくて、色々大変だったから」
ヒマリはまっすぐにカナホの目を見つめます。
「もうすぐ結婚記念日だから、結婚式をプレゼントしてあげたいの。お願い、カナホちゃん。手伝って!」
「ヒマリちゃん、お父さんともお母さんとも仲良しなの?」
「うん。お父さんは大好きだし、お母さんもね、本当のお母さんだと思ってる」
ヒマリがきっぱり言い切ると、カナホの表情がパッと明るくなり、ヒマリの手を握りました。
「わかった。手伝うよ。でも、ウチに何ができるかな?」
「ありがと、カナホちゃん! 私ね、ピアニカでお祝いの曲をプレゼントしたいの。だからね、今日の放課後、練習に付き合ってほしいの」
「きょ、今日?」
カナホは思わず大声を出しました。
「そうだよね。無理……だよね。こんな急に言ったら、困っちゃうよね……。ごめんね」
ヒマリは悲しそうにうつむきます。
「大丈夫。大丈夫だから! なんとかするから、ちょっとだけ待ってて」
カナホは教室を飛び出しました。
そこで、呼び止められます。担任の先生でした。
「あ、天野さん。転校してくる前、クラスのみんなには振り返りのテストをやってもらったんだ。今日の放課後、天野さんもテスト受けてくれないかな? 国語と算数の二つ。三年生でやった分がどのくらい覚えてるかの確認だけだから」
その時、別の先生が担任を呼びました。
「じゃあ、よろしくね」
担任は足早に去っていきます。
それと入れ替わるように、さっきの三年生の男の子がやってきました。
「天野さん、今日の放課後、よろしくな。絶対に公園を取り戻そうぜ」
男の子はそう言って去っていきました。
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