第10話 セイナくんとクイズバトル

 四年生のカナホは今日は五時間目までですが、五年生は六時間目まであります。

 帰りの会が終わると、カナホはクロエを抱いて保健室にやってきました。

「失礼しまーす」

 クロエを胸に抱き、扉を開けます。

 室内薬棚やベッド、体重計や手洗い場があるがある、いたって普通の保健室という感じです。

 その中に、古びたラジカセが一台と、男の子――セイナが一人。

 セイナはテーブルの近くに置かれた椅子に座っていました。セイナの近くには難しそうな分厚い本。タイトルは『地球外生命体が存在する可能性について』です。

「こんにちは」

 カナホはセイナににこやかに声をかけます。

「あ、あの、先生なら、今、出かけてて」

 セイナは目をそらしながらオドオドと答えます。

「ううん。先生じゃなくって、セイナくんにお話しがあって来ました」

 カナホはセイナのテーブルをはさんだ正面に座ります。クロエは膝の上。

「ボクに?」

「これ。さっき廊下でぶつかりかけたときに落としていったでしょ?」

 カナホはテーブルの上にカセットテープを置きました。

「これ……拾ってくれたの?」

 セイナの表情が、少しだけ明るくなります。

「うん、うん。これってさ、何が入っていたのかな?」

 カナホが尋ねますと、セイナはカセットテープをラジカセにセットし、再生ボタンを押します。

 流れはじめたのは、モールス信号のような謎の音声です。

「夜中に道を歩いていたら、突然、空から降ってきたんだ。お父さんも、お母さんも、ただの雑音だって言うんだけど、僕はこれは宇宙人の落とし物だと思うんだ」

 カナホはセイナの本に目をむけます。

「宇宙人……」

 クロエがつぶやきは、カナホにだけ聞こえました。

「セイナくん、宇宙人の研究してるの?」

「うん。いつか、地球じゃない星に住んでいる異星人と交信するのが夢なんだ」

 テープは止まり、再生のボタンがカチンと跳ねあがります。

「……そっか。それがセイナくんの“好き”なんだね」

 カナホは小さな声で呟きました。

「カナホ?」

 クロエが聞き返しますが、カナホは無視してセイナとの話しを先に進めます。

「あのね、セイナくん。このテープ、ウチの大事なお友達のものなの。それでね、そのお友達に返してあげたいから、ウチに譲ってくれませんか?」

 カナホは、そう言いました。

 静寂。

「……嫌だ」

 セイナが、ゆっくりと口を開きました。

「僕は、宇宙人はいると思ってる。きっと、このテープはきっとその手掛かりになる。だから、だから、あげられない」

 セイナはきっぱりと言い放ちました。

「ねえ、カナホ。私のこと話していいよ。それで、わかってもらえるなら」

 クロエが言うと、カナホはうなずきました。

「あのね、セイナくん。ここにいるクロエちゃんはね、お星さまの妖精なの。それで、元のお星さまの国に帰るために、そのテープが必要なの」

 カナホに続いて、クロエが言います。

「こんにちは。星の妖精のクロエです。星の国に帰るのに、そのテープが必要なの。返してくれないかな?」

 セイナはクロエをジッと見つめます。

「腹話術? 上手だね。でも騙されないよ。前の学校で散々からかわれたんだ」

「腹話術じゃないよ」

 クロエはそう言いますが、セイナは取り合いません。

「前の学校でクラスメイトが、宇宙人の痕跡ある、って教えてくれた。それで調べに行ったら、そこには『ハズレ』って書いた紙があって、教えてくれた人以外にもたくさん集まっていて、みんなに『騙されてる』って笑ってきたんだ」

 セイナはうつむきます。

「あなたも、僕をからかいにきたんでしょ?」

「違う! カナホは……」

 クロエの言葉を、カナホは手で遮ります。

「今まで、いっぱい大変だったんだね。いっぱい悔しい思いをしたんだね。いっぱい、いっぱい、頑張ったんだね。でも……」

 カナホは一度、息を吸いなおします。

「でも、やっぱりウチらのことは、信じてほしいな。セイナくん。どうすれば、ウチらのこと、信じてくれるかな?」

 カナホに見つめられ、セイナは目をそらします。

「じゃあ……僕が宇宙の質問をするから、答えてみせてよ。もしも、そのカラスのぬいぐるみが本当に他の星から来たっていうなら、宇宙のことに詳しいはずだ」

 カナホはクロエと顔を見合わせます。

「カナホ。大丈夫だよ。私だって一応、星の国の学校で勉強してたんだから」

 カナホはうなずくと、セイナを見ました。

 そして、セイナはゆっくりと口を開きます。

「じゃあ訊くけど、一等星の明るさは二等星の何倍?」

「簡単だよ、二倍!」

 クロエは自信満々に即答します。

「違うよ。二・五倍」

 ですが、違ったようです。

「可視光で観測できる星間雲の名前は?」

「えっと、感光星雲」

 少し考えてクロエは答えました。

「違うよ。散光星雲」

 やっぱり違ったようです。

「宇宙の大規模構造で銀河がほとんど存在しない場所の名前は?」

「……ボイス?」

 クロエは自信なさげに答えました。

「……ボイド」

 セイナは大きなため息をつきました。

 そして、こう続けます。

「やっぱり、星の妖精なんて嘘じゃないか。なんにも知らない」

 クロエはうつむきます。

「私、勉強は苦手だったから……フィーナだったら、なにを尋ねてもすぐに答えられるのに……」

 そこで、カナホはハッとします。

「そうだよ。フィーナちゃんだよ。フィーナちゃんに来てもらおう」

 カナホは立ち上がります。

「セイナくん。ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってて」

 カナホはそう言うと、クロエを抱いて保健室を出ます。その勢いのまま、流れるような動きで窓から表に飛び出し、光に包まれました。


 Forteフォルテ、羽ばたく勇気で

 Vivaceヴィヴァーチェ、無限の大空へ

 スターライト・ハーモナイズ!


 カナホは大きく息を吸い、ハーモニカに口をつけます。

 音楽が、空間に鳴り響きました。


 まばゆい光と共に宇宙のような空間が弾けると、そこにいたのはクロエと融合して、翼の生えたカナホです。

 カナホは広げた翼を大きく羽ばたかせ、分厚い雲が立ち込め、雨が降りしきる空を飛んでいきました。

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