第14話カルーニャ王国の側妃

 わたくしの人生って何だったのかしら?

 こうして振り返って考えても何もなさなかったように思える。


「後宮に入った頃はこうなると思わなかったわね」 


 こんな未来がこようとは考えもしなかった。


 質素な馬車の中で一人溜息を深く吐く。




『本当に行くのですか?』


 王妃に見送られるなんて。


『公爵はご存知なのですか?』


 兄に知らせてはいない。

 勿論、隠居した父にも……母にも。誰にも……。


 わたくしはもう、側妃ではなくなるのだから……。


 窶れた王妃はそれでも美しかった。

 わたくしとは違った美しさ。凛として気高い。これぞ王族。


 王妃は知っているかしら?

 本当は、わたくしが王妃になるはずだったということを。

 内定していた陛下との婚約。

 それに横やりを入れたのは王妃の国だった。



『側妃として後宮に入ってくれ』


 そう言われた時は耳を疑った。

 何故?どうして?と……。


 誇りを傷つけられ、わたくしは怒りに燃えた。

 陛下の婚約者として、王妃として、国を背負う者としての自覚があったから余計に。


『隣国の王女よりも先に男児を産めばいい話しだ』


『国母になれば同じだろう。何を迷うことがある』


 父も兄も、わたくしが側妃になることを良いことのようにおっしゃった。

 わたくしは……わたくしが王家に入ることを熱望したことを知っていたから。

 それがたとえ側妃でも構わない、と。



 けれど、この数十年で得たものは何だったの?

 何も残っていない。


 奪われ続けた人生だった。


 娘達もそう。

 王子を産むことを実家から望まれていた。

 王女に構う暇があれば陛下の寵を受けるように、と。

 王家の権力が欲しいだけの家族。


 第一王女を筆頭に数人の子を儲けたけれど、誰一人として手元で育てられなかった。

 

 

『それをするのは妃の仕事ではない』


『一刻も早く皇子を産め』


『皇子を儲けるために後宮入りしたのだぞ』


 

 呪詛のように言われ続けた。

 子を産んでも母親になれなかった女……それが、わたくしだ。


 陛下はわたくしのことを気遣ってくださった。

 それはきっと、わたくしに同情してくださったのだと思う。



『貴方は陛下を愛していたのでは……?』


 最後にそう言った王妃は困惑の表情を隠さなかった。

 わたくしが最後まで陛下と供にいると考えてたようだ。

 寵愛の深かった側妃が戒律の厳しい修道院に自ら入るとは思い至らなかったらしい。


 第一の側妃――


 だからなに?

 王に最も愛された寵妃?

 バカバカしい。

 所詮は王妃になれなかった女よ。


 美しく傲慢な陛下は、その実、とても小心者。

 多くの女達をベッドに誘い込むのも一人になることを恐れてのもの。

 誰よりも孤独を恐れる男。

 傲慢さはそれを隠そうとする一種の盾のようなもの。

 王妃はきっとそれを知らない。

 陛下も王妃や他の妃にそれを教えることはなかった。


「寵愛を得るためよ」


 陛下を愛しているのかすら分からない。

 ただ、寵愛を得なければ何も手に入らなかった。


 それだけのこと。


 どの道、わたくしに先はない。

 この国を、王宮を知り尽くしている妃の末路など歴史を紐解けばすぐに分かる。


「無惨な最期を遂げる前に逃げますわ」


 なにから?

 小心者の陛下は、わたくしを殺せない。

 他の貴族が抹殺に来る前に……。


「王妃様、この国はとっくの昔に終わっているんですよ」




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