第8話国王の初恋2
「陛下、後宮に各家のご令嬢方がお入りになられました」
「そうか。ご苦労」
今になって後宮は必要ないと、はねのけるわけにはいかない。
貴族達から不信感を抱かせてしまう。
惚れて女ができたから、と説明したところで納得しないだろう。
逆に相手を抹殺しかねない。
将来的に後宮を閉鎖するにしても、だ。
憂鬱な面持ちで後宮に足を踏み入れた。
この時ばかりは心を無にする。
「ビルク侯爵が息女、ジャスミン・ビルクと申します。ラミロ国王陛下の妃に選ばれて光栄でございます」
赤みの強いオレンジの髪に、同色の瞳を持つ少女は大変美しい容貌をしている。
婀娜っぽさは感じないが、健康的な色気がある。
これはあれだな。
絶世の美女と謳われる伯爵令嬢を意識した侯爵の思惑なのかもしれない。
同じような系統では絶対に後宮の中でやっていくことは出来ない。
寵愛を得ることは難しいと判断したのだろう。
溜息をグッと抑え、私は仕事に取り掛かった。
かん高い喘ぎ声が耳障りだ。
顔をしかめて作業を開始する。
「あぁ!陛下!!」
うるさい。
頭に響く。
これで何人目の妃を相手にした?
どれもこれも代わり映えのしない女ばかり。
「陛下!もっと、もっとくださいまし!」
子種を植え付けられることを望む女の多いことだ。
女の中に精を放つと女は悦ぶ。
私に抱かれることを望み、子種を欲しがる女達。
「陛下……どうか、わたくしにお情けを……」
後宮に来る女は栄耀栄華を望む。
王妃は無理でも国母に。
国母ともなれば王妃と同等の権利がまかり通る。
幼い王妃が子を孕むのはずっと先だ。
更に王妃が必ず子を儲けるとは限らない。
それらが女達の欲望に火を付けているのだ。
実家から何かを言い含められている可能性も高い。
後宮は女の戦場。
その戦場では、女達が互いに牽制し合い、蹴落とし合う。
「あぁぁあ!陛下!わたくしをもっと可愛がってくださいませ!」
早く終わらせて帰りたい。
苦痛の時間を耐えきった後は、離宮に赴くことが日課となった。
腕の中の少女だけが私に安らぎをくれる。
愛しい。
初めての感情に戸惑いを感じるも、手放すことは出来ない。
甘ったるい匂いをまとい、媚びた声で私に微笑みかける側妃達には何も感じなかったのに、この子だけは特別な存在になった。
なんと愛しいものか。
「陛下……?」
抱きしめる力が強かったのかもしれない。
ニラが腕の中から小さな顔を出し、首をわずかに傾け私を見た。
少し居心地悪そうに身じろぎしたので、柔らかな力に加減をする。
幾分眠たそうにしている瞼に唇を落とす。
すると、緩やかな力で彼女は私を押し戻した。
「どうかしたか?」
「いえ……あの……わ、私の元にばかりいらっしゃってよいのですか?その……後宮に側妃の方々がお入りになったとお聞きしたのですが……」
遠慮がちに尋ねてくる。
嗚呼、どうしてこうもいじらしいのか。
『可愛いな』と素直に思う。
「後宮には通っている」
「それならば……よろしいのですが……」
「なにか心配事か?」
「いえ……深夜に陛下が離宮に来られていらっしゃるので……」
ニラの表情からは気遣いが見え隠れする。
後宮から離宮の距離は遠い。夜半に後宮を出、この離宮まで来れば、それだけで就寝時間を削ることになる。それを心配しているのだろう。
優しい娘だ。
「私の身を案じてのことなら心配無用だ」
「ですが……」
「私がそなたの元にいたいのだ。だから、こうして足を運んでいるだけだ。そなたが気に病む必要はどこにもない」
「はい……」
頬をほんのりと赤くしたニラが、はにかみながら頷いた。
彼女の住まう離宮は、私の住まう本宮から近い。
丁度いい立地というのもあるが、この離宮は数代前の国王が身分の低い愛妾のために用意したものだ。
後宮の争いから避けるためだろう。
愛する者を守るための隠れ家。
隠れみのにするにはもってこいだ。
二ヶ月後には、この離宮は更に賑やかになるだろう。
子供が生まれるのだから。
息子でも娘でもどちらでもいい。
ニラの子供ならどっちであっても愛おしい。
だが、その前に片づけておかねばならないことがある。
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