第13話カルーニャ王国の王妃

「王妃様、お国からの使者が参っております」


「そう……」


「どうなさいますか?」


「追い返しなさい」



 今更……。

 国に帰ってどうしようというのか。


 カルーニャ国王との結婚は、幼少の頃より決められた縁組だった。

 隣国同士の結び付きを強固にするためだ。

 決められた婚姻を嫌だと思ったことはない。

 姉妹は全員政略結婚。

 国のために嫁いでいった。

 わたくしとて例外ではない。


 夫になる相手に対面したのは婚礼のためにカルーニャ王国に入国してからだ。


 結婚するや、すぐに後宮は側妃で溢れかえってしまった時は、正直、辟易とした。


『側妃は多すぎます。もう少し減らせないのかしら?』


『そうもいきません。王の御子は多ければ多いほどよいのです』


『……』


 この国の主張は理解している。

 わたくしの父にも側妃はいたのだから。

 それでも多すぎると思うのは不敬だろうか?

 いずれにしても夫に「貴方はもう少し王妃としての自覚を持ってほしい」と言われるのは心外だった。


 側妃達のギラギラした野心に満ち溢れた眼差し。

 王妃を貶めようとする行動の数々。

 うんざりしてしまう。

 この不届きな妃こそ、どうにかして頂きたいと思う。

 切実に! 問題ばかり起こす側妃達を諌めようとするも、夫は「気にする必要はない」と言う。

 心穏やかでいられず、何を言っても柳に風。


 次々と子を産む側妃達に荷立ちと嫉妬……そして焦り。


 王女として生を受け、王妃となった。

 あからさまな嫉妬など見苦しい。

 そう分かっていても心は乱れて、わたくしは次第に疲弊していった。

 そんな時だ。


 わたくし付きの侍女が懐妊したと知ったのは。


『なんですって!?陛下の御子を身籠ったというの!? どうして!?』


『申し訳ございません。この失態は私の責任でございます』


 女官長が他にも何やら言っていたけれど、わたくしは侍女の懐妊がショックでよく覚えていない。

 嫁いで数年。

 わたくしは、子供を産む以前に身籠ることすらできないというのに。

 侍女にまで遅れをとるとは……。


 側妃達の時には感じなかった猛烈な怒りと屈辱を味わった。

 この上ない屈辱だった。



『一度きりの関係だ!それで身籠るなど怪しいではないか!!』


『陛下、それでも侍女は身籠っております』


『だからそれが怪しいと!』


『侍女は陛下が初めての相手。この事は女官長が確認しております。その後も侍女が恋人を持ったという報告は受けておりません。この子は陛下の御子です』


『しかしだな……』


 飽く迄も一度きりの関係。

 夫は本当に胎の子が自分の子なのかを疑っていた。


 侍女が“虹色の瞳”をした王女を産み落としたことで疑いは晴れたが、今思えば、瞳の色が違う色だったのならば陛下は我が子だとは認めなかったのではないか? そう考えてしまう。


 特別な瞳の色を持つ王女を産んだことによって侍女は後宮に留め置かれ、無理矢理に側妃の位を賜ることになった。


 元々気まぐれに手を付けただけ。

 陛下は何の感慨もなかったようで、生まれた王女のことにも興味を示さなかった。



「それがいけなかったのでしょうね……」



 陛下に捨て置かれた形となった母子を庇護する者はいなかった。

 特別な王女は、悪い意味で特別になってしまったのだ。


 怒りと憎しみで目が曇っていた。

 侍女を信頼していたから余計に。

 悲しかったのだ。

 侍女がわたくしを裏切るなんてする筈がない。

 真面目で心優しい侍女。

 わたくしは知っていたのに……。


 国王と王妃、どちらにも「厄介者」と周囲に思われた王女がどんな目に合うかなんて分かり切っていた。


 なのに……。



「わたくしも咎人。祖国に戻ることはできないわ」


 戻れば次はわたくしの祖国が批難される。

 そうと分っていて、戻れる筈がない。



「ごめんなさい……」


 誰に謝罪しているのかも分からない。

 それでも、言わずにはいられなかった。




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