第5話侍女の出自

「陛下」


 執務中のラミロ国王は、側近の声に書類から顔を上げた。


「どうした?」


「陛下のご執心の侍女のことですが、どうやら陛下の推察通り、ただの侍女ではないようです」


「……詳しく申せ」


「はい。陛下の指示通り、王妃付きの侍女を監視していたところ、どうもただの侍女ではなくカルーニャ王国の王女のようです」


 ラミロ国王の片眉が上がる。


「ほう。やはりな」


「ご存知だったのですか?」


「もしやと思っただけだがな」


「確証がおありだったのですね」


「ああ」


「参考までにお伺いしても?」


「ニラがカルーニャの王女であると、最初に気付いたのは彼女のだ」


「目、ですか?」


「そうだ。今は違うが、カルーニャの王族はかつて皆、虹色の瞳をしていたのだ。それ故、どの国もカルーニャの王族との婚姻を望んだ。虹色の瞳はカルーニャ王族の証とされてもいた。もっとも、その虹色の瞳を持つ者はいなくなってしまったようだがな」


「そうなのですか?」


「そうだ。ニラの目を最初に見た時に、もしやと思ったが、ニラの侍女としての態度や仕草が、どうも王女のそれではない。教養もあり、マナーは完璧な一方で自己肯定感が低い。低すぎて気になってしまったくらいだ。とはいえ、カルーニャ王国の王女が何故侍女に扮しているかをつきとめる必要がでてきた」


間者スパイ、ということでしょうか」


「今までの様子をみる限り、それは無いだろう。ニラが間者ならば、もっと上手く立ち回っていたはずだ。どう考えても素人を使うほどバカではないだろう。だが、あの侍女達の様子はなんだ?自国の王女と知っての暴言は普通ではない。それを咎める者がいないことも気になる。これらのことを踏まえて調べろ」


「承知いたしました。では、早速」


「ああ。頼んだぞ、サンテ」


 ラミロ国王は人を食ったような笑いを口元に浮かべながら、側近の名を呼んだ。

 サンテと呼ばれた青年は、瞬時に表情を引き締め、一礼して執務室を後にした。








 王妃付きの侍女ニラ。

 本来の立場は王女ペトロニラ。


 王女であるにも関わらず、彼女の扱いは、酷いものだった。


 元々、艶福家で知られるカルーニャ国王が気まぐれに侍女に手を出して出来た子供。

 しかも、王妃付きの侍女だった。

 それもあってか、王妃から、王女は疎んじられていたのだ。

 夫の浮気はいつものことだと、内心呆れていた王妃だったが、自分付きの侍女に手を出した挙句に懐妊させたとあっては、面目丸つぶれだ。


 王妃の怒りは凄まじいもので、その矛先を自身の夫ではなく相手の侍女に向けられてしまった。


 ペトロニラ王女の待遇の悪さの発端は、ここにあったのかもしれない。



「侍女をわざわざ側妃に迎えた背景も王妃が起因しているのかもな」


 なんとも嫌な話しだ。

 王妃が胎の子ごと殺してしまうかもしれないと、カルーニャ国王は思ったのだろう。

 血の繋がった自分の子が害されてはならないと考え、側妃にして、その後の母子の安全を図ろうとしたのだと思う。


「それ以外は……何もしていないが」


 母子の命さえ助かっていればいいと思ったのか、それとも面倒だと放棄したのか。

 側妃となった侍女の実家はしがない男爵家。

 生まれた娘に政略的価値がないと判断し、無関心だったのだろう。

 側妃亡き後も最低限の生活必需品だけ与え放置していたに違いない。


 ふざけている。

 自分の子にする態度ではない。


 家族だけでなく、王宮の使用人、貴族達に軽んじられる王女。

 誰もそれを咎めない。

 誰一人として、だ。


 これで王女としての矜持を持てという方が無理だろう。

 そんな環境にいれば、自己肯定感が低かろうが、卑屈になろうが、仕方がない。









「陛下、如何なさいますか?」


「そうだな」


 サンテから調査報告を聞き終えたラミロ国王は一考した。


「正式に私の側妃に据える」


「は……?よろしいのですか?」


 珍しくサンテは慌てた。

 普段は落ち着いているのに珍しい。

 冷静沈着な男の常にない反応に、ラミロ国王の口元が自然と上がる。


「なんだ、サンテ?お前はニラを私の妃にすることに反対しているのか?」


「い……いいえ!とんでもございません!」


「なら、問題なかろう」


「しかし……相手は庶子とはいえ王女。ですが……我が国では“カルーニャ王国の男爵令嬢”でしかありません」


 サンテが問題にしているのは、王女のファブラ王国での身分だろう。

 身分詐称としか言いようがない。

 王女の身分から男爵令嬢に。

 この男爵家は王女の母方の実家だ。


「カルーニャ王国では王女として遇されていないのだ。男爵令嬢でも問題はないだろう」


 あっけらかんと言い放つ王に、サンテは何故か頭痛がしてきた。


「では、ペトロニラ王女殿下をずっと男爵家出身とされると?」


「そうしたいのは山々だが、無理だ。タイミングを見計らって王女の身分を明かす。だが、それは今ではない。側妃の件は内密に。それと引き続きカルーニャ王国の内情を調べよ」


「御意」


 その後、細かい指示を下されたサンテは執務室を出た。

 命じられたものの幾つかは、怪訝なことがあったが顔に出すことなく聞き終えると、王の命を実行するべく行動に移した。


 

    




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