第6話懐妊

 体調の変化を感じたのは、召し上げられてから半年ほどたった頃だ。


 結局、私は王妃様のいる後宮に戻ることなく離宮で過ごしている。

 フェリシーが身の回りの世話をしてくれるおかげで楽を覚えてしまった。

 一度、この事で彼女に抗議したけれど「御方様、これは私の正当な仕事でござます。それと、私のことはどうぞ“フェリシー”とお呼びください。“さん”付けは不要でございます」と断られてしまい、何も言い返せなかった。

 明らかに私より年上の彼女を呼び捨てにするのは居心地が悪いのだけれど、フェリシーの意思も固く貫き通すため諦めてしまった。


 それに……。


「御方様」


 優しげな瞳に私を映す彼女が心地良い。

 本当は嬉しいのだ。

 くるくると忙しなく働いているフェリシーに申し訳なさと感謝の気持ちでいつもいっぱいになる。


「私も手伝います」と言えば、「御方様にそのようなことはさせられません」と頑なに拒否する。


 彼女のおかげで何不自由なく過ごすことが出来ている。


 本人は「まだまだ足りません。御方様のお世話をする者を増やしたいのですが……」と何故か悔しがっているけれど、私は彼女だけで十分。


「フェリシー、いつもありがとう。とても感謝しているわ」


「御方様……」


「でも、あまり無理をしないで。私の世話を焼いてくれて嬉しいけれど、貴女が倒れてしまったら悲しくなるわ」


「ご案じください勿体のうございます。ですが私なら大丈夫です。これでも鍛えておりますので」


 そういえばフェリシーは武術の心得があると言っていた。


「むしろ動いていないと調子が狂うのです」


「……そう?」


「はい」


 日々忙しく動き回っているのに、顔色はどんどん良くなって行く彼女。

 とても不思議だ。


「そういえば、御方様はお食事は召し上らないのですか?」


 フェリシーが私の食生活の心配をしてくる。

 このところ食欲がなくて、今日など朝食も食べずに横になってしまった。


「特に体調が悪いというわけではないから……」


 なんとも歯切れの悪い返答をすると、フェリシーは首を横に振った。


「いいえ。御方様にすぐに侍医をお呼び致します」


「え?大げさだわ。少し調子が悪いだけよ。ここ最近は暑いし……」


「いいえ。侍医に診察していただきます」


「でも……」


「御方様。これは決定事項です」


 有無も言わせぬフェリシーの迫力に私は頷くしかなかった。

 夏バテで侍医が呼ばれる事態になり、かえって申しわけない気持ちにさえなってしまった。

 今度からきちんと体調管理をしようと思うのだけれど、あんなに慌てるフェリシーなんてそうそう見られるものではないので得した気分になったのは内緒だ。






 

「おめでとうございます。ご懐妊でござます」


「え?」


 診察が終わり、侍医から祝福の言葉をかけられて目を瞬かせてしまった。


「……にんしん?……私が?」


 思わず呟く私に侍医はにっこりと笑って頷いた。妊娠?私が?


「御方様、おめでとうございます。ご懐妊でございますよ」


 フェリシーが私の手を握り、喜びを露わにする。

 私は天地がひっくり返る程に衝撃的で唖然としてしまった。


「御方様は、ここ最近、体調が思わしくなかったご様子ですが、それによるご懐妊であると思われます」


「……」


 何を言っていいのか言葉が出ない。

 喜ばしいはずなのに、何もかもが想像を飛び越えていったせいで気持ちがついていけない。


「安定期に入られるまでは、安静に。お体を大事になさってください」


 侍医はそう言うと退室していった。


 ラミロ国王は夜毎離宮を訪れる。

 懐妊してもおかしくない。

 むしろ、今まで懐妊することを想定していなかった私の方がおかしかったのだ。



 私が王の子を身籠った。

 母と同じように。

 どうしたら……。






 





 その日の夜もラミロ国王はやってきた。

 いつもどおり、逞しい腕の中に自ら囚われながら……心は冷え込んでいくばかりだ。


「陛下……申しわけ……ございません」


「何を謝る?」


「わ、私は陛下の御子を身籠ってしまいました」


「そなたを身籠らせたのは私だ。何故謝罪するのだ?」


 王の落ち着いた反応は予想外のものだった。

 だからもう一度告げる。


「身分卑しき私が陛下の御子を宿したのです。申し訳なくて……」


「おかしなことを言う。誰が子を産もうと私の子に違いない。よくやった、ニラ」


 抑揚のない声音で賛辞の言葉を述べられる。

 けど……。


「陛下。私はどのような扱いをされても構いません。ただ、生まれてくる御子だけは……」


「ニラ、そなたは何か勘違いをしているな」


「え?」


「私がそなたと胎の子に何かすると思っているのか?」


「……いえ。決してそのようなことは……」


「心配せずともよい。この国でそなた達親子に害をなす者は誰一人としていない。誰が許さないと言うのだ?」


 ラミロ国王の強大な権力を侮るなかれ、と暗に言っている。


「しかし、陛下……」


「私の子だ。そなたはただ産むことだけを考えればよい」


 国王の胸に引き寄せられた。

 子供のように泣きじゃくる私の背を、大きな温かい手で撫でてくれる。


「ニラ。私の子を産んでくれ」


「……はい」


 許されたわけではないのに、私は何故か安堵した。

 きっと許されない。


 カルーニャ王国は、私の懐妊を喜ばない。




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