第10話国際問題2
「陛下、お耳に入れなければならないことが……」
ファブラ王国からカルーニャ王国へ抗議を行った翌日。
後宮は騒然となった。
「何があった?」
「それが……」
歯切れの悪い侍従に先を促すと「エルビラ様の侍女長が自害いたしました」と報告が上がる。
「自害……?」
「陛下がエルビラ様を処分なさるという根も葉もない噂が後宮に広がっておりまして。侍女長は抗議の自害をなさったようです。遺書には『エルビラ様ま間違いなくカルーニャ王国の王女殿下である』との記載もございました」
「王妃と共に我が国に来た侍女達はどうしている?」
「大人しいものです。侍女長が亡くなったのが余程ショックだったのでしょう。エルビラ様と共に静かに過ごされています」
「カルーニャ王国の反応は?」
「外交官を通して知らせました。これ以上ないくらい慌てふためいておりました。恐らく、エルビラ様まで侍女長のように害されるのではないかと危惧されていたのではないでしょうか」
「やれやれ。自分達がペトロニラ王女に不敬な行いをしているにも拘らず、被害をこうむるのではないかと恐れるとは。厚顔無恥とは正にこのことだ」
自分達がソウだから、この国も王女を蔑ろにするとでも?
一緒にしないでもらいたい。
「陛下」
「なんだ」
侍従は言い難そうに口を開いた。
「その侍女長ですが、ペトロニラ様に辛く当たることもしばしばあったようです」
「ほう」
それは知らなかった。
最初の夜以降は後宮に戻ることがなかったので知りようもないのだが。
「元々厳しい方だったようですが、ペトロニラ様への当たりが特に強かったと、侍女達が証言しております。それと侍女長は、カルーニャ王妃の側近だったらしのです」
「王妃の側近?」
それは初耳だ。
「侍女長と王妃は旧友の間柄だったようです。その縁で王妃の側近となったとか。エルビラ様がファブラ王国に嫁ぐ際に、侍女長として同行された模様です。よほど信頼されていたのでしょう。そのこともあってペトロニラ様の当たりが強かったのではないかと」
なるほどな。
だが、ペトロニラを軽く扱っていたのは侍女長だけではない。
残された侍女達は保身のために、侍女長を悪者と証言しているだけだ。
自国に戻れるかどうか分からない。
最悪の事態を想定してそう行動しているのだろう。
カルーニャ王国の非常識さが浮き彫りになった。
ペトロニラ王女の公費を使い込んでいた事実が発覚した。
何故、露見したのかというと、ファブラ王国が訴訟を起こしたからだ。
国同士の問題。
当然、第三国を挟むことになる。
他国の目から見ても異常な行動の数々は、カルーニャ王国を罰するに足ると大勢の人々が判断したのだ。
本来、王女に使用される公費の横領を行ったのは王女付きの使用人達だったが、良く調べていくうちに横流しが発覚。
他の王族達が勝手にペトロニラ王女の公費を使い込んでいた。
なので、ペトロニラ王女が使用できる金額は極わずか。
とても一国の王女に与えられるような金額ではない、と判断された。
ドレスや宝飾品もまた、正当な価格ではないのだから質が悪い。
悪質すぎた。
群がっていた連中は頭が足りないのか。
「自分達は悪くない」とのたまう。
それが通用するのはカルーニャ王国だけで、他国には通用しない。
「ペトロニラ王女殿下は長年、虐待を受けていたようですね。王宮の使用人の多くがそれに加わっていたとか。ああ、それだけではありませんでしたね。貴族の大多数がペトロニラ王女殿下を自分達よりも遥かに格下の存在だと認識しておられた。民衆も王女殿下は『できそこない』『劣り腹の王女』『平凡で取り得ないし』と嗤っていたとか」
「……」
「我々も事実確認のためにペトロニラ王女殿下に会いましたが、実に聡明な方でした。あのようなお方が『できそこない』など、ありえません。聞けば、勉学は専ら王宮の図書室の本を読んで学んでいたとか。母君の側妃様が亡くなってからは教育係は来なくなったので自ら学ぶしかなかったとか。王女殿下の努力は涙ぐましいものがあります。いやはや、並み大抵のことではありませんぞ。なにしろ、しっかりと教育係の付いていた兄弟姉妹よりも優秀であらせられたのだから。全く教養が足りないのは一体どちらなのかと」
にこやかに言う第三国の使者にカルーニャ王国側の人間は顔を引きつらせる。
知らなかったのだ。
王女の教育費用すら使い込んでいたとは。
これまで問題にされなかったのはペトロニラ王女を“何をしても許される存在”と、認識していたから。
だが、その認識は間違いだ、と第三国が突き付けた。
「カルーニャ王国は自国の王女殿下を蔑む趣味でもあるんでしょうか?それとも『伝説の虹色の瞳をした王族』に罵詈雑言を浴びせ、虐待をする風習でも?」
「そ、そんなことは……」
カルーニャ王国の外交官達は口籠る。
「では、何故?明確な理由があるのでしょう?」
「……」
答えることはできなかった。
明確な理由などない。
ただ皆がそうしているから、という曖昧なもの。
指摘されても返す言葉が見つからない。
「我が国としては、ファブラ王国を支持させていただきます。国際法に照らし合わせて、カルーニャ王国側に非があることは明らかですので」
「……」
「それと、我が国は貴国との国交を考え直します。勿論のこと、貿易も停止させていただきますので悪しからず。ああ、ご心配なく。貴国と取引している商人達からは既に了承を得ておりますので。では、我々はこれにて失礼いたします」
第三国の使者はそれだけを言うとさっさと帰って行った。
今回の一件がきっかけとなり、芋づる式でカルーニャ王国の非道な行いが炙り出されていくことになる。
カルーニャ王国は大混乱だ。
自分達の常識が他国では非常識だとは露にも思わずに、「自分達は間違っていない」と思い込んでいたのだから、その衝撃は計り知れない。
数ヵ月後にはカルーニャ王国は、ファブラ王国を始めとする数多の国から国交を断絶されてしまうことになる。
全ては自らの招いた結果だ。
余談ではあるが、ファブラ王国とカルーニャ王国の二国間での同盟は撤回となり、若き国王夫妻の婚姻も無効となる。
繰り返しになるが、国王夫妻の結婚は「始めからなかったこと」とされた。だからといって詐欺を働いたカルーニャ王国が許されることはない。ファブラ王国に多額の賠償金を支払う羽目になった。
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