第2話夜伽の女1
私は、異母妹のエルビラ様に付き従って、ファブラ王国にやって来た。
父であるカルーニャ国王の命を受けて。
エルビラ様の侍女として。
「ニラ!いないのですか、ニラ!」
「は、はい!」
荷物を運び入れ、後宮の自室を掃除し終わった頃、侍女長に呼び出された。
人払いされた部屋には私と侍女長。そして、エルビラ様。
「ニラ、貴方はこれからラミロ国王陛下の元に行きなさい」
「……陛下の元にですか?」
「そうです。これは貴方にとっても大変名誉なことです。エルビラ王女殿下に代わって、閨の相手をしてもらいます。これは我が祖国、カルーニャの国王陛下からの直々の命令です」
侍女長に唖然とする。
「褥を共にするなんて、そんな……」
「何を驚いているのですか。貴女を連れて来たのはそのためです。王女殿下は十歳。閨を共にするにはまだ早過ぎます。しかし、ニラ、貴女はエルビラ様より六つも年上の十六歳。貴方なら国王の相手として不足はないでしょう」
侍女長の言葉に私は絶句する。
「で、ですが……私は……」
「ニラ、貴方はこの名誉ある役目を放棄すると?カルーニャの国王陛下の命を?卑しい女の娘である貴方に相応しい役目でしょう。このことはカルーニャの王妃陛下もお喜びになるでしょう」
侍女長は一息置いて私を見た。
「これは、王女殿下のためでもあり、ひいてはカルーニャ国のためでもあります。数日もせずに後宮に側妃が入られます。側妃風情が王女殿下より先にお子をなすなど以ての外。ですが、王女殿下の年齢を考えればこれも致し方ないのでしょう。けれど、それで我らの王女殿下が侮られることは許されません。そこで、カルーニャ国側が夜伽の相手を献上することを決めたのです。閨の日数も一週間のうち四日。この条件をもぎ取ってきた外交官には感謝しかありません。ニラ、貴方もカルーニャ国王陛下の血を曲がりなりにも引いているのです。王女殿下の名誉のためにもこのお役目を果たさなければなりません」
私を見下ろしながら、冷酷な顔で命じる侍女長にただただ震えるしかない。
分かったのは、これは既に決まったこと。
決定事項を覆す力は私にはない。
私はただ頷くしか出来なかった。
エルビラ王妃付きの侍女「ニラ」。
これが私の今の名前。
本当の名前は「ペトロニラ」。
カルーニャ国王の娘ではあるものの、私の母は元侍女。
男爵家出身の母は、カルーニャ国王の気まぐれから手を出され身籠り、側妃になった。
その母も私が幼い頃に他界している。
父が認めた以上、私に拒否権はない。
その日の夕方、私は隅々まで磨き上げられた。
浴室で全身念入りに洗われ、爪の先まで丁寧に磨かれた。
髪を梳られ、少し熱めのお湯が足元から頭に浴びせられる。
木ベラを使って毛穴の隅々まで解され、洗い流される。
この時ばかりは恥ずかしさよりも、一刻も早く解放されたいとだけ、必死で耐えた。
湯船に浸かり温まった後、用意されていた薄いキャミソールを身につけ、同じく薄手のガウンを身に纏う。
最後に香水を振り掛けられた。
なんでも、この香水の香りは男性をその気にさせる効果を持つそうだ。
本当だろうか。
ただ私に拒否権はない。
黙って受け入れるしかなかった。
扉を開けると、ファブラ王国側の侍女が数人待機していた。
ラミロ国王の寝所まで案内してくれるらしい。
「ニラと申します」
寝所の扉の前にいた侍女に名乗る。
「話は承っております。こちらへどうぞ」
先導する侍女の後をついて行く。
長い廊下を抜け、階段を上り、とうとうある一室の前で立ち止まり、室内に通される。
薄明りの室内には、天蓋付きの大きな寝台が中央にあった。
置かれている豪奢なベッドに驚かされる。
天蓋のカーテン越しに、人影が見える。恐らく中にいるのはラミロ国王だ。
ごくりと唾を飲み込む。これから抱かれるのだ、この国の王に。
「ご挨拶を」
斜め横に立っていた侍女に声をかけられ、震える指先を堪えつつ淑女の礼をした。
「ニラと申します。本日はよき一夜でありますように。幾久しくお仕えいたします」
震える声でなんとか挨拶する。
すると寝台が軋み、僅かにこちらに近づくのが分かった。
「……顔をあげよ」
目の前のカーテン越しの人影が指示してきた。
その言葉にゆっくりと頭を上げる。
「こちらへ来い」
ラミロ国王の低く響く声に、私は一歩ずつ前に進む。
天蓋付きのベッドまで後数歩。
その距離が酷く長く感じた。
カーテンの前に辿り着くと、思わず身を竦ませてしまった。
立ちすくむ私に、カーテンの向こうから声が掛けられる。
「どうした?早く中へ入れ」
その声に促されるように、私はおずおずと手を伸ばした。
震える指先で、カーテンをそっと開けたところで、ラミロ国王が私の腕を掴んだ。そのまま強い力で引っ張られると同時にカーテンを一気に引き開けられた。
あまりの素早さに何も出来ずにいた私の目の前には、ラミロ国王の逞しい裸体があった。
ラミロ国王は、私の顎に手をかけ上を向かせる。
初めて見たラミロ国王は美しかった。
浅黒い肌に、白金の髪と金の目。
ファブラ王族の特徴だ。
端正で精悍な顔立ちに、思わず見惚れてしまった。
「あ、あの……」
なんと声をかければよいか分からず、狼狽える私にラミロ国王はしばし目を大きく開いていた。そして口元が緩く弧を描いた。
「なるほどな。これはまた……」
ラミロ国王は私を寝台に引きずり込むと、そのまま組み敷いた。
「ニラ、そなたは己の務めを果たすがよい」
「え?あ、はい……」
私の返事を聞いたラミロ国王は、私の唇を塞いだ。
その後は、ただただ身を竦ませるしかなかった。
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