第5話 アオハラ


 草原に来る前に、街中を探索していたとき、ついでにあのおじさんの案内人におすすめの場所を聞いていた。そしたら、


「オー、二日目でもう慣れたのかい?そりゃあ将来有望だ。そうだなぁ初心者を抜けたお嬢ちゃんにオススメの場所か、今日はお連れもいないのを見るとソロなんだろ?なら、」


 おじさんは腰を曲げる。

大人二人が入ったらそれだけで、ぎゅうぎゅうになりそうな小屋の中で、その大きな体を曲げて、なれた手つきで取り出した書類を見ていた。


「コレだな!ブルーボアの原っぱ。ここにいる奴はなぁ、気性が荒くてな。

一撃一撃は重いが攻撃の速度が遅い。気性が荒過ぎて仲間にも牙を振るうなんて生態もある。それに……重剣使いの嬢ちゃんには、ぴったしの相手だと思うぜ。でも一つだけ、」


『ボアの平原』ヒサはその場所にいた。

走っていたら偶然か無意識下の算段か、到着していた。



そして目の前には、ブルーボアがいた。

群れを造らないからこそ、広く点在している

「スライムもなんか、同じ理由でこうなってた気がするんだけど、ヒロシもなんて言ってたんだっけ。」


ゲームにハマり出した瞬間、熱中していて気づかなかった。ヒロシの話には気づかなかったが、今はその集中する対象が目の前にいる。


「ブルーボアだったよね。」


その言葉には反応しなかった。

スライムだって騎士道精神みたいなものを持っていたのに、このモンスターにはない様だった。足を地面に擦り付けて、砂埃をあげている、今にも突進してきそうな動き。

見た目を完全に青い猪。


ここでもう一度、おじさんの言っていたことを思い出した。


気性が荒いが、動きは単調。

電脳世界での速い体の動きを目で追えるぐらいに、目が慣れた今なら、見切れる。

そして一撃の重い重剣ならそこを一発だ。


ヒサは咄嗟に特殊な陣をとった。

突進してきた走り出した瞬間を見切って、


体を僅かにを引いた。

突進の線上にはいるが、ブルーボアに身体の左側面を向けて、体を大きく捻った体制。

肩まで上げた大剣が、今か今かと鋭い光を増した。


(剣を握ったことなんてない、学んだ事も無い、ましてやこんな大きな剣、現実では持つこともできないでしょ。)

「でも私だって、体育の授業で野球ぐらいなら、したことあるんだからね!」


ブルーボアの牙とヒサの大剣がぶち当たり、

心地良い金属音がなった。

ブルーボアの体は上下で、大きく斬られ、血の代わりに出てきた、光のポリゴンになって消えていく。


『討伐クエストクリア』

『なおこのクエストは特殊クエストなので、自動で進行します。』


ヒサの目の前に身に覚えのないクエストが、表示された。


「え!何何?…そんなのやった記憶ないけど、今だったら私が相手してあげる。」


ヒサはそう言うと、クエストを受注されて、周囲に大量のブルーボアが出現した。


息巻いて振り回した大剣に、全方位から同時に突っ込んできた、ブルーボアを総倒する。


そうして、徐々に自分の体力を消費させながら、クエストは進行していった。

「ハー…ハー……………マズッ息してなかった。」

汗を垂らして、意識が朦朧としていたとき、

忘れていた呼吸をし直して、文字通り息を吹き返した。


プルッ

呼吸のたびに体を振るわせて、顔色は少し赤みを帯びていて上気していた。

そんな状態でも、クエスト次の段階に進行してしまった。



『レッドボア』との遭遇。


ヒサのゲーム知識の浅さが出て、ちょっと色が変わっただけの、普通の敵が来たんだと思った。

変わらず突進の体制に合わせた攻撃をしようとしたが…それは間違いだった。今までこの戦術が通用していたのは、突進のモーションに入ると、どんなに動いても進行方向を変えられないシステムのブルーボアだからだった。


レッドボアは剣を受け流すように近づいてきて、本体に突進してきた。

「グッッツハ!」


ヒサが大きく跳ねた、高さにして4、5メートル。空中を舞って地面に落ちる。


電脳世界で初めて身に受けた大ダメージ、

一番に感じたのは急激な圧迫感だった。痛みはほぼないが、体は全力で警告灯をつけて限界を知らせる。

『HP86から→21』


人目を気にしないで大声を出せる。ちょっとしたハイ状態、その去り際に言われた、ゲーム中の忠告なんて当然聞き忘れていた。

(もしかして、おじさんはこのクエストのことを言っていたのかも知れない。)と考えたときには遅かった。


ドドド…と近づいてくる足音が聞こえる。

地面が不規則に揺れて死が近づいてくるのが分かるだが、今は恐怖より諦めてしまうことの方が怖かった。


「まだ早かった、のかな。」


一人じゃダメだったのかな。


と重なった。


思い描いていた…人とは違う、髪色が見えて。金髪の剣士の助けが入る。


割って入ってきてくれた剣士の戦いは凄まじく。ヒサが一撃で吹き飛ばされた、攻撃を何度も何度も受け流している。


片手盾と太い片手剣、牙がぶつかり合って、金属音が鳴り響いて、攻撃の激しさが鼓膜に直接伝わってくる。


そして着実にダメージを与えている。

攻撃を弾き、躱して、多分弱点であろう横腹を浅く斬りつける。


段々と与えるダメージ量が増えていった、赤くなったポリゴン光のある箇所に、もう一度剣を振ると、クリティカル判定になる。その設定までしっかりと熟知している者。


コレは誰なのか。



ゲームは説明書を読んでからやるタイプ、

海輪ヒロシ。


「…言いたいことあったんだけどな、」


風呂場で一人になったヒロシは、一つ愚痴をこぼした。

でもそれはネガティブな言葉ではなくて、新しい自分になるための、大切な一歩だった…そう思いたい。

アワアワになった頭を下げて、蛇口を捻り、シャワーの水量をあげる。


あのゲームには、既存のキャラクターの見た目を変える方法が、たった一つだけある。


『一度作ったキャラアバターはそれ以外使えない。』『一度制作したキャラアバターは契約書と同期して記憶され、リセットはできません。』と言うホームページにも書かれている絶対的なルールがあるが、リバーススカイ本社、製作者側から推奨されている、

抜け穴が一つだけある。


現実の自分の姿に対応して、見た目を一部、改変することができる。


要するに、現実の自分を変えれば実質的に無限に変えられる。『新しい自分になれる!』なんともゲームのメインテーマに沿った裏機能だ。



俺はいつ買ったのかわからないような、

古いブリーチの箱を取った。



「反応が楽しみだぜぇー〜!

へっへっヒャー〜〜、ヘヘ…イテッ」


ブリーチ材で頭皮がヒリヒリするのを我慢して、送付されていたゴム手袋で頭に塗り広げていく。


白黄のクリーム色のブリーチ材がついた髪を見て、完成系もこんな色になるんだろうと夢を見て、ヒロシは彼女はどんな驚いた顔をするだろうと想像を膨らませて、

一人のバスルームで盛大な引き笑いを、披露した。



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