第7話 二人三学期
一つのゲーム、
ゲーム名SO(通称ソード・オンライン)に区切りがついた。
二人は初めてのソーシャル VR MMOを経験して、ゲームをやる上で事前に考えていた、約束事のルールブックにルールが二つ追加された。
それは、ゲームを終える区切りとして、
『そこそこの強敵を倒す。』
先のゲームでは『レッドボア』。ブルーボアの総倒クエストの最終ボスとして、出てきて序盤の強敵と言える。ルールのそこそこの相手としては十二分に、ゲームの難しさを思い知らされたが、見た目とサイズがブルーボアと大差ないので、いまいちボスとしての印象は薄かった。
そして、もう一つのルールは、
『高くはない、安くはあってもいい物を
買う事。』
意味の多くは思い出になる物を集めて、
自分たちがやってきた事を、ふとした瞬間に思い出す為だ。もちろんそれを手に取りニヤニヤするのも含まれている。
実際ヒサは、物を集めてコレクションするような。コレクション魂は持ち合わせていないが、男の子なら、集める物が何であれ多少は、コレクションしたい欲求がある物だと思う。
それがカップルの思い出やゲームの勲章みたいな物だと考えれば、両方により興味が惹かれる物だろう。
最後に無理やり付けられたような、安くはあっても良いと言うのは、完全にヒサの節制の性格が立って、ゲームの世界であっても過度な贅沢はするべきじゃ無い、と意見したからだ。
ルールは楽しむための物だが、
もう一つ大事な役割もある。
大事なのは『ソーシャル VR MMO』だということ。
一つのゲームにハマりすぎていると、
一緒にやっている相手が、本当にやりたい事なのか、つまんなくなっていないのか、という仮定に無意識ながら目を背けてしまうものだ。
楽しむためにも、ルールはしっかり作って、ルールを守る約束も必要だと、二人で決めた事だ。
リビング兼ヒロシの自室、元は八畳半の広々とした一室だったが、テレビにソファ、ベランダへのガラス戸、キッチンも隣接してると考えれば、実際はそれほどの大きさはない。
そこにヒロシのゲーム類が置かれている。
必然的に部屋は、角の方から物に溢れていき、LED照明の冷たい光で照らされると、足の踏み場は、4人詰めのソファと敷かれている一枚のカーペットだけの広さになっている。
その少ししか伸びができない、部屋に二人して見慣れない服に着替えて集まった。
ヒサの、薄茶色のカーディガンは少しだけブカブカしていて、中には真っ白のワイシャツ、首元には紺色ネクタイを緩めに閉めてつけている。
茶色地の生地に黒や薄茶色のチェックのスカート、スカートの丈は膝下で設定されていたが、ヒサの細長い足で微妙に膝が出て、膝上丈になっている。
全部大学指定のキッチリした制服姿、カッチリした性格のヒナにはピッタリだった。
薄い色合いからして、学生感や幼い感じが残る制服だったが、折り目の少ないスカートやワイシャツなど、スーツと互換性にある物を着こなす大人っぽさもあった。
それに対してヒロシは、
肩パットの付いたブレザーを、ボタンも閉めずにお気に入りのパーカーの上に羽織っているだけ、それなのにヒロシは頭を掻いて、何とも言えない顔で着心地が悪そうだった。
ズボンはもちろん、ダボダボの寝巻きとかに使われているスウェットのズボンを履いている。
二人の通っている学校は、今の時代だと少し珍しい、制服がある大学だった。
でも使うか使わないかは生徒一人一人の自由に任せられていて、制服に関しては決められたルールがあるわけではない。
二人は服に特にこだわりがあるわけではなかったので、ただ何となく学校に行く時は着て居るだけだ。
今は学校の始まる日だから、久しぶりに着て見せ合っている。
ヒサがポニーテールを揺らし、俺の頭上あたりを見上げながら近づいてくる。
「ぅおおぉぉー、…それ金髪なの?」
「金髪だろ、それ以外に何があるんだよ、」
「なんか金髪ってより、結構黄色っぽいね、なんかゲームの中より明るくなくて、部屋のせいもあるかもだけど、落ち着いてる感じ。」
「え、金髪…っだと思うけどなぁ、やっぱり一回じゃそんなに染まんないのかな。
それに昨日使ったの、…どれぐらいだっけ……確か…高校2年ぐらいに、好奇心だけで何も見ないで買ったやつだから、なんか悪くなってたのかな?」
ヒナはヒロシの不安そうな声を無視して髪を触る。
ヒロシも背後に回ってきた、フムフムと声に出てしまっているご機嫌そうな鼻息が聞こえて、少しのくすぐったい感覚と共に、段々と不安も薄れていった。
「まあまあ似合ってるじゃん、」
「だろ!」
ストレートに言った。
「まあ…これから学校だけど。」
すると、
ヒナから鋭いカウンターが飛んできた。
「ちょっと、恥ずかしい。」
長めの金髪、気だるげブレザーとパーカーという見た目のヤンキーっぽさとは裏腹に、ヒロシは腰を引いて顔を手で覆った。
「まあまあ恥ずかしいです!」
少女姿勢のまま、叫んだ。
二人は少し早めに家を出て、バス停で数分も待たずに、バスが着いて乗った。
バスの中は同じような制服を着た人から、スーツをキツく締めた大人まで、みんな静かにスマホを眺めていた。
ヒナが横向きの座席に座り、その前にヒロシが立った。片手で円形の吊り革を持っているが、器用にもう片方の手だけでスマホゲームをしている。
「……やっぱ長いね。」
周りの人がいるからと沈黙を続けていた二人だが、唐突にヒナから疑問か普通の会話なのか、小さい声なので抑揚が聞き取れなく怪しい言葉が飛んできた。
「ああ…家から学校までは、バスでも片道三十分、…
ヒロシは手元の画面に気を取られながら答えて、勝手に現実世界の時間をゲーム換算して考えてしまったことに、話してからやっと気づく。ヒロシは内心冷や汗をかいていた。
「大丈夫か、そんなので」
ヒナも、ため息をついてやれやれという風に手を動かしていた。
「ダメだよな、集中しねーと。」
ーーーGAMEOVERーーー
リトライ ロード 終了
↑ポチッ
画面が暗くなった、スマホをポケットの中にしまった。
バスを降り、学校名の書かれたバス停に着く、学校まではあと数十メートル。道を歩く人々の割合は圧倒的に制服を着た数が増えてきた。
「ヒロも私も久々だね、学校。」
「…また授業が始まっちまうよ。こんな髪でー」
「あはは、別にいいじゃん、いちいち考えてるからいじられるんだって。」
「ハー、家でて1時間も経ってないけど、めんどくさい。もうゲームしたい〜〜。」
数十メートルしかない道のり、塀や壁のある道を抜ければ、開けた校門からもう見えている。学校はヒロシが愚痴を言う割に、かなり綺麗な物だった。
くすんでいない白っぽいクリーム色をした校舎。ブロック一つもかけていない校舎への赤茶の道。なんかよくわからない高いコンクリートの柱。
大学のシステム上、大人になりたてホヤホヤの生徒達が、何か理想を持ってここに来ている。
ゲームの世界を見た後ではと、にわかに侮っていたが、現実の世界は嫌に新鮮に見えた、もしこの人たちがリバーススカイをやったら、どんなキャラクターを作るんだろう、と勝手に思ってしまう。
ふと考えに浸っていると、少しだけ先を歩いていた彼女が振り返った。
彼女と学校を同じ画角の中で見ると、
まさに学生の見た目。眩しい笑顔が見えた。
「なん…かさ、」
手を前に出して歩き始めた。その時背後から、何か大きなものにぶつかる。
「イテテ、大丈夫?」
自分は手を前に出していたこともあって、ピカピカのレンガ道に手をつくだけで、傷もなく済んだけど、激突とかの勢いでもない、ただ当たっただけでこんな衝撃が来ると、相手の心配をして振り返ったら、
相手は無傷だった。
それは当然だった。
顔面を全部覆うようなマスク、サングラスもかけて、本当に顔のパーツの中で見えるのは、短い黒髪だけだった。
身体は、筋肉量と筋肉美を兼ね備えた。
男こそ惚れそうな、外国人ボディービルダー並みの筋肉。
それと同時に威圧感もあった。
沈黙の冬 筋肉の山
暗く雲がかかった。
「え!は、はい!…大丈夫です〜
すいませ〜〜ん。」
想像した声と、雲泥の差のか細い声だった。
膨大な筋肉を動かして、ピューとどこかに行ってしまった。既視感のある逃げ方だと思ったけどそれ以上に、この学校には、ボディビルサークルはあったかなと考える。
「ちょっと変な人だね」
「あー、ってもあっちの世界で初めて会った人に、サラダバーとか言おうとしてた、お前が言うな。」
あまりに早くいなくなったので、変な人と肯定しそうになったけど、スンデの所でゲームの中の事を言いって話を逸らした。
「アレは!わかんなかったんだって〜」
ヒサはコレまでで一番の赤面をしてみじろぎすると、一瞬周りを確認して、ヒロシの口を封じようと近づいてきた。
「なんて言えばいいのかわかんなかったし、
前そんなこと言って、行っちゃった子いたでしょ。」
ヒナの「もー〜」と言う顔で駄々をこねるみたいに、柔らかい拳でお腹を叩かれる。
少しだけ自慢げなヒロシの表情で、二人の幸せオーラが解き離れて、和気藹々とした空間が繰り広げられていたが、この場所は大学。
血に飢えた獣たち、否、恋に飢えた
「フシュー〜フシュー〜!」
「リア充結婚すればいいのに、」
何とも言えない、優しい祝福のこもった言葉なのか、怨念の籠った言葉なのか、聞いたことある友人の声や女子の声が、紫色の棘になって、背中にぶつかってくる。
すごく痛い、もしかしたら、剛腕のピッチャーに、薔薇のブーケを投げつけられているのかもしれない。
お腹と背中で攻撃の温度大差がすごい。
そんな時間が淡々と過ぎて、時計の針が、10時を示したところで、一限目の終わりの金がなった。二限目が始まるまで、あと十五分しかない。
「これから授業だー、飛沙じゃあっ」
「うん、ヒロもじゃあね!」
去り際の彼女は少しだけ口を膨らませて、
眉を顰めていた。
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