第10話『大悪魔ミダラー様の部隊編成繁盛記3』


 黒竜騎士団が待機を命じられているのは、ノドン公国の公都であったノドンの城、その中庭に集められていた。

 前・前線指揮官であったカイ将軍の更迭により、邪竜王の預かりとなっていたその残存部隊は、その騎乗竜であるブラックドラゴンが、亜竜とは言え同じ眷属の末裔という事もあり、より丁寧な扱いとなっている。


「こいつらの食う量も、馬鹿にならないなぁ~……」


 呆れた口調で、思わず使い慣れた人間の言葉を口にした大悪魔ミダラー卿は、そっとその唇を押さえた。


【私はラスタ馬くらいしか乗った事が無いが、誰か教えてくれるか!?】

【ラスタ馬? ご冗談を!】


 ゆっくりと中庭へ続く階段を降りつつ、邪竜の末である黒竜の巨体が居並ぶ姿を見下ろした。


【冗談では無いのだがな……】


 クレマシオンがそう思うのも仕方の無い事。

 ラスタ馬とは、ユニコーンの末と言われる高貴な馬で、ラスタ人以外には清らかな魂の乙女にしか懐かないと言われている。


(覚えてろよ! このクレマシオンめっ!!)


 風が吹き抜ける。

 北からの湖面を駆け抜ける、湿った冷たい風が。


 ノドンの北側に面するヒュラーの湖を、カイ将軍の率いる黒竜騎士団が泳いで渡ったのだ。

 国境線である堅牢を誇る北壁を迂回しての南下は、人間の領域へ大混乱を招いたのだが、その立役者である黒竜の大多数を失った今となっては、逆に孤立を深めていた。

 尤も、そのかなりの数を屠ったのも、当の女勇者であった。殺した数は覚えていない。夢中で殴り殺して回ったからだ。


 敵の水軍が、まだ健在である事が悩みの種。

 こちらとの正面衝突を恐れて、巧みに引いていたのだ。そのほぼ正確な戦力は、既に女勇者ミルティアの知る所であった。


(引くに堪忍、押すに堪忍。出来れば、流血は避けたいのだが……)


 ノドンを橋頭堡に足場を固めていれば、この様な事にはならなかっただろう。

 つい今朝までは、こちら側を壊滅させる算段に加わっていた身が、おかしかった。


 面識は無いが敵の水軍を率いるのは、長年こちら側とやりあい続けて来た名将であり、それ故に消耗を避けた。故に手ごわいだろう。


(ご主人様は単体で最強の戦力……故に兵站を軽視されてるのでは無いか?)


 必ずや、手薄になった水上の補給が狙われる。

 戦力の分散は愚の骨頂である上に、このままでは全包囲を受けかねない。


(諸侯のお力ならば、単独で脱出する事も可能だろう。いずれも名だたる怪物ばかり。だが……)



 北風吹き荒ぶ。

 大悪魔ミダラー卿の胸の中にも。

 死屍累々の化け物達。瓦礫の山と化したノドン。その中央に一匹だけ残る黄金の邪竜。最強のご主人様。


(ご主人様……ご主人様! ……ご主人様っ!!)



【閣下! こちらです!】


 大悪魔ミダラー卿の意思は、ドロルの呼びかけに現実へと引き戻された。

 そこに居並ぶのは、クレマシオン、ドロルの二名を加えた13名の黒竜騎士。

 皆、怪訝そうにこちらを見、あからさまに嫌そうな顔をしている。それもそうだ。ほぼ、すっぽんぽんと言って良い奴隷娼婦以外の何者でも無い女が、次の騎士団長だと紹介されたのだ。



【おう! 揃っているな!】


 寒さは感じない。魔法の防御が常に働いているから。

 だが、視線から受ける冷たさは、防ぎ様が無い。


【そう残念がるな! 前指揮官殿を殴り殺しかけて、巡り巡っておまエラの団長を拝命した大悪魔ミダラー様だ! 本当だぞ】


 どうも笑いも起きないくらいに空気が湿っている様だ。

 くいっと顎で指図すると、仕方ないとばかりにクレマシオンが一人一人を紹介して回った。

 誰もが、どういう事だと侮蔑の表情を隠そうともしない。


(さて、こいつらをどう手懐けたものか……)


 それから、黒竜達だ。

 戦場で合間見えた時は、全力でぶつかった相手だ。

 それが目の前に居る。



 小屋程の巨体が、真っ直ぐにこちらを見据えていた。

 ぎざぎざとした鋭い牙が覗き、漆黒の瞳がこちらの様子を伺ってるのが判る。

 こうして見ると、滑らかな黒い鱗がとても美しい。実に感動的だ。


【こいつは、カイの騎乗してたシュレッケンです。閣下にはこいつをと……】

【こうして見ると、可愛いものだな。彼女は】


 拳で砕いた感触を覚えている。手刀で引き裂いた感触を覚えている。その血の熱さを覚えている。

 そっと、その血塗られた手で、触れようと……


【閣下! そいつは気性が荒く、危ない!】


 くわっと凶悪な歯並びが披露され、それはゆっくりと閉じられた。


【なんだ挨拶してくれたのか? お前、愛嬌のある奴だな】


 鼻先に手を置くと、その頭を抱きかかえた。

 何となく、彼女が何を言ってるのか判った。


【そうか……怒ってはいないか……悪かったな……お前のご主人様を奪ってしまって……】


 この時ばかりは、本当にそう思った。聡明な彼女は、もう会えない事を理解し、覚悟していた様子だ。それが切なかった……



【まったく……】


 呆れた風情でクレマシオンとドロルがこちらを見ていた。


【でも、どうして、シュレッケンがメスだって判ったんです? 初対面でしょ?】


 そうドロルに言われて、きょとんとなった。


【そう言えばそうだな。でも、普通判るだろ?】


 いえいえと、二人して手を横に振った。


【だって、こいつはオスだ! 名は……そうか、ヴァイゼか? 賢そうな名だな!】


 隣の番に声をかけた。この二匹なら、良い子を育てられるだろう。ちょっと羨ましいぞ、この~♪


【お~っす! こっちもオスだな。名は何と言う? そうかそうか、コーレか~お前の色に良く合う名だな! 一度火がついたら止まらないってか!】


 けらけらと笑いながら、次々と黒竜と話して回る。

 こいつら、不思議と歓迎ムードで、それが嬉しかった。



【ん?】


 気が付くと、他の団員共もおかしな目つきでこっちを見ていた。


【何だ何だぁ~! 言いたい事があったら、はっきり言って構わんのだぞ!! このバイタ!! スベタ!! 団長の座を枕で奪った奴とか、何か色々あるんだろうが!!】


【いや……】

【その……】


 一同、口ごもる。


【はっきりしない奴だなぁ~!! みんな、笑ってるぞ!!】


 そういうと、黒竜達は賛同の意を表して、みなで笑ってくれた。


【なぁ~】


 今や、大悪魔ミダラー卿は一千万の味方を得た心境だ。

 みな、暖かな目で仲間として向かえてくれている。それに引き換え、こいつらと来たら……あれ?


【閣下は、どうしてドラゴン達と会話が出来るんですかって聞きたいらしいぞ~】

【聞きたいのは、俺達もですが……】


 クレマシオンが代表して、大体の事を告げてくれた。ドロルも……


【へ? あたし、普通じゃない?】


 ちょっと考えた。


【ああ、きっとご主人様が、魔法をかけてくれたんだよ】


 それくらいしか、思い至らなかった。

 流石は邪竜王閣下! 私のご主人様!



 その頃には、汗だくになったトンチンカンが帰って来た。

 ふらふらっと中庭に現れると、ばったり。


【よ~しよしよし! 言いつけ、ちゃんと守って来たみたいだな!】

【ぜ~ぜ~ぜ~……】


 口を開けて見上げるトンの目は、じっと物言いた気にこちらを見上げている。

 目を細め、気恥ずかしさに頬を染め、三匹に囁いた。


【そっか……御褒美……まだだったな……】


 こっくんこっくんこっくん! 無言で頷く三匹達。


(流石に騎士団の連中が見ている前は不味いな……)


 そう思って、ダークをかけた。

 真の闇が一人と三匹を囲む。

 そして続く水音に、三匹の悲鳴が響いた。


 次々と、大悪魔ミダラー様親衛隊のメンバーがこの中庭に駆け込んで来る。

 そんな騒ぎを尻目に、三匹は片隅で泣き崩れていた。


【み、見えなかった……見えなかったよぉ~……】

【い、いかさま左様……して、して……】

【め、め、飯……飯はまだかのう……】

【こらこらこらこらこらぁ~~~~~っ!! いつまで休んでるかぁ~~~~っ!!】


 流石にいたたまれなくなり、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてやった。


【だってぇ~~~~……】

【して、いかなる御所存か?】

【め~~~~~~~~~……】

【なんだ~、おまエラにゃ、ちょ~っと高度過ぎるプレイだったか~?】


 そういう事にして、話を進めようとする大悪魔ミダラー卿。


【さっさと起きる!! カン!! お前の大好きな飯の支度だ!!】

【飯っ!!?】


 びび~~~~んと立ち上がるカンは、ぐるりと見渡した。


【飯!! 飯!! 飯はどこっ!!?】

【これから、おまエラが作るんだよ。全員分をな……】


 トンチンカンの三匹は、呆然とした表情で、集まりつつある親衛隊の人数を見渡した。


【取りあえずは二百人分ってとこかな? 早速、このメモ持ってゾッムの所へ行ってくれ。追加もあるって事で……】


 ぱったり。三匹の豚奴隷は死んだフリ。

 当然、大悪魔ミダラー様の、死の電気あんまが炸裂した。いや、これじゃご褒美か……



 早速に、集まった親衛隊の能力判別が行われる事となった。

 この集計には、ありがたい事に黒竜騎士団の面々も手伝ってくれている。なぜか、急に態度を軟化させた11人は、クレマシオンやドロルと一緒に、集計を手伝ってくれていた。

 眼前には、二百名以上の多種多様な化け物達が、あたしを眩しいくらいの崇拝の眼差しで見つめてくる。

 これには参った。

 辱めにはぞくぞくするが、こういう目線はこっぱずかしい。

 頬を赤らめるのには違いが無いのだが……


【こほん……では、これより大悪魔ミダラー様親衛隊の能力別編成を行います!! 何をするかと言うと、一人ずつ私に襲い掛かって貰います!! その際に、私が一人ずつにABCDEの評価を下します!!】


 え~!!と一斉に不満の声が持ち上がった。


【ああそうか。一人ずつだと時間がかかるもんな!! じゃあこうしよう!! 一斉に襲い掛かって貰おう!! 触れられて判定を受けたら、即座にあちらの騎士達の元へ下がってもらいます!! いいですね!!? 逆に、私の身体に触れる事の出来た者には、伍長以上の位を約束しよう!!】


 元々、大悪魔ミダラー様をお守りする為に、その命を投げ出そうという化け物達の集まりだ。

 その本人を襲うという事には、流石の化け物達もぎょっとしてしまった。

 だが、それにより新たな地位を約束されるというのであれば、話は別だ!


 大悪魔ミダラー様に触って、伍長以上の位を得よう!!


 うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!


 盛り上がる化け物達の群れを前に、悠然と歩み出す大悪魔ミダラー卿の小さくてほっそりとした姿。


【では、行くぞっ!!!!】


 まるで大地が爆ぜたみたいに、たった今、大悪魔ミダラー卿が立っていた場所から土煙があがり、その姿が消えた。


【C! D! B! E!】


 次々と、化け物の群れから、まるで千切っては投げ千切っては投げ、化け物達が正確にその判別位置へと転がっていく。

 身を乗り出して、静止しようとした団員達は、あまりの光景に立ち止まって息を呑む。


【こ、こいつぁ~……】


 饒舌なクレマシオンも、この光景には言葉を失った。

 口笛を吹き、ドロルはその続きを呟いてみせた。


【本物の……一騎当千だな……】


【おおっ!!? お前は最高ランクのA級化け物と認定しよう!!】


 サイクロプスの巨体が、まるで竜巻に巻き上げられたみたいに、きりきりと舞って大地に突き刺さる。

 現存する『拳聖』を名乗るに相応しい、女勇者ミルティアの、大悪魔ミダラー卿の実力の一端を、垣間見た瞬間だった。

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