第8話『大悪魔ミダラー様の部隊編成繁盛記1』


 全ては光を帯びて輝いて見えた。

 僅かな輝きも、今の大悪魔ミダラー卿には数十倍もの光量でピンク色のエフェクトがかった世界へ脳内変換されていく。


【では、良いな……】

【はい……マイ・マスター……】


 そっと邪竜王の腕より開放されてしまったミダラー卿は夢見心地。歩き出したご主人様の後に続き、この会議室を後にした。


 廊下には有象無象の男共が居並び、最高位の礼でこれを出迎える。

 ご主人様の超越した武の前には芥子粒にもならない存在のご追従などハエの羽音並だなと、すっかり上から目線で眺めていると、ようやく廊下の先っぽの辺りにトンチンカンな三匹の豚奴隷共の愛らしい姿を発見し、漸くに魔法から解けた気分になった。

 よっぽど肩身が狭かったのだろう。青タンに鼻血と綺麗にデコレーションされた三匹は、こちらへ必死に手を振っているのだが、ご主人様の前に来ると八分の一くらいに小さくなってみえた。

 ご主人様が悠然と歩き去っていく様を、廊下の先で見えなくなるまで目を追ってから、胸に詰まった想いからミダラー卿はようやくため息一つ漏らし、涙目で必死に訴えて来る三匹に向き直る事が出来た。


【なんだおまエラ、随分可愛がられたみてぇだな】

【それが酷いんだよ、ミダラー様!!】

【誰もミダラー様なんて知らないって言って追い出そうとするんだな!!】

【め、飯にしませんか!?】


 ぷっと吹き出し、三匹の頭を撫でくりながら、気を取り直した大悪魔ミダラー卿はそいつらの耳元で罵倒してみせた。


【ぶわぁ~か! おまエラ、あたしゃたった今、魔王軍の一将校になったんだぞ! あたしの事なんか知ってる奴が居るもんか!】


(居たらこっちが驚きだぜ!)


【ええええ~~~~っ!!? ミダラー様、俺達騙したぁ~っ!!?】


 トンには衝撃の事実。らしい。言わなかったっけ?


【して、これから如何致しましょうぞ!!】


 肝が太いというか、流石にマラがでかいと言うか、結構動じないチン。


【それでは、どこかで飯にしましょう!】

 それしかない、カン。


 変らぬ三者三様の反応に苦笑しつつ、やる事がいっぱいになってしまったミダラーは、どうしたものかと頭を巡らせる。


【そうだな、ここは飯にして……】


 そう言いかけると、パッと表情を輝かせるカン。


【あんたがミダラー卿? あんたが?】


 怪訝そうな響き。カンはサッと表情を曇らせて、身を縮こませた。


 攻撃的な気が、二つ、背後にあった。

 悪くない。

 戦闘力は、どちらも騎士クラスの上と言った所か。先程、瞬殺したカイ将軍に負けるとも劣らぬ、良い鋭さだ。という事は……


 ゆっくり振り返ってやると、やはり漆黒の鎧に身を包んだ暗黒騎士団の一員と即座に見て取れた。


(こいつら、あたしがご主人様から離れるのを待ってやがったな……)


【そうだ……】

【へぇ~……】


 もう一人は口笛を吹く。

 二人ともに、黒い瞳に黒い髪。透き通る様な白い肌をしてやがる。

 二人ともじろじろ見る部位は、人間も魔族も大して変らないもんだな。

 見るなら見ろと、挑発的な目で腕を少し広げて見せた。結構立派なもん持ってんだろ、と。


【ろくでなしの次は、あばずれがおまエラの指揮官って事さ。宜しくな】


【へぇ~へぇ~、あばずれってのは、乙女みたいな顔で、大将の後ろにすりすりついていく奴の事を言うのかね?】

【それにしても、よくそんな格好で恥ずかしくないなぁ~!】


 にやにやする魔族の男共を前に、少しも隠す素振りを見せず、堂々と胸を張って言ってやった。


【あたしの仕事のほぼ9割は、大将の御前で裸で股を開いている事だからな。3本目の足がつっぱらかって、恥ずかしさの余りに剣が握れないってボウヤ共が泣き言ぬかすなら、服くらい着てやっても良いぜ】


 どうやら、一人は口笛をぴいぴい吹くのが趣味らしい。


【そんなお願いは、残りの団員に確認を取らないとなぁ~。後ろから刺されても面倒だし……あんた、本当にあのカイの野郎をぶっ飛ばしちまったのかい?】

【たまたま肘が当たったら、あいつの心臓の方から、勝手に背中から逃げ出したんだよ。まったく逃げ足の速いおっさんだな、あいつは!】


 そう言ってやると、二人とも目を丸くして吹き出した。お陰で、調子っぱぐれの口笛を聞かされる羽目になった。


 へぇ~へぇ~言ってたへらへら笑いが消え、殺人強盗なんでもござれと言った気配が顔を覗かせる。


【クレマシオンだ。団長】

【ドロルです】


 こっちの口笛野郎も相当なタマだ。眉一つ動かさずに、女子供すら切り殺すだろう。

 張り詰めた空気。

 こいつらの間合いは、判り易い。


【大悪魔ミダラー様だ!】


 瞬歩で、気配を消して、いきなり背後に現れてやった。

 目の前に存在してた強烈な気配が、一瞬だけ消えて、背後に突如として現れたのだ。まるで瞬間移動を見た気分だろう。

 軽く左右の肩を叩いて、こっちを向かせてやると、二人とも驚きの表情を隠せないでいる。


【今のは挨拶代わりだ。団長にそんな剣呑な殺気を向けるとはな。次は前任指揮官殿と同じ運命を辿らせてやろう】

【い、今、何をやった!?】

【トリックだ!! 全部、トリックなんだ!!】


 そんな反応に、ほほ~うと目を細める。


【お~い、ドロル。おめぇ~、い~目をしてんな! その感覚、大事にしな……】


 どうやら、団の代表との挨拶はこれで終わりらしい。


【おう! 他の面子は何してんだ!?】


 顎でくいっと回答を求めると、少しふて顔になったクレマシオンの奴がしぶしぶ答えて来た。


【中庭で待機中さ。他にいるのは11名だ】

【おいおい、何の冗談だぁ~!? 確か百人くらい居ただろう!?】


 すると口笛をひゅ~と鳴らし、ドロルが肩をすくめて見せた。


【それが、現在は団長含め……あっ、閣下を含めてって事ですよ! 14名が黒竜騎士団の総数でさあ。ま、もしかしたら後二三名は帰って来てるかも知れませんがね】


 微妙な空気が流れた。


【そりゃ、壊滅って言って良い有様だな。ま、あの団長じゃぁ~、帰りたくても帰れない連中も大勢居そうなもんだがな】


 苦笑するしかない。よくもまぁ、のうのうと軍議なんぞに顔出し出来たもんだ。あの糞野郎。


【あの糞野郎!】


 思わず声に出すと、二人はこれにはなはだ同意見らしく、パッと表情を明るくした。


【おう! おまエラ!】

【【はっ!!】】

【他の団員と面通しだ! おっと、その前に……軍の出納係を紹介して貰おうか。こいつらを紹介したい】


 そう言って、豚奴隷三匹、トンチンカンの首輪を、じゃらりと引っ張った。


【オーク共を?】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る