第3話『妄想妄想また妄想』


 お空で本気を出したので、すっぽんぽんになってしまいました。


 テレポートの魔法で、朝錬をしていた岩場へ戻ったミルティアは、唯一残った純白のタオルを拾うと、腰に巻いてとぼとぼ歩くのであります。


 元気が出ません。

 腹から笑えません。

 なんか素敵な出会いかも、と思っていたら茶番でした。

 みんなして、笑っていたのです。

 粗暴な女が、身分のそこそこ高いハンサム君に舞い上がってるのを。


「まぁ~、あいつはああいう奴だしぃ~……」


 ジョニーの軽薄な笑いが思い浮かんで腹立たしい。


「こっちだって、実家に帰れば、一応まだお嬢様だしぃ~……」


 厳格な武道家でもある父の巌の様な怒声が思い浮かぶ。

 だが、もう負ける気はしない。

 ふ……


(乗っ取るか……)


 一瞬、冗談ともつかぬ邪悪に魂を染める。


「けっ! あんな愛の無い家庭なんて、まっぴらよ!」


 そう思う事にした。

 ぐるぐるっと紐で丸めて記憶の彼方に放り込む。


 今は……


 つ~んと硫黄の香りが漂い出す。


「とうっ!!」


 掛け声と共に、ミルティアの白い身体は眼下の岩棚へ飛び込んだ。

 激しい水音と共に、もうもうたる白煙が立ち込め、更にざざっと、まるでにわか雨が降ったかの如く、周囲を濡らした。


「ふぃ~……」


 がさつにも自然の温泉へ飛び込んだミルティアは、ぽっかりぷかぷか浮いていた。

 元より、一汗かいた後はここへ来る予定だった。


「あ、わる~い……」


 のそりと、黒い塊が逃げていく。

 前からよくここで出くわす、ヒグマだった。

 どうやら驚かせてしまったらしい。


(次からは……もっと、おしとやかに入るか……)


 ぶくぶくと顔を沈めて、ざばっと起き上がった。


 胸元を見る。

 豊かな、一応女性らしい膨らみの間に、十字の傷跡が、白く薄っすらと浮かんでいた。

 そこを、そっと指先で撫ぜてみる。


 思考の停止。


 いったいどれだけそのままだったのか。

 肌寒くなって、ぶるっと震え、再びお湯の中へとその身を沈めた。


「あ~あ……」


(これがどこぞの国の王妃様だったらな~……)


 吟遊詩人でもあるミルティアは、妄想たくましく歌の世界を夢想する。


 たくましい全裸の男達が……


「うふ……うふふふふ……」


 あられもないご奉仕を全身に受ける自分を妄想し、湯に、妄想に、すっかり浸って全身を弛緩させるミルティアは、だらしない顔でぶくぶくと沈んでいく。


 そして、その内、ぷはっと頭を出した。


「ま、まあ、ああいうのもアリよね~……」


 結構のぼせてくらくらする。

 あくまで夢想の世界。

 あくまであくまで……


 ぺったり。

 手近の岩に、胸から乗り上げると冷たくて気持ち良かった。

 じっと両手を見る。

 掌を合わせては、開いてみたり、指を絡めてみたり。

 何となく、手枷をはめられてるイメージが……


(敵に捕われて、オーク鬼どもに辱めを受けるとか……)


 ……


 ……


 ……


 パンと両手で頬を叩いた。


「不健康だなぁ~……」


 すっごくドキドキしてる。

 とほほと少し自嘲気味に、火照った頭を左右に振った。


「大体、そんなのあり得ないし……」


 ぺたんと、その岩に腰を下ろし、鼻歌交じりに目線を上げると、そこには3匹のオーク鬼が居た。


「居た……」



 円月刀と丸い盾と言った、如何にも魔王軍のポピュラーな軍装。

 黒い兜と、ぼろぼろの鎖帷子は、とても見慣れたものだった。


(こんな所に居るって事は、斥候かしら?)


 全然、慌てる気にもならず、冷静に三匹の様子を眺めてしまう。


「えっと……」


(ここでは足場も悪いしなぁ~……)


 そこで、ミルティアは三匹の目線がとても情熱的である事に気付いた。


 ガシャン。ガシャン。

 オーク達は、手にした武具を放り投げた。

 好色そうな目と手付きで、一斉に飛び掛って来る。


 ミルティアは、一瞬だが自分の妄想なのか、現実なのか、戸惑ってしまった。


「い、嫌……やめて……来ないで……」


 思わず、その手のテンプレートな小芝居の台詞を口にしてしまうのが、吟遊詩人たる悲しさ。

 ざぶざぶお湯を蹴りながら逃げようとする様も、なんとなくそれっぽくなってしまう。

 大興奮のオーク達が、掴みかかって来て、押し倒され、荒々しい獣じみた嘶きに蹂躙されてしまう。


 あ、それもいいかも~……


 なんか捨て鉢になっていた性かも知れない。


 気付いたら、逆に相手を股の間に挟みこむ様に、マウントポジションを取って、ぐーパンチを食らわせる寸前だった。


(殺しちゃうな……)


 ふと、グーをパーにして、ポンと頬を張った。


 ぐぎり。


 嫌な音がして、オークの首は180度回転していた。

 無論、オークの首は、180度回る様には出来ていない。


【ぎひぃ~っ!? ば、化け物!!】

【悪魔だ!! 地獄の悪魔だ!!】


 目の前のあまりの出来事に、びびって腰を抜かした2匹のオーク達は、口々に悪魔語でののしって来た。

 賢者でもあるミルティアは、敵の言葉にも精通しているのだ。


【誰が悪魔だって!!? 誰が化け物だって!!?】


 振り向いて、腹の底から恫喝してやると、二匹は湯から飛び出ると、意外な事に逃げもせず、その場で土下座してしまった。


【あ~ん? お前ら、生かして返すと思ったのかぁ~?】


 がくがくぶるぶると震えるオーク達は、平身低頭怯える声で嘶いた。


【こ、これは無礼を!! さぞや名のある大悪魔様で!!】

【わ、わ、我ら卑しき最下級兵士にて、し、し、知らぬ事とは!!】


 ひくつに頭を地面へこすりつける二匹は、卑しい笑みを浮かべて仁王立ちするミルティアを見上げた。


【ふ……こんな時でも、ドスケベだな!! お前ら!!】


 ミルティアも、二匹の元気な様に、ちらりちららと見入ってしまう。


 おかしい。

 見られてるのに、なんか楽しい。

 これが……


(これが女王様モードって奴か!!)


 妙な確信が、ミルティアの中で閃いた。


 わざと大きく股を開いて、岩に座り込むミルティア。

 不敵な笑みで、両の乳房を隠そうともせずに、二匹をねめつけた。

 今のミルティアは、大悪魔様なのだ。


【おう! お前ら!】

【へ、へい!!】

【なんでございましょう!!】

【どこの誰の斥候だ~!?】

【邪竜王様の!!】

【ほほ~う、もう奴は到着したのか?】

【は、ははぁ~っ!!】


 地面に頭をすりつけながらも、二匹は我を争う様に、じりじりとミルティアとの距離を縮めて来る。ある一点を、必死に見つめて。


【近々、討って出るそうで!!】


 ミルティアも判っているのだが、隠す気にもならない。逆に、じりじりと感じているのだ。


【それでこんな所まで斥候をか……】


 満足そうに、自分でも驚く程に隠微な笑みを浮かべているのが判る。

 まるで鏡の様に、連中の反応が色濃くなっていくからだ。


 ミルティアは、ひょいと右足で、一方の頭を、額を小突いた。


【褒美をとらそう】


 一瞬、きょとんとしたオーク鬼。

 興奮した熱い鼻息が、足の裏に吹き付けられ、それがたまらなかった。


【あ……ああ……お、お名前を……】


 ぞくり。這い回るオーク鬼のべろが気持ち悪くてたまらない。指と指の間もこんせつ丁寧にしゃぶり尽くすのが、いとおしい……


(いとおしい!?)


【何だ? お前も欲しいのか?】


 欲望に唇を舐め、ミルティアは左の足も、もう一匹のあまりに近付いた額に押し付けてみた。


【ああ……どうかお名前を……】

【何だ? そんなに我が名を知りたいのか?】


 二匹の下から押し上げる重圧を、足首の動きで巧みに支配すると、何とも不思議な愉悦がこみ上げて来る。


【ふ……可愛い奴らよ……】


 こいつらの求めているものは一つ。だが、そう簡単に許すわけにはいかん。


【我が名はミ……そう、ミダラー様だ! 覚えておけ!!】


 そう高らかに宣言すると、二匹の首をへし折らぬ様、そっと注意深く足で押しやった。それだけで、二匹はこてんこてんと転がり、興奮に四肢をわななかせていた。


【ミ、ミダラー様……】

【ミダラー様、最高デブ……】



 にちゃり。

 大地に立つと、ふやけた足の裏が気持ち悪くて、心地良い。

 ぞくぞくする。


「ああ~、そうか……」


 にやりとほくそ笑む。


 悪いが良くて……


 良いが悪い……


【単純な事だ……】



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