第12話『初めての夜』
得意な得物や特徴を考慮に入れた小隊編成は、翌日に行われる事となった。
それに併せ、武装を失った者への再配備の申請も行われる。
大悪魔ミダラー様親衛隊の編成作業は、そこで一区切りとなり、次はその編成に応じた軍事訓練が予定されているのだが、魔王軍全体の作戦行動はそれを待ってはくれないやも知れない。
先の軍議にて、各諸侯より提示された大規模な夜襲。
闇を味方とする魔王軍にとって、それは最大の戦力を引き出す絶好の機会ではあるが、それは相手にとっても見え透いた手であり、対抗手段を講じ易い、言わば諸刃の剣。
それは人側の連合軍にとっての日中における行軍も然り。
大悪魔ミダラー様親衛隊にとっても、疲弊した黒竜騎士団にとっても、どちらが仕掛けるにしても始めるのは少しでも待って貰いたい心境だった。
幸い、今宵は魔王軍側において大きな動きは無い。というのも……
【お~い、おまエラ~!! ちょっと、仕事に行って来る~!!】
やおら立ち上がり、手を振る大悪魔ミダラー卿に、ワッと盛り上がる中庭。
二百匹以上の化け物共が、団長の今宵のお勤めを肴に盛り上がっている。
夕暮れが押し迫っていた。
幾つもの焚き火が、化け物共の醜悪なシルエットを胸壁に描き出していくのだが、今の大悪魔ミダラー卿にとっては、それが愛すべきものへと変化していた。たった一日で。
ゾッムに手配させた火酒の酒樽が三つ程。そこに群がる大小様々な化け物達。
今朝までの女勇者ミルティアであったなら、手刀拳に殺気を迸らせて突っ込み、血の海を泳ぎ、真っ白なはらわたで勝利のエンブレムを大地に描いて居ただろう。
だが今は、思いっきりの笑顔で大手を振って、帰って来る反応に少し照れくさそうに、そそと小走りで立ち去るのだ。
そんな様を、黙って見過ごす黒竜騎士団の面々では無かった。
突如、予め示し合わせたかの様に、僅かの目配せのみで全員が立ち上がった。そして、この動きに、14匹の黒竜ものっそりと起き上がる。
団、一番の大声男でもある髭面のバルバが思いっきりのけぞると。
【我らの敬愛する大悪魔ミダラー卿の『初めての夜』を祝して~っ!!!】
【【【【【ばんざ~いっ!!!!】】】】】
無数の杯が空を舞った。
ごおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!
黒竜達も、一斉に吼えた。
すって~んと転ぶ、大悪魔ミダラー卿。
【【【【【ばんざ~いっ!!!!】】】】】
これに、慌てて親衛隊の化け物達も、てんでばらばらに加わった。
ごおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!
黒竜達も、のりのりで更に吼えた。
【な……な……】
真っ赤になって口をわななかせ、何とか上体だけ起き上がる大悪魔ミダラー卿。
【な~にを言っとるか~!!?】
【【【【【ばんざ~いっ!!!!】】】】】
更に全員での万歳は、ロードン中に響き渡った。
ごおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!
黒竜達も、気が早い事に、おめでと~と叫んでいる。
【団長~!! 顔に書いてありますよ~!!】
どっと笑う黒竜騎士達。
ハッと顔を隠す大悪魔ミダラー卿は、隠した指の隙間から、今の声の主を一発で見つけ出した。
【クレマシオン!! てめぇ~っ!! てめえの仕業かっ!!? はらわた引き裂いて、腹ぁ~引きずり出して、奥歯から手ぇ~突っ込んで、耳をガタガタ言わせてやろうかぁっっっ!!!】
当のクレマシオンは、涼しい顔して耳をこっちに向けて手を当て、まるで全然聞こえて無いと言った風情でうんうんと何度も頷いて見せた。
【ぴゅ~ぴゅ~!! 団長~!! 耳まで真っ赤にして何言っても迫力無いですよ~!!
それに順番めちゃくちゃだし!!】
口笛やかましく、ドロルの奴も言ってくれる。
(こいつら~……)
くっと唇噛み締めて、立ち上がろうとする大悪魔ミダラー卿に、黒竜騎士団から、更なる追い討ちがかかった。
【え~……】
ごほんと咳払いし、またも団一番の大声男が息をずうううううううっと吸った。
【え~……祝文を読み上げます!!! 夜より深き闇の王、ヴァンパイアー・ロードのギルモアール閣下より、団長がお出かけになる際に読み上げよとの仰せです!!! 大悪魔ミダラー殿!!! 新婚初夜おめでとう!!!】
【ぶっ!!?】
嫌な予感しかしない!! 嫌な予感しかしない!! 嫌な予感しかしない!! しかも新婚初夜って、いつからそうなった!!?
しかも、その手に持つ、禍々しい気配のスクロールは一体っ!!!?
【一応、大悪魔ミダラー卿とお呼びしよう!!! ミダラー卿がこれまでネクロマンサーとして、我眷属を使役する度に、何と可愛らしい純潔の乙女よと、遙か遠き地にてそなたの事を想わぬ時は無かった!!! が、今宵初めて殿御の臥所へ侍る事となり、老婆心ながらも幾つかの忠告を申し上げたい!!! 先ずは焦らぬ事!!!】
どっとお笑い。
【そこ!! 笑うところと違うしっ!!】
【何事も、初めての事はうまくいかないもの!!! 勇気ある者であるミダラー卿ならお判りの事でしょう!!! 焦らず、じっくりと、ある時は殿御に身を任せ、またある時は……】
【やっかましいわいっ!!!!】
【あの~、まだ三つの袋とか言う話が……】
【ほほ~う……バルバ~、五寸刻みに引き千切られて、それでもなお生きている苦しみを味わいたいとは、危篤な団員を持ってあたしは嬉しいぞ~……夜より深い闇の中へ招待してやろう……】
くわっと目を見開くと、大悪魔ミダラー卿の瞳は真っ赤に光り輝き、その突き出した両の掌からはどす黒い何かが蠢いては大地に滴り落ちた。
ネクロマンサーの称号を持つ者は、自在に闇の眷属を召還し、使役する事が出来るのだ。
滴り落ちた闇は、ずわわっとばかりに一直線にバルバの足元へ。
【うひぃっ!!?】
身を屈めるバルバ。ポトリ、スクロールが大地に落ちた。
すると、その闇はバルバの手前で不意に胡散霧消する。
【ぐふふふふ……】
ころころ大地に転がったスクロールから、妙なしわがれ声が。
そして不自然なくらいに転がりまくるそれから、小さな蝙蝠達が一斉に飛び出した。
その中の一匹。まるで黄金色の蝙蝠が飛び出すと、それを中心に闇色の渦が巻き起こる。
【閣下……冗談が過ぎましょう?】
大悪魔ミダラー卿が、腰に手を当てて、やれやれと立ち上がる頃には、妙なしわがれた笑い声は、高らかな笑い声となって城内に響き渡った。
【冗談? 冗談とな? おぬしがここにある事以上の冗談があろうとは、思いもせなんだわ……】
見る見る間に、それは黄金色のどくろの甲冑を身にまとった、怪人物となった。黒いマントをはためかせ、銀のステッキを掲げ持つ。
【閣下……】
大悪魔ミダラー卿は、新参者である身からも、魔王軍の大先輩であるヴァンパイア・ロードへの一応の礼儀を忘れてはいなかった。辛うじて。
一礼して、下位の者である礼儀を示す大悪魔ミダラー卿に、グリモアール卿は満足げに頷いてみせた。
【何、今宵は喜ばしき夜。これより先は男女の秘め事なれば、勇気ある純潔の乙女、その最後の姿を見取るのも興というもの】
そのねっとりとした響き。幾千幾万の乙女をたぶらかして来た魅了の響き。それを前に、なお平然と佇むミダラー卿。逆に、やれやれと言った風情。
【先程からの、その純潔とか乙女とか、痒くなるんで止めて戴けませんか?】
高らかな笑い声は、その鎧の内より陰々と響く。
【我は安堵しておるのだよ。おぬしと、邪竜王閣下が戦場で合間見える様な事が無くなった事にな……】
【な、何もそんな馬鹿な事を。ご主人様とあたしが戦場でなんて、そんな事ある筈ないじゃないですか~】
あわわわ。これにはちょっと焦った。余りにも表現が直接的だ。
【やはり、何もかもご存知なのですね……】
【それはそうだな。おぬしが軍議の場に現れた時の、我の驚き。この久しき胸の高鳴りを、如何、誰に伝えようものかと思案にくれたわ】
【閣下はやんちゃであらせられる】
【おぬしもな】
二人は、フッと微笑んだ。
【何、邪竜王閣下の竜気が、おぬしのそれを上まっただけの事。夫婦とはその方がうまくいくものよ。この爺に、早く次代の竜を見せておくれ】
この糞ジジイ!!
カッとなって、そう叫びそうになるのを抑え、そっぽを向く。
【へぇ~へぇ~、努力致しますよ……努力……】
そう生返事をしつつ、努力する事の内容を思い浮かべ、またも赤面する大悪魔ミダラー卿だった。
【それから、くれぐれも夫婦喧嘩はするでないぞ。この辺、一帯が吹き飛ぶ姿を……見たいとも思うのだがな……】
にぃぃぃっと、どくろの甲冑より不穏当な響き。
【竜の逆鱗。邪竜の逆鱗。破壊する物が無くなるまで、それは止む事が無いと言うからの……努々忘れるでないぞ……】
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