魔の13話『愛しのご主人様と初めての夜』
どうしてこうなったのかな……
全身全霊が喜びに震えている……
大悪魔ミダラーの人格を、その心のイメージを通して女勇者ミルティアは客観的に自分を省みていた。
吟遊詩人としてのメンタル的な鍛錬が、様々な心のイメージをミルティアに仮装させる事で、その歌に情感と真実味を帯びさせ、聞く者の共感を呼び起こす。
それは基本中の基本。
大悪魔ミダラーの顔は関係ない。
答えは自分自身の中にある。
ギルモアール卿が口にされていた点に、幾つかのヒントがある気がした。だが、人間である自分には当てはまらない気がする。たった一点を除けば……
カイの天幕は、やたらでかかった。
中味も華美で、どうも略奪品の多くを私的に抱え込んでる感じだ。この天幕の生活スペースを圧倒する大量の荷物が、天井高く積み上げられている。
(これって、この荷物の整理整頓もやれって事なのかな? ご主人様は……)
ぐるっと見渡すだけで、一つ増えてしまったお仕事に気が遠くなる。
軍議の席で、更迭されたカイ将軍、前・前線指揮官であり黒竜騎士団団長だった男の天幕をそのまま使う様に命じたのは、ご主人様である邪竜王閣下。
大悪魔ミダラー卿は、カイ前・前線指揮官殿の、歯止めを失った強欲さの現われを目の当たりにした気分だ。
ほ~っと息を吐く。その形の良いふっくらとした唇へ、右の人差し指を触れさせ、その感触を実感した。
「やっぱり、もっと欲しい、もっともっとって思っちゃうもんな~……」
その強欲を否定する気は無い。
だが、その為に多くの兵士の命が失われたのは事実だ。そしてその多くを奪ったのは勇者ミルティア本人だ。
因果。
すべからく因果の果てに誰もが立っている。
今、ここにあるのも、目の前に立ち塞がる敵を、殲滅して来た結果に過ぎない。
そして、今宵からその立場が逆になるのか……
自然と拳を握る。
「もう……」
(もう誰も、傷付けたく無い……)
軽く殴れば相手の首が跳び、肘で突けば勇猛な将軍といえども、その心臓は破裂して背中からぶちまけられた。
これまでは見知らぬ化け物達から、仲間を、味方を守る為に、その拳を振るっていた。
次の戦いからは、見知ったかつての仲間を殴り殺さねばならないのか?
暫くは、部隊の再編成を言い訳に、最前線から遠ざかる事も出来る。しかし、それでは根本的な解決にはならない。
この戦争が続く限り!
そっと目を閉じる。
目蓋の裏に、想い浮かべる。
物心ついた時から見上げて来た、ディラムの大聖堂にそそり立つ、雄雄しき武神ゲパルトの猛き姿を。燃え上がる炎を身にまとい、隆々たる筋肉で黒き剣を天に向け、足元より吹き出るマグマの中に立つ。
ミルティアの胸にも、その熱きマグマが滾っている。恋に狂ったその今でも。
(違う……)
闘気を失ったのでは無い!
(違う……違う……)
ミルティアの脳裏に、ある確信が閃いた!
「違う違う違う違う!!!! 戦わずして逃げるのでは無い!!!! 戦わずして勝ち取る!!!! 死より奪い去る戦利品こそ、命だっ!!!!」
その瞬間、ミルティアはその拳を天へ向けて突き上げた。
ぶわっと風を巻いて、衝撃が天へ立ち昇っていく。が、天幕は破れない。『通し』と『遠当て』。相手の防御を抜け、遠く離れた相手へダメージを与える武闘の技。その合わせ技だ。
薄っすらと白い湯気が、ミルティアの全身から立ち昇っている。
闘気の迸りに、肉体が応えたのだ。
この一撃に、多くの者が目を奪われた。
義勇兵の陣では……
『あれって、ノドンだよね?』
『邪竜王って奴かな?』
ハイエルフの長弓兵達が語り合う。
『いや、邪気は感じない……』
瞳を閉じ、夢想の中にその正体を見定めようとするハイエルフ。
またノドンの城内では……
【ほほほほ……今宵の花嫁殿は、やはり天晴れな……まっこと惜しい事よのう……】
蝙蝠をまとう黄金の怪人が、高らかな笑いと共に闇へ溶け込んでいった。
「な、なんじゃこりゃぁ~っ!!?」
人間側の陣で、動揺が走った。
人々は空を見、口々にその光景に恐怖した。
「空が割れた」
と……
その拳は天を裂き……
文字通り、北の空を覆う暗雲が次第に二つへ裂け、ここのところ珍しく、ノドンの上空に星空がよみがえった。
◇ ◇ ◇
とたとたと三つの足音が近付いて来た。
【ミダラー様!! ミダラー様!! 今の何!!?】
天幕へ飛び込んで来たトンチンカンの三匹の豚奴隷は、お色直し中の大悪魔ミダラー卿の姿を目の当たりにした。
と言っても、変装する時からお手伝いをしていたトンとチンである。
トン等は、一糸もまとわぬ様を拝んでいるどころか、微妙な部位まで手に触れてさえいるのだ。別におどろくべきところでは無いが、怒られたら事だから咄嗟に横を向く。目はそのままだが。
そんな三匹の様に、眉一つ動かしただけの大悪魔ミダラー卿は、笑いながらそいつらに背中を向けた。
なんかデジャブを覚えるトン。
【丁度良いところに来た。おまエラ】
【ぶひっ?】
【背中の金具を外してくれ。な~んかうまく外せないんだ】
そう言って、大悪魔ミダラー卿の手は背中を思わぬ柔らかさでくまなくいじってみせるのだが、いかんせんこの奴隷娼婦用のスーツは勝手に本人が外せない様に、少し変則的な仕組みが施されている。
【……では、失礼して……】
【して……我輩も……】
トンとチンが早速にと、そそと取り組む。
大悪魔ミダラー卿は、少し前かがみになって身を任せた。
【どうだ? 外せそうか?】
【ちょ、ちょっと待って……】
【して、これはどう?】
結構怪しい状態らしい。
苦笑する大悪魔ミダラー卿は、更に前かがみになってイスの背に身を預け、背中の感触を楽しむ様に目を閉じた。
【それにしても、おまエラ。悪かったな】
【へ?】
【こんな事、お安い御用……】
カンは二人の手元をじっと見て、無言で頷いた。
【いや、違うって。おまエラに初めて会った時から思ってたんだけどさ。あのまま、おまエラ三匹とどっかいっちまっても良かったんじゃないかってさ】
そう言って、大悪魔ミダラー卿は身をよじる様にして、三匹を肩越しに視界へと収めた。
【あの時だったら、どっか誰も知らない所へ、おまエラといっちまって、誰とも知れないガキをぽこぽこ産んで、戦争なんて対岸の火事でございと決め込む事も出来たんだけどな】
ぴたりと二匹の手の動きが止まった。
【それって……】
トンのつぶらな瞳に、みるみる涙が浮かんでくる。
【それって、どういう事……?】
チンは、腕をだらりと下げ、ため息を一つ漏らす。
そして、カンは黙って手を出して、二匹が悪戦苦闘していたパズルを、あっさり解いてしまった。
【お、ありがとな……】
上体を隠す様に、解けた奴隷衣装を抱え持ち、大悪魔ミダラー卿は三匹を、少し潤んだ瞳で見返した。
【ごめんな……ホントにごめん……】
少し言いよどんでから、前を隠す手をだらんと下げて、その衣装を床へ滑り落ちさせた。
【もうおまエラ三匹だけのご主人様じゃいられないんだ……】
一発くらい殴らせてもいいかな、と思った。ま、プロテクションの魔法がかかってるから、怪我をするのは殴った方かも知れないが。
ふっと三匹が動く気配。全身で受け止めようと思った。
【いやだ~っ!! 俺はミダラー様の一の豚奴隷!! トンだ~っ!!】
【せ、せっしゃだってミダラー様の二の豚奴隷、チンであります~っ!!】
【さ、三度の飯より愛してるんだな~っ!!】
凄い勢いの三匹のタックル。
一瞬、受け止めてしまおうかと思ったが、そのまま倒される事にした。さっきまで、もたれ掛かってたイスが後ろにある事を忘れて。
「あいた~っ!!」
イスの方が粉々に砕けた。
のしかかる重圧も、心地良く受け止め、泣き叫ぶ三匹を殺してしまわぬ様にそっと抱く。
押し寄せる三匹の鼻面にキスを返し、時には舌同士で絡め合わせた。
だが、誰かの指がすっと差し込まれた時、きっぱりと言い放った。
【そこは駄目!!】
そして、大事な事だから、もう一度言ってみた。
【そこはあの方だけの為の……だから、もう駄目だ……】
もう駄目。それは、その前だったら許していたと言う想い。
ぴたりと動きの止まった三匹に、大悪魔ミダラー卿は、一匹一匹を見つめて語りかけた。
【トン。お前の指は最高に気持ち良かったぞ……もうメロメロだった……】
【はい……ありあと……ざいます……】
涙でべしょべしょになった瞳に、そっと唇で涙を拭う。
【チン。お前のでっかいのは、ちょと怖かった。次からは、もっと自信持て……】
そう告げると、チンの唇を奪う。その奥に、臆病に引っ込む舌を、無理無理引きずり出して絡め合わせた。
たっぷりの唾液と涎が混ざり合い、糸を引いて離れた。
【次からは、お前の凄いのを見せ付けてやれ……】
【あい……頑張るで……あります……】
ぽんぽんと頬を撫でると、抱き寄せて頬をすり合わせた。
【カン。何度も殺して悪かったな。とくに~無いけど~……】
酷い話である。
【判っております。貴方は、私から大切なものを幾つも奪っていった……】
【おいおい、なんかいつもと口調が違うぞ?】
理知的な輝きを帯びた瞳が、冷静に見返してくる。
(おいおい、お前はどこの異次元人だい?)
【貴方は、これからも我々三匹のご主人様であらせられます。どうかいつもの様に、足蹴にしてくださいませ】
【うわっ!?】
思わず足蹴にしてしまった。この体制から。
ころころ転がったカンは、そのまま右手の親指をぐっと上げ、ぱったり。
【ああああっ!!?】
これを見ていたトンはわなないて起き上がり、チンはダッシュで駆け寄った。
【カーンッ!!】
のっそり起き上がった大悪魔ミダラー卿は、カンの傍らに座り込み、その上体を起こして手を握った。
【しっかりしろ!! 傷は浅いぞ!!】
【も、勿体無いお……飯! 飯はまだですかのう~?】
【あ、戻った……】
すると、トンとチンの二匹も、その場で小躍りして喜んだ。
【カンが元に戻った~!】
【カンが元に戻った~!】
【飯、飯……】
そんなカンを抱きながら、大悪魔ミダラー卿は複雑な心境を思わず声にもらした。
【う~ん……これはしまったか……】
かくして、三匹との愛の絆を確認した。
とぼとぼ立ち去る三匹を見送り、大悪魔ミダラー卿はこうして一糸まとわぬ姿になると、シャワーの呪文で霧を自らに吹きつけ、ウィンドホイッスルの呪文で風を吹きかけ、あっさりさっぱり綺麗な身体に戻っていた。
「流石に、何もつけない訳にはいかないわよね……」
最初、なんかないかと探してみたが、この天幕には化粧品のけの字も存在しなかった。
「ドラゴンの嗅覚は凄い筈だから……」
逆に、強い香りの香水は使わない方がいいかも。
そう思って、シンプルな素材にこだわってみた。
自分の化粧箱を、人間側の陣地からアポーツの魔法で引き寄せると、先ずは下地にとオリーブオイルを取り出した。
「無難……過ぎるかしら?」
しまったと心の中で舌打ちした。小姓にでもご主人様の好みを聞いておけば良かった。
「小姓? そういえば、ご主人様の身の回りは誰がお世話して差し上げてるのかしら?」
特に念入りにうがいをして、最後にミントの葉を噛んだ。口からオークの唾液の香りというのは、ちょっとアレだし。
化粧も控え目。
髪はすぐに解ける様、色鮮やかな組み紐で軽く束ね、純白の薄絹を一枚だけ身にまとった。
「よし! 戦闘準備完了! 今はこれが精一杯~!」
くるりと鮮やかに一回転。純白の薄絹が、大輪の白い花の様に、ふわり広がった。
何しろ、情報が欠如していた。敵攻略のためには、まだまだ準備が足りません。
それでもいかねば、ならんのです。
ああ、愛しのご主人様~♪
ふわふわっとした足取りで、天幕を後にした。
……やっぱり、あいつらとの事は、浮気になるのかな……?
……いや、でも、お手付きになる前の事ですし……
……ストイックな方だったらどうしよう……
……ちょっと淡白な感じもしたから……
……でも、元来ドラゴンって……
色々考えていたら、もう邪竜王様の、ご主人様の天幕の前。
暗がりの中を、どう超えて来たのか、検討もつかない。
それはどう見てもとてもシンプルで、こじんまりとしていた。
普通だったら、間違えたかと躊躇してしまうだろう。
だが、ミルティアにはその天幕の奥に存在する、ご主人様の気配がありありと判ってしまった。
そして、向こうも判っている。
初めてお会いした時の、全身を駆け巡る様な迸りが、女勇者ミルティアの、大悪魔ミダラー卿の、その内を激しく焼き焦がしていく。
待っていて下さってる!!
歓喜に身を震わせ、そそそとした足取りで一気に天幕の入り口へ。
そしてこの数刻の間、待ち焦がれていたあの声が響いて来た。
【入りなさい】
【はい! マイ・マスター!】
それだけで、脊髄から全身に向けて電流が駆け巡る感覚。
心の臓がどっくんどっくんしているのが、ご主人様に聞こえてしまうのでは無いかと、どぎまぎしながら、その中へと足を踏み入れた。
中は空気が清浄だった。妙な匂いもしないし、食べ物の匂いもしない。
こつんと何かに当たると、それはぱさりと崩れてしまった。
「あっ!?」【すいません!】
咄嗟の事に、人間らしい反応を漏らしてしまった。慌てて、悪魔語に言い換えるが、気付かれてしまっただろうか?
【ああ、その辺にあるのは気にしないでいい。早くお入り】
【でも、これって……】
入り口から差し込んだ月明かりに照らしてみると、それは軍の書類だった。それも大量に。
【アレ? これって、マイ・マスターの署名が必要な書類じゃ……】
【ああ、なんかいっぱい持って来るので、その辺に積ませているんだよ】
【え……?】
目をぱちくり。その他の羊皮紙の山も、ちょっと手にとってみると、やっぱり……
(もしかして、今の魔王様の軍って……)
サッと背筋が凍る想い。
(もしかして、半身不随状態なんじゃ!?)
人間側の軍隊さ~ん、今攻めたら魔王軍は壊滅しちゃいますよ~♪
【そんなものはどうでも良いから、こちらに来なさい】
【はい……】
呆然とした心境で、奥へと進むと、黄金の輝きが二つ、じっと暗闇からこちらを眺めていた。
◇ ◇ ◇
【○△□×●】
【え? 何とおっしゃいました? マイ・マスター】
思わず聞き返すと、邪竜王はもう一度、かなりゆっくりとした発音で言った。
【○△□×●】
それは人の声帯では発音出来ない、不可思議な音の複合体だった。一つの音に、複数の意味が込められており、まるでそれは……
【○△□×●】
大悪魔ミダラーは、ゆっくりとその音を発音した。
肺から喉にかけての全てを振動させ、その名を口にした。
【そう、それが私の名だ。二人だけの時は……いや、そのままマスターと呼べば良いか……】
【マスターで宜しいのですか? 魔法の瞬間多重詠唱を連続して行うみたいで、鍛えられちゃいますのに……マスター……】
目を細め、多分全て見通されてるだろう身体を少しだけすぼめた。ご主人様の真名を教えて戴いた事に、頬が緩まずにはいられない。
どうにか平静を装い、その輝く瞳へと歩み寄ると、不意に明かりが灯された。
光り輝く雷球が、ぽっかり宙に浮いている。
その下にご主人様は、邪竜王はくつろいだ人型のままで横たわっていた。
【お前なら聞き取る事も、発音する事も出来ると思っていたぞ】
【マスター……】
その場にぺたり座り込むと、大悪魔ミダラー卿は三つ指ついて深々とお辞儀した。
【今宵からお傍に侍ります事をお許し戴き、恐悦至極に御座います。これからはマスターの御心に添える様、命がけでご奉仕させて戴く所存。どうぞいついかなる時にでも、ご自由にお扱い下さります様、心からお願い申し上げ奉ります】
まるで自らの奴隷宣言。大悪魔ミダラー卿は、伏してご主人様の返答を待った。
【うむ。許す……これで良いかな?】
帰って来た静かな声に、びくりと全身を震わせ、大悪魔ミダラー卿はそのままの姿勢で意を決して申し上げた。
【はい……ですが、その前に一つ、申し上げたい議が御座います】
ご主人様の身じろぎする気配が伝わってくる。
声が近付いた。
【何かな? 言いなさい……】
【はい! 私、大悪魔と言うのは真っ赤な嘘! 本当は人で御座います! マスターの敵側の者で御座います!!】
このまま、頭を踏み砕かれても良い様にと、そのままの姿勢で更に返答を待った。
少し間をおいてから、邪竜王は静かに語り出した。
【お前が初めて私の前に現れた時は、同族が来たと思った。そう私の竜の目に赤い気配が映った。お前は、格上の私に完全に従って見せた。だが、手元に引き寄せてみればどうも違う。そして今、お前は人であると言う。面白いものだな。名は……】
【はい……】
【名は、何と申す?】
【ミルティアに御座います】
【そうか……】
すっと手が差し伸べられて、ミルティアは上体を抱き起こされた。
【マ、マ、マ、マ、マスター?】
触れられるだけで、心臓が早鐘の様に打ち鳴らされるだろうに、抱き締められたらもうどうにかなってしまう。
赤面するミルティアの頬に、冷たい指が触れた。
【我、命を狙っての事か?】
【いえ……魔王軍の軍議を、覗いてやろうと思って……】
てへぺろ。
【ふ……】
【マスター?】
間近に見ると、その金色の瞳に吸い込まれてしまいそう。
互いに息もかかる距離で、うっとりと……ミルティアは静かに瞳を閉じた。
【ふははははははっ!! そうか、そうであったか!!】
突如、耳にしたご主人様の感情的な笑い声。目を開けると、確かに邪竜王は楽しそうに笑っていた。
【勇者ミルティアであったか!! 成る程、豪気なものよの~! ふはははははっ!!】
ひとしきり笑うと、邪竜王はミルティアを更に強く抱き締めて、耳元へ語りかけた。
【だが、お前に感じる竜の気は何だ? 人の身で、赤竜の気を宿すお前は何者だ? 如何なる手段を用いた? それとも、昔、祖先が深く交わった者か?】
【それが……一つだけしか覚えが無くて……】
【言ってみろ】
(あ、物言いが変った……)
脳裏で、そんな事を思いながら、ミルティアは過去の経緯を語り出した。
それは、若い頃の話。ある邪悪な魔術師に敗れて、一度死んだ折、何かの実験をされて蘇った事があるとの事。
【その時、心臓の辺りに、何かを埋め込まれたみたいなんです……】
【見せろ】
【はい、マスター】
そっとご主人様の腕から抜け出すと、ミルティアはその身にまとった布をさっと取り外した。
ふぁさと軽やかに床へ落ちる絹の布。
全てを見せてしまう恥じらいに、いまさらながらも頬を染め、ミルティアはもじもじと胸元の古傷を見せた。
【成る程……】
冷たい指が、つ~っと縦になぞっていく。
それだけで、達してしまいそうになるミルティアは、潤んだ瞳でご主人様の事だけを見つめ、震える脚で何とか持ちこたえた。
【魔術的な縫合がなされている……ミルティアよ。お前を施術した術者はなかなかの腕だった様だぞ】
【な、仲間がよってたかって殺してしまったそうです……私はその後で救出されて……】
【それは惜しい事をしたな……】
つぷっと、それまでミルティアの胸に触れていた指が、まるで冗談みたいにその中へ差し込まれた。
【はうっ!?】
のけぞって倒れてしまいそうになるミルティアの身体を、邪竜王の左腕が背後から支えていた。
【じっとだ……じっとするのだぞ……】
【は、はい……】
もうミルティアには、自力で立つ力は残されていなかった。
胸の中へ、一本また一本と徐々に邪竜王の手が侵入する度に、全身に火花が走るみたいに達してしまうのだ。
そして完全に、その腕がミルティアの胸部に手首まで埋まってしまうと、それはゆっくりと引き出された。
どくんどくんと揺れ動く、真っ赤な心臓と共に。
【マスター……】
涙目で、必死に懇願するミルティアに、邪竜王は静かに頷きながら、それを凝視していた。
【おそらく……竜血石が用いられたのではないかな?】
【りゅ、りゅ~けっつせき……】
最早ろれつが回らぬミルティアは、なされるがままである。
表裏にと検分され、匂いを嗅がれ、ぺろりと舐められた。もうそれだけで、歓喜に打ち震え、今日何度目かの失神を味わう。
【ふ……これが弱いのだな……竜血石は完全に溶け、お前になじんでいる様だな……成る程、お前の噂に聞こえる武は、竜の力のものだったか……】
竜血石とは、ドラゴンが死す時に、最後の拍動から生じるといわれる竜の魔力の結晶。稀にしか生じない現象である上に、竜の個体数も少ないので、それはとても貴重な品だったろう。
【マスター……】
【そう心細い声で鳴くな。今、戻してやる……】
そう言って、邪竜王の手はミルティアの体内深くへ、再度分け入って来る。
その拍動さえ支配されてしまったのだ。
ミルティアは、何故にこの様に陥ってしまったのかを理解したが、その支配を喜んで迎え入れる他に感情は微塵も存在しなかった。
【マスター……マスター……マイ・マスター……】
【愛い奴……】
わななく唇に、邪竜王の吐息が触れ、そして重ねられた。
今や、天幕の下は静かであった。
心の臓を何度も愛撫され、その度に意識を失いかけては引き戻される。
ミルティアは、己自身に差し込まれた腕を、最初は両の掌で拝むように包んでいたが、次第にそれをきつく掴む様になり、最後にはその力を失ってだらりと垂れ下げた。
つうっと唇から糸を引き、二股に分かれた邪竜王の舌が、半開きとなって閉じる事を忘れたミルティアの唇から抜け落ちた。
ゆっくりと邪竜王の腕が引き抜かれ、ぱっくりと開いた胸部も、再び魔術的な力で元の様に閉じられる。
ごろり。床に置かれたミルティアの身体は、四肢を痙攣させ、だらしなく横になるしかなかった。
【マスター……】
その様な状態であっても、ミルティアの心はある悲しみでいっぱいに満たされてしまっていた。
潮が引く様に、熱情が冷めていくと、同時にとある考えが明瞭とした思考の中より生じて、絶望へと取って変ってしまったのだ。
【どうした? きつかったのか?】
そっと、ミルティアの涙に触れようとする指を、思わず顔を背けて逃れてしまう。
【どうしたというのだ?】
【わ、私では……】
思わずむせび泣き、身を小刻みに震わせるミルティア。嗚咽を漏らす様に、その嫌な考えをご主人様に伝えるしか術は無かった。
【私では、人の身である私では、マスターのお役にはたてないのではないでしょうか?】
そのまま顔を覆って背を向ける。
ご主人様は、同族だと思って声をかけたのだ。
子を成せると思って、侍る事を許されたのだ。
そうでないと判った今、利用価値が無いと判った今、敵側の人間だった私はご主人様の傍に居てはいけないのではないか?
怖い……
どういう風に、見られてるのか、怖い……
その背中を、邪竜王の手が、そっと擦った。
びくりと身を震わせたミルティアは、黙ってその動きに身をゆだねた。
(優しい……ご主人様が優しい……)
それだけで、ミルティアの心に生じた氷塊はたちどころに溶けてしまった。
【良いではないか……】
静かな声が響いた。
【私は今回の遠征に乗り気では無かった。軍が崩壊し、陛下より軍の建て直しを命じられたが、どの様にすれば良いかも判らず、軍議も退屈であった。頭を使う者に任せておけば良い。いざとなれば戦うだけの私だ。そんな私の前に、お前は姿を見せてくれた。敵の最大戦力であると教えられていた勇者ミルティアがだ。何という不思議な巡り合わせ。今回の事は、お前に出会うべくして謀られた神々の計略だったのやも知れんぞ】
【マスター……】
涙を拭いながら、ミルティアはそっと肩越しにご主人様を見上げた。
【子を成せるかどうかは、これから試せば良い。時間は充分にあるのだぞ……竜血石が溶け込んだお前の身体は、人のそれとは違う時の流れを生きるだろう。我ら竜族と同じかどうかは判らぬが、時間は充分にある】
力強い言葉とその腕に抱かれ、ミルティアは再び咽び泣く。
まるで赤子があやされる様に。
【薬を使ってる様子も無く、病気の兆候も無い、至って健康体だ……ミルティアよ、お前は良い母体になる】
【はい! はい、マスター!】
きゅっとご主人様を抱き締める。思いっきり抱き締めても、嬉しい事に微塵もゆるぐ事の無い、強靭な肉体をされている。それだけでも、長年苦しんでいたくびきから開放される想いだ。
【はははは……そう急くな……】
余裕でミルティアを受け止めてくれる邪竜王は、そっと唇を奪った。
そのままに、ゆっくりと邪竜王の褥に横たえられたミルティアの身体は、優しい愛撫に夢見心地となる。
首から脇へ、膝から太腿へと進み行く慈しみに震え、手の届く先を何とか応えようとまさぐるのだが、悲しいかな経験の無さから、まるで溺れる者が藁でも掴むかの有様。完全にリードされているのだが、それが申し訳なくて仕方ないミルティアだった。
【良いか?】
そう訊ねてから、邪竜王の指が、ミルティアの二つの穴の入り口へと触れた。
感無量で、こくりと頷くと、同時に初めはゆっくりと、そして大胆に深々と分け入って来た。
先程とは違った歓喜が、緊張と共に駆け巡り、次第にそれは歓喜のみとなっていく。
最初から、もう余り力が入らなかった。
先程の痴態に、身体が反応し、初めから受け入れる準備は整っていた。
それでも、邪竜王は、各部を試すが如くに、ミルティアの反応をじっくりと観察し、引き出していく。
老練な手管に、すっかり翻弄され、とろとろになった頃には、邪竜王はその衣を脱いだ。
朦朧とする心の片隅で、いよいよだと覚悟を決めた。
邪竜王のそれは、二股に分かれた雄雄しきモノだった。
うろこ状の大きく張のあるそれは、所々に逆向きの突起があり、禍々しいものであったが、今のミルティアには愛おしい以外の何者でも無いかに映った。
【人の初めては痛いと聞くが、これだけ感じていれば、そうも無いだろう。が、耐えられなければ、素直に言うのだぞ】
ゆっくりと、ミルティアの左右の脚が広げられていく。
【はい、マスター……ご存分になさって下さい……】
その仕草一つ一つを忘れない様にと、ミルティアは女の顔でご主人様のなさり様を心待ちに眺めた。
胸元に手を組み、その豊かな胸が重みでひしゃげている様を淫らに持ち上げ、ぎこちない腰の動きでご主人様のそれに合わせようとする。
その動きを微笑まれて、泡立つ恋心に心酔のあまり、それだけで高みに達してしまう。
【ああ……マスター……マスター……】
【判っている……判っているぞ、ミルティアよ……】
不意にその雄雄しいものは分け入って来た。
思わぬ程に大きな水音に、びっくりしつつ、一気に深くまで侵攻してきたそれらは、深い衝撃でミルティアをのけ反らせた。
【はあっ……あ、あ~……】
生まれて初めての衝撃に、打ちのめされているミルティアを、邪竜王は悠然とした眼差しで見下ろしていた。
【どうだね?】
大きくのけ反って白目をむいたままのミルティアは、辛うじて隠微な息を漏らし、その問いに答えた。
【素敵です……素敵過ぎです……】
【そうかね?】
そう言うと、邪竜王はミルティアの脚を持っていた手を離し、その手を取って彼女の腹部へと招き寄せた。
そこは、目で見ても明らかに、ぷっくりと膨らんで見えた。
【ここに私のモノが入ってるのだよ。手で触って、腹の上からでも判るか?】
【はい……マスターの素敵なモノが、私のここまで来ています……ああ、マスター……愛しています……好きです、大好きです……私の全てがマスターを愛してるって叫んでます!】
下腹部を押さえる様に触ると、明らかに弾力のある感触が返って来る。それが内なる喜びと重なって更なる歓喜を呼び起こす。
ミルティアは、己を前後から貫くたくましい肉塊を、愛おしくて愛おしくてたまらないとばかりに、夢中になって愛撫する。
その痴態を、満足げに確認すると、両手で盛り上がったミルティアの胸を乱暴に鷲掴みにして見せた。
【はぁぁぁぁぁ……】
思わず悲鳴に似たため息を漏らし、手の動きを忘れるミルティアに、邪竜王は更に身を屈めて、押し潰す様に囁いた。
【では、動くぞ……】
【う、嬉しい……】
結合部が競り上がり、その身をくの字に折り曲げられたミルティアは、苦しい息の中で正直な一言を漏らした。
【そうか……だが、我が精を放つ時は心するのだぞ】
【ご、ご存分にお楽しみ下さい……ミルティアは……ミルティアはすべてマスターの物です……】
【そうでは無い。我が精の迸りは、若い竜では受けきれずに絶命する程の物。だが、お前なら私を受け切る事が出来ると信じている……】
その時になって、ミルティアはご主人様の孤独感に共感せずには居られなかった。
愛する者の居ない寂しさ。
愛する者を傷付けてしまう悲しさ。
愛する者を失う喪失感……
ミルティアはこみ上げて来る愛おしさに、ご主人様の胸に、頬に、その瞳へと手を這わせ、精一杯の微笑を向けるのでした。
【マスター。このミルティア、人の身ではありますが、その限界を超えた内功、外功を鍛えてございます。その上に剣をも弾く防御の魔法が。更には魔法の盾を用いれば、マスターのブレスと言えど直撃をも生き残ってみせましょう。どうか、想いっきりの一撃を、我身に注ぎ込んで下さいませ。見事、生き残った暁には、お褒めの言葉を賜れれば、このミルティア、一生涯の誉れと致します】
【言うたな……その誓約、叶えし時、汝の身を我后と為さん……】
ゆっくりと抜き、半身で差し戻す。
それだけの動きで、滴る水音に、ミルティアはその手で邪竜王の髪をかきむしってみせた。
【ああ……はあ……し、死んでも……この場で死んでも構いません……】
【死なせはせぬ……死なせはせぬぞ……汝は生きて、我が子の母となるのだ】
その宣言は、枕を濡らす虚言の仇花か。
次第にその動きを早める邪竜王に、ミルティアの両足は、爪先立って堪えていたものが、ついには踊る様に跳ね上がり、無様なダンスを披露して見せた。
言葉を為さぬわめきに似た嬌声を上げ、いつ終わるとも知れぬ享楽に身を委ねる二匹の獣は、終にその瞬間を迎える。
雷迸る雷鳴の如き射精は、実際のところミルティアの目鼻より突き抜けて胡散霧消した。
【はぁ……はぁ……】
ミルティアの胸は大きく上下した。その身の至る所から、薄っすらと白煙らしきものを立ち昇らせ、邪竜王がそれをぷるるんと引き抜く様を、愛おし気に見守った。
【如何で……ございました……?】
その言葉は、歓喜の響きに染まっている。
あらゆるものが歓喜に満ちていた。つま先から、髪の先まで、ミルティアは全身に満ち満ちる歓喜に、身をよじり、邪竜王の精が詰まったであろう下腹部を確認する様に撫で回した。
焦げてはいない。弾け飛んでもいない。汗でぬるぬるとした、柔らかな女性らしいラインは、傷一つついてはいなかった。
【感動した……】
そう一言告げて、邪竜王はミルティアの右足を掴むと、ミルティアもそれに合わせてごろりとひっくり返る。
肌が重なる部分から、相手の意思は容易に感じ取れた。
ミルティアは、ゆっくりとその臀部をご主人様へと掲げて見せた。
両手で大きく二つの穴を押し広げ、奥の奥まで損なわれて無い事を知らしめる。自分でもびっくりするくらいに柔らかとなった熱い肉に、ご主人様の指がじっくりと検分するのを耐え忍び、声を出さずに泣いた。嬉しかった。ただ嬉しかった。
優しいキスを幾つも感じ、その吐息を感じつつも、いつの間にかほどけてしまった己の髪を、そっと噛んだ。
【もう一回、いいかな?】
【はい……マスターのお望みのままに……】
朴訥なその言葉に、次には背後から刺し貫かれてしまうのだと、ミルティアは感動を禁じえなかった。
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