第11話『大悪魔ミダラー様の部隊編成繁盛記4』


 大悪魔ミダラー様親衛隊の能力判定が終わる頃には、遠い空はほのかに茜色を帯び、夕闇が迫っている事を告げていた。

 総勢252名。内Aクラスはサイクロプスと巨人族が1名づつ。Bクラスと判別された化け物は8体。Cクラスは48体。Dクラス155体。最弱のEクラスは39体と意外に少ない。

 そのリストを受け取った大悪魔ミダラー卿は、種族と名前の羅列を一瞥し、成る程とこぼした。


やはり、手足を失う様な大怪我は、ある程度の体力が無いと生き残れないか……後は確率の問題と……」


 一瞬にして、大まかな部隊編成をイメージした大悪魔ミダラー卿は、またも人の言葉で呟いていた事に気付き、羊皮紙の束から顔を上げてずらりと囲む黒騎士達の顔を見渡した。


『今の言葉や、この言葉が判る方はいらっしゃいますか?』


 彼らには耳障りだろう、丁寧な妖精語でもって語り掛けると、ドロルを始め何人かの騎士が手を挙げた。


『片言なら……』

『あら? それは皆様とても優秀な方達なのですね。ほほほほ……』


 以前にエッダの森で出会った高貴なハイエルフの物まねをしてやると、皆、嫌そうな顔をするので、意地悪そうに笑ってやった。


【止めてくれ。団長が言うと、あちこち痒くなる】

【バルバ~、失礼な話だな!】


 どっと大笑い。

 悪魔語に戻し、髭面の髭を軽く引っ張ってやる。


【勘弁してくれ~! あんたの奴隷みたいに、首がすっとんだらどうすんだ!?】

【そんときゃ、カンの頭をくっつけてやるよ!】

【おいおい! 俺はどっちになるんだ!?】


 またもどっと大笑い。


【そりゃぁ~……どっちだ?】


 大真面目な顔を作ったクレマシオンが一同ぐるっと見回した。



 豚の頭のバルバと、髭面バルバ頭のオーク鬼。


 どちらもよたよたと黒竜に乗ろうとして、ころころ転がる姿を想像してしまい、一瞬、目をまんまるにして、一斉に吹いた。



 ひとしきり笑ってから、ポンと手を叩いた。


【あんまり待たせちゃ、悪いな】


 集まった化け物達は、判定によって分けられた小集団毎に集まり、こちらの対応をじっと待ってくれている。実におとなしいモノだ。



【団長~、こんな奴等、いつまで待たせたっていいんですよ!】


 どうも半分は本気っぽい。


【クレマシオン! あんまり酷い事を言わないでくれよ。こいつらは、言わばあたしのガキみたいなもんなんだからね~】



 すると、もう聞きなれた口笛がひゅ~っと鳴る。


【そいつぁ~大層な大家族で……】


 ニヤニヤとドロルの奴も口を挟んできた。


【そうさ~。おまエラだって、もうあたしの家族みたいなもんなのさ。出来の悪い弟が大量発生したと思って、諦めて面倒みてくんな】

【おいおい、早速、ご乱心かよ……】

【こちトラ元からご乱心よ~! 見て判んなかったかぁ~、残念!!】


 羊皮紙の束を持ったまま、両腕でばってん。顔をしかめてドロルの奴にあっかんべ~してやった。


 そうこうしていると、中庭の片隅でさっきから必死こいて鍋をぐらぐら煮立たせていたトンチンカンの三匹が、鍋をほったらかしにして何か持って来た。


【ね~ね~、ミダラー様! ミダラー様!】

【味見して下され! 味見して下され!】

【め~し! め~し!】

【おいおい、大丈夫か~……なんじゃこりゃ……?】


 どんと突き出されたのは、洗面器みたいなでっかい金属の器。余裕で、顔が洗えるぜって位の代物に、鼻汁みたいな粘液がどろ~んと……その中に、どうみもて皮を剥いて無いどころか、洗っても無さそうな小ぶりの芋が、どんぶらこ~どんぶらこ~と浮いている。


(こ、これは食べて……呑んでも大丈夫なのか……?)


 顔を少し上げると、三匹の豚鼻が……そこからも似た感じの粘液が、どろ~んと垂れている……


(おい……)


 もう少し顔を上げると、三匹のつぶらな瞳が、妙にキラキラと輝いて、こちらをじっと見つめている。


(おいおい……)


 チッと舌打ち。


(か、かわいいじゃねぇ~か……)


 こんな代物じゃなかったら、思わずハグしてやりたくなる大悪魔ミダラー卿であったが、この量、この質、この香り……(大汗)



【おまエラ、普段からこ~いうの食ってんのか?】


 三匹、激しく頭部を前後させ、同意。

 大悪魔ミダラー卿は、そっと周囲の反応を伺った。

 みな、一歩後ろに下がって、この行方を見守っている。目が合うと、更に微妙な表情で一歩後ろへ下がった。



【ど~いうプレイだよ、おまエラ!】

【いえいえ、団長閣下! どうぞどうぞ!】


 とても朗らかなクレマシオンが、皆の意を汲んで、ささどうぞ、とばかりに薦めて来る。


【おまエラ! みな一口ずつ食って、意見を聞かせやがれ!! これ、団長命令な!!!】



【横暴だ~っ!!】

【団長閣下は、我々に豚の餌を食えと!!?】


 酷い悪魔語が次々と浴びせられる。くっそ~、勉強になるなぁ~!


【あたしも食うんだ!! しのごぬかすな!! この、便所こおろぎの後ろ足野郎どもがっ!!】

【な、なんじゃそりゃぁ~っ!!】

【説明を!! 説明を乞う!!】



【見てろ!! 野郎共!!!】


 罵声を一身に浴び、ぐいっと一息に……お、おう~……(大汗)



 口の中に広がる強烈な塩味。

 じゃりっと歯ごたえのある濃厚なホットスライム。

 こちらの息の根を止めようと喉に詰まる芋らしき物体。

 鼻腔から脳髄へと突き抜ける生臭い熱風。


(き、期待値以上の……)



 ぐいっと口元を拭って、クレマシオンの奴へ突きつけた。


【今日を生きてる事を、暗黒神に感謝すんだな!! あたしとの間接キッスだ!! 嫌ならカイと直接させるぞ!! 二者択一だ!! ハーリー!! ハーリー!!】

【団長、泣いてるんじゃ……】


 顔色を変えたクレマシオンの奴が、受け取りを拒否。


【ばっかやろう!! 泣いてなんかないやい!!】



 ……団員全員へ2倍希釈液を強制注入……


 以後、大悪魔ミダラー様親衛隊の入団セレモニーに、この原液が用いられる事になったとかならなかったとか……



 なお、熱い火酒が団員の心を優しく暖めてくれた……らしい……


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