第6話『爆誕!! 大悪魔ミダラー様親衛隊!!』


 皆が涙を流して喜んでいた。

 戦争で失った部位を、新たに生えて来た新しい部位を抱えて。

 そして噂が噂を呼んで、次から次へと、この小道へ押し寄せた。不具となって、部隊から追い出された者達が。


 初めは余裕の笑みでこれを迎えていた大悪魔ミダラー様だったが、さしもの勢いに押されて鼻白んだ。


【お、おい……ちょっと騒ぎ過ぎじゃ……】


【【【【【うわああああああっ!!!! 超々最高!!!! 大悪魔ミダラー様!!!! ばんざーいっ!!!!】】】】】


 気付くと満面の笑みを浮かべた化け物達に囲まれ、身動き出来ぬ有様に。

 戦いにあって、こいつらの腕や足を砕いたのは自分自身だ。

 拳で砕き、手刀で切り裂き、蹴りで破裂させた。

 手当たり次第に、目の前に立つ敵を粉砕して進む。それが勇者のお仕事だった。


 今、大悪魔ミダラーの内にこもる勇者ミルティアの心は、深い後悔の念に押し潰されそうになっていた。

 この歓喜は、絶望の裏返し。

 己がばら撒いた、負の種子だ。


 手当たり次第、再生して回る大悪魔ミダラーの顔から、笑いが消えていた。


 化け物の壁から、次々と押し出されて来る不具の者達。

 今や、その瞳には悲しみは無く、期待と希望に満ちた輝きをしているではないか。

 負傷した兵士達は、行軍を行うにあたっての足手まとい。多ければ多い程、人側の勢力にとって敵の大いなる足枷となり、利する事大。利する事大!

 ミルティアの行いは、正に利敵行為。

 だが、邪悪な魔王軍の兵士である筈のこの者達の、瞳に宿るものは何だ!?

 救うべき者達が、目の前にいる。

 『勇者』であり『賢者』、『賢者』であり『拳聖』、『拳聖』であり『主教』。『主教』の称号は、一つの教団を立ち上げるに相応しいカリスマの顕れ。瞳に涙して行う『救い』の行為は、無垢にして民草を惹きつける麻薬。

 邪悪なる魔王軍の兵卒であっても、その呪縛から逃れられる者は一人も存在しなかった。


 ただひたすら『救い』の愚行を繰り返す大悪魔ミダラー様の周囲には、深い感銘を受けた救われし化け物達が次々と膝を折って頭を垂れ、恭順の意を示す様になっていた。

 一人の化け物が叫ぶ。


【うおおおおおっ!! 俺は、俺は大悪魔ミダラー様の親衛隊になるぜっ!!】


 これに、負けじと他の誰かが叫ぶ。


【俺も今から、大悪魔ミダラー様親衛隊の一員だ!!】

【お、俺も!!】

【おらもおらもっ!!】

【私も今日から親衛隊!!】

【俺もだ!!】

【俺が親衛隊員だ!!】


 次々と拳を挙げて叫び出す化け物達。

 既に所属していた部隊は壊滅したか、役立たずと追い出された者ばかり。

 行く当ての無い者達に、一つの大きな希望が現れたのだ。


【【【【【ミ・ダ・ラ!!!! ミ・ダ・ラ!!!! ミ・ダ・ラ!!!! ミ・ダ・ラ!!!!】】】】】


 拳を振って声を合わせ、まるで合唱の様に、大悪魔ミダラーの名を叫ぶ化け物達。


 この時、奇跡が起こっている事に気付く者は居なかった。

 一人の人間が、その日の内に使用出来る魔法の回数を、既に遙かに越えていた。

 この救いは、邪悪の帝国に対して相反する白の勢力からの恩寵。

 大悪魔ミダラーの肉体を通し、慈愛の女神たるテレーザ神の慈悲が顕現しているのだ。


 大悪魔ミダラーはある時点から疲労と消耗を忘れていた。

 白の力とのパスは、これまでに無いほど大きく太く繋がっている自覚も無い。ただ、ある、のみ。

 戸板で運ばれて来た者は、その場で跳ね起きて奇跡を叫び、光を失っていた者は眼前で微笑む女神の如き大悪魔の美貌を目にし涙した。


 奇跡など犬に食わせてやれば良い。


 大事なのは、今目の前にある現実だった。



          ◇   ◇   ◇



 人側の軍勢における軍議は、勇者不在で執り行われていた。

 ノドンの街を取り返すべく包囲して一週間、後続の到着を待ってから攻めるべしとの意見が多くを占め、その陣構えの相談となっていた。 

 いまやどの諸侯も、己の軍勢が傷つかぬ様にと、好き勝手な希望を並べ立て、会議はまとまりを見せなかったが、一方的に包囲しているのだから、心理的にかなりの余裕があった。それは、魔王四天王が一人邪竜王と呼ばれる存在が前線指揮官として赴任したとの情報がもたらされても変らない。大した事は無いと、たかをくくっていたのだ。


 臨時にあつらえた天幕の天井は高く、朱塗りの赤い柱が四本、これを支えていた。

 大きな長いテーブルには、華美なクロスが敷かれており、昼間であるにも関わらず、蝋燭の光が幾つも灯り、暖かな光を放っていた。

 奥へ行けば行く程に、身分の高い者が座り、それらの序列ははっきりとしている。

 勇者の仲間である半妖精のジョニーも、この天幕の入り口近くに席が用意されており、傍らの席は空白だった。勇者ミルティアの席である。


 そこへ慌しく伝令の兵士が飛び込んで来た。


「申し上げます!!」


 一同、顔を見合わせてから、退屈そうに諸侯の一人が、報告する様にと手を払った。


「ははっ!! ノドンの街に大悪魔ミダラーなる者が降臨!! 大悪魔ミダラーなる者が降臨!! 負傷した兵士達を次々と癒し、死者すらも復活させているぞうです!!」

「何だと?」

「誰だ!? 負傷した兵士は、無駄飯食いの足手まといだから、街へ入るだけ入らせれば良いなどと言った者は!?」

「ん~、確か卿では?」

「何を馬鹿な! その様な不見識、持ち合わせてはおらぬ!!」


 ドンと激しくテーブルを叩く者。まあまあとそれをなだめる者。冷ややかな目線を交わす者達。


「まあまあ……化け物共が勢いを取り戻し、打って出てくれればこちらも好都合。それに我らには、勇者ミルティア殿がいる。彼女の破壊力は、皆ご存知の通り。居並ぶ冒険者の方々も、一騎当千のツワモノばかり。雑魚がいくら復活しようが、我らの敵ではありますまい」


 にこやかに持論を展開する若い貴族。


「確か~、伯爵殿は、身をもってその破壊力を体験されたのでは?」

「ははは……彼女の情熱がわが身にはいささか重すぎただけの事です。いまやその傷も癒えました。可愛そうなのは彼女の方です。軍議を欠席される程に、気を病んでおられるとは……」


 その口元が、きら~んと白く輝く。


 その弁を引き継ぐ様に、挙手して発言を求める半妖精のジョニー。

 発言を許されて、にこやかに語った。


「大丈夫ですよ。ミルティアは単純ですから。三日……いや、一日もすればケロッとして顔を出すでしょう。どんな難敵でも、彼女を正面にぶつけておけば大丈夫です。それに彼女もそれを望んでおりました。邪竜王がどれだけのものでしょう? 大悪魔ミダラー? 笑い話にもなりませんよ。魔王だって彼女が懐に飛び込めば……」


 パン。

 ジョニーは手を叩く。


「お終いです」



          ◇   ◇   ◇



 大悪魔ミダラーは、左手に三本の鎖をじゃらじゃら言わせ、三匹の豚奴隷を伴って、魔王軍の軍議に参加していた。

 参加したというよりも、連れて来られた。

 街中で大騒ぎを起こした張本人としてか、とにかく来る様にと兵士に言われ、これは渡に船とやってきた次第だ。


 そこはノドンの公王が座した宮殿で、軍事施設そのものと言った堅牢で物々しく、そして血生臭い場所だった。

 殺風景な軍議の間には、魔王軍の先鋭を指揮する上級諸侯達が、重厚な石のテーブルにずらり座し、この珍妙な新参者を胡散臭そうに眺めている。まるで、珍獣でも見る様に。


 まあ、そうなんだけどな。


【何故にオーク風情がここに居るのだ!!? 邪竜王!! この薄汚い連中は即刻叩き出すべきだ!!】


 邪竜王と呼ばれた、巨漢の男はテーブルの一番の上座にどっかりと座り、金色の静かな瞳でミダラー達を見据えている。

 先程から吼えている、無駄に煌びやかな魔族には見覚えがある。前線で暗黒竜を操っていた敗残の将、カイ・クロー将軍だ。


 ミダラーは口を歪ませ、さも愉快そうに語りかけた。


【これはこれは、ご高名なカイ・クロー将軍閣下。あしざまにののしられる栄誉を賜り、恐悦至極に存じ上げます。閣下の見事な大返しには、このミダラー感銘を覚えまして御座います。何しろ、最前線におきまして配下の黒竜騎士団を置き去りにした大脱出劇。このミダラーも股間を濡らして拝見し、腹筋という腹筋がよじれ、悲鳴をあげまくった所存。まさか同席の栄誉を賜るなど恐れ多い。当方よりご遠慮申し上げるべき事なれど、女の浅はかさ故、眼前に立ちました事を、深き後悔の念と共にお詫び申し上げる】


 流れる様な流暢な台詞運びは、流石に16の頃よりリュート片手に当ても無く吟遊詩人として旅を続けただけの事はあった。

 相手に口を挟む隙を与えぬ言葉運びで、更に手にした鎖をじゃらじゃら言わせて続ける事にした。


【これなるは我愛しの豚奴隷共。ひとたび手を離れれば、如何なるところで排尿排便するかも判らぬ放蕩者故、かように一時も手放す訳には参らぬ次第。許されよ】

【な、な、な……】


 顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせるカイ将軍に、一同失笑を禁じえない。


【先程から不思議でありましたが、成る程、帯剣を許されておられるのは自害の為でありましょうや。魔王軍崩壊の責を執るべく、自らの命を絶つ。その様な誉れ高い場に、私の様なあばずれ風情が同席した事を重ねてお詫び申し上げましょうぞ】

【黙れ黙れぃっ!! 市内を騒がせた不届き者めっ!! 大方、敵側の間諜の類であろう!!】

【で、あるか?】


 初めて聞いた邪竜王の声は、野太く低く、実に耳障りの良い響きだった。

 カイ将軍の卑しいだみ声の後だからこそ、えらく新鮮に響いたのかもしれないが。


【とんでもございません。私の様な者がどうして、その様な面白き事に手を出せましょうか? 敵の兵を増やす馬鹿がいるなら、私もお目にかかりたい者です……】


 そう言いつつも、確かに私って馬鹿よね~、お馬鹿さんよね~と自嘲する。

 まあ、終わり良ければ全て良し!


【邪竜王閣下には、一つお願いの儀が御座います。宜しいでしょうか?】

【何か?】

【はい。実は行くあての無い兵を数百名ほど抱え込む事になりまして。軍の兵糧を分けて戴けるとありがたいのです。また、その者らの身分の保証と魔王軍の軍律下における行動の自由をお与え戴きたい】


 すると、邪竜王は静かな目でミダラーを見返した。


【兵糧に余分は無い。だが、我軍門に下ると言うのであれば、考えよう】

【つまりは、邪竜王様の配下に加われと? 私の様な、素性の知れぬ者が?】

【なりませぬ!!】


 カイ将軍が唾を吐き、憎々しげに割り込んだ。が、邪竜王はそれを手で制した。


【自らそれを言うか】


 表情の少ない奴だな……

 魔王軍四天王と呼称されるくらいだ。勝手に苛烈な性格の化け物だと思っていたが、なるほど静かな湖面を見る様な。そんな男だ。


【カイ将軍閣下とは気が合う様で……それはお勧め出来ませんが……】

【では、どこにも属さぬ兵を数百名もこの市内で遊ばせろと? それだけの兵士を回復させた術師をふらふら遊ばせろと? それは出来ない】


 だよね~……

 かなりしょぼ~ん。


 思いもかけずに、集まってしまった連中を、そのまま放り出す訳にはいかないし、自分が魔王軍に加わるって話もナンセンス。

 なんとか誰かに押し付けたいところだが、そんな事をしたら、この戦時のご時勢にどの様な目に合わされるのか火を見るより明らかだった。


 ど~して、こうなったかな~!?

 じっと足元を見る。淫らな格好だなぁ~……


【邪竜王!! この様な女は、こうすれば良い!!】


 シャラリと金属の刃が鞘走る音。

 ずかずかと軍靴の音が響く中、その気配は急速に近まり。

 それが振り下ろされるより速く、反射的に懐へ飛び込んでいた。

 くの字に折れ曲がるカイ将軍の肉体は、背中から爆ぜて中味が床から天井へとぶちまけられた。

 ミダラーの左腕のひじが、カイ将軍の肉体の中央を貫いていたのだ。


【あ……悪い……】


 そう言って、ミダラーは将軍の身体を床に下ろした。


【ちょっと考え事してたんで、手加減忘れた……】


【素性が知れぬ故、手元に置こうというのだ。それにその方が、きちんと検分も出来る】

【成る程……え? これ、お咎めは無し?】


 よっぽどの大物なのか、全く動じない様子に、逆にこっちが引いた。


【捨て置け。元より、本国に送還されて死を賜るのみ】

【ふ~ん……じゃあ、それまでは生かしておかないとね】


 納得して、ミダラーは将軍の肉体を再生・蘇生させた。

 びっくりしてる将軍をほっといて、立ち上がり、他の諸侯の様子を見渡すが、流石に魔王軍と言うべきか、人側のそれとは雰囲気が違う。長命種が多いからかも。


【仕方あるまい。ミダラーよ、最初の指令を出す】

【え? もう確定事項?】


 頷くそぶりもせず、邪竜王は最前線指揮官としての権限を以って大悪魔ミダラーへ指令を出す。


【カイに換わり、その武をもって黒竜騎士団の指揮を執れ。お前個人の部隊を持つ事も許そう。それとお前の検分をする故、今宵、我寝所を訪れよ】


 ……

 返答に困った。


【素性など、我子を産んで、我一族の末席に加われば良い。以上だ】

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