第5話『超々最高! 大悪魔ミダラー様!』


 ミルティアが身に着けている黒い豚革のボンテージ衣装は、遙か南方の海洋にてヒュールの奴隷商人と戦い、何隻もの海賊船を沈めた中で手に入れた戦利品だった。

 性奴隷に着用させる目的のそれは、異常な露出度と拘束用の金具がじゃらじゃらと付属し、目で愛でる為のみならず、いつでもどこでも好きな様に扱う為の衣装であった。

 何故にその様な品を所持していたのか。

 興味が無かった訳では無い。

 興味があったからこそ、隠れて着用しては姿見の前でポージングして楽しんでいた。

 誰かに見られたら、とてもじゃないが恥ずかしい。

 だが、大悪魔ミダラー様となった今のミルティアには、誰彼に見て貰えてとても嬉しい、と感じていた。

 いつでも、どこでも、どの様にされても構わない。

 むしろ、そんな気概のある奴にグーパンの一発でも咬ましてやろうじゃないか。カンみてぇに首がぐるっと一回転すれば、結構な見ものになる。


 金色の鋭く尖ったニップルを少し上向きに装着し、大小の宝石を肌に直接粘らせて、両手両足には金属の棘が無数に突き出す同じく黒革のグローブとブーツ、髪は垂直に逆立てて赤を基調にラメを入れ、背から大きな黒い羽を無数に生やさせた。


 三匹の文字通りの豚奴隷共には、首輪から鎖をじゃらじゃらさせて、かつては人の町、戦士の町であったノドンの町を、そのおぞましいであろう変化を嬉々と笑い飛ばして歩いた。


【げらげらげら!! ばっかじゃねーのっ!!】

【げひゃひゃひゃ!! おっしゃる通りで!!】

【いかにもいかにも。して、これから?】

【そろそろ、飯にしますか!?】


 こうして話をしていると、トンチンカン共の様子が段々と判ってきた様な気がした。


 トンの野郎は、目ん玉べろべろした性か、妙になついてきて、そこかしこ触って来やがる。どこまでならぶん殴られないか、距離を測ってやがるんだ。

 欲望丸出しのゲス野郎だが、正直次に求められたら場合によっちゃ拒みきる自信が無い。

 よわっちいから、ちょいとひねっただけでぶひぶひ悲鳴を上げるんで、ま~そんな事は起きないだろうが、妙に可愛いと感じていた。


 チンの野郎は、トンがいじられて悲鳴上げてるのを怯えて見てた性か、ちょっと距離を置いてじっとこっちの事をねぶる様な目で見つめ続けている感じがする。

 トンが何かをやって、安全だと判ったら似た様な事をする。それも安全な一線を越えない様にと。とても慎重な性格だ。

 だから、手綱さえ放さなければ、どうと言った事も無いだろう。

 まあ、可愛い奴だ。


 問題はカンの野郎だ。

 甦らせた直後に、グーパンで首チョンぱにしてしまった性か、もう一度甦生したら、どうも様子がおかしい。

 何か同じ事を繰り返して言ってるだけの時がある様な。

 もしかしたら、何か別の存在が入り込んでしまっているだけなのかも知れない。

 たちの悪い悪霊とかだったら、聖職者の自分にはそれと判るので、問題は無いと思うのだが、この一日の乱れ様を考えると、その資格を失ったとしてもおかしくない様にも思えるから、微妙なものだ。

 まあ、どうでもいいや。


 どかん!

 またどこかで爆発があったらしく、何匹か空を舞って飛んでいく。

 黒煙が到る所から立ち昇り、どうにも埃っぽい。

 まるで、街全体で生木や質の悪い泥炭でも燃やしているかの空気感。不完全燃焼で、街全体に煤が舞い降りてる感じがする。


【きゃは~っ! 派手に吹っ飛んでったなぁ~!!】

【ミダラー様! ミダラー様! 燃えてるところ、見に行きましょうよ~!】


 そう言って、抱きついて下半身をこちらの太ももにすりすりさせるトンの涎顔に、うっとり……

 ハッと我に返って、その鼻っぱしらに噛み付いてやった。


【ぎにゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?】

【てめぇ~、軍議に面出すって最初に言わなかったか~!?】


 トンの頭を両手で押さえつけて、逃げ出さない様に、左足を両方の太ももで挟み込んだ。

 噛み付いたまま、こりこりする鼻先をれろれろしながら、怒鳴りつけてやる。


【それともてめぇの面ぁ~、火にくべてこんがり焼けたら美味しく戴いちまってもいいんだぜぇ~っ!!】

【やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! やめてやめて、ミダラー様ぁぁぁぁぁっ!!】


 しょんべん、じょばぁぁぁぁ……


【……ぺっ……】


 口を放して、手を放し、左手でトンの素チンを引っつかんだ。

 がくがくぶるぶる震えるトンは、可愛らしくも思考停止状態。


【随分、あったけえじゃねぇ~か……え?】

【あああああ……】


 このまま玉ごと握りつぶしてやろうかと、ぐにゃぐにゃのそれをもて遊びながら、喜悦に満ちた声を漏らすミダラーだが、その放水の勢いは止まるところを知らなかった。

 もうもうと立ち昇る、白い湯気。

 そのくっさい芳香を鼻腔いっぱいに吸い込むと、一瞬頭の中が真っ白になったみたいでうっとりする。

 凄く熱くて、言葉を失いかけたミダラーは、わななく唇で、辛うじてご主人様としての矜持を保つ。


【ト~ン……てめぇいい加減にしろ……ご主人様の腹に黄金水ぶちまけるたぁ~良い度胸じゃねぇか……】

【ひああああああああ……】


 傍で見ているチンとカンも、ガクブルだ。


【ト~ン……骨は拾ってやるぞ~……】

【これが終わったら、飯にしますか?】

【た、助けてぇ~……】


 三匹は、これが今生の別れとばかりに、遠くから手を差し伸べあって涙した。


【おい! こっち見ろいっ!! てめぇ~、お返しに俺様の黄金水を嫌って程、飲ませてやろうかっ!!?】


 するとだ。ぐいぐい締められて、ぶるぶる震えていた、トンの顔が、にぱっと輝いた。


【は、はいっ!! お願いします、ご主人様ぁ~っ!!】

【あ~っ!! ずるいぞずるいぞ!! 俺にも飲ませて!! 俺にも!!】

【い、今すぐ飯にするんだなぁぁぁぁぁぁっ!!】

【へ?】


 わっと三方から飛び掛る三匹の豚奴隷。


【わ~い! 黄金水! 黄金水!】

【お~れにもっ! お~れにもっ!】

【め~しっ! め~しっ!】

【あ……ちょっと……やめ……】


 思わず可愛らしい声をあげそうになって、パッとすり抜けるミダラー様。

 一瞬、握り締めた拳を、どうしたものかと緩めてしまう。こういった場合、どういったおしおきが効果的なのか、残念な事に実体験が少なすぎた。


【けっ! 真昼間からさかりやがって!】


 不意に、そんな言葉が投げつけられた。

 ミダラーは、両手で下腹部に頭を押し付けてくる三匹の可愛い豚奴隷を制しながら、その声の主を探した。


 見れば、そこには十数名の負傷した魔王軍の兵士達がたむろっていた。

 そいつらが、こっちを憎々しげに睨んでいるのだ。

 赤黒い不潔そうな包帯で、切り落とした足や腕を止血しただけの、苦しげな面持ちの、ホブゴブリンやリザードマン、オーク鬼やオーガと言った割と見慣れた連中が、多分、火酒の入ってるだろう大きなカップを手に、昼間っから酔っ払っている。

 いや、酒で痛みを鈍らせているのだろう。

 だが、酒を呑めば傷の塞がりは遅くなる。だと言って、こいつらの境遇は致し方ないだろう。何しろ、こいつらの腕や足や目や耳を奪ったのは、ミルティア側の陣営なのだから。そして、それはお互い様なのだ。


【い~だろう! あたしの可愛いペット達だぜ! なんなら、おまエラのも咥えてやろうかぁ~!】


 嘲笑するミダラーに色めき立つオス達。辛うじて立ち上がり、粗末な杖で何とか己の身を支えては、よたよたと歩こうとするが、まだ慣れていないのと酒の周り具合だろう、なかなかうまくいかない。

 笑っていたミダラーは、その瞳に浮かぶ涙に、スッと冷めるのが判った。豚奴隷共は相変わらずしゃぶるのに夢中みたいだが。


 一匹が、指で銅貨を弾いてよこした。


【おい! こっちきて、俺のをしゃぶりやがれ!】

【次は俺のケツを舐めな!】


 もう一枚、銅貨が飛んでくる。

 それは、小さな音を発てて石畳に転がり、ちりりりりりと小刻みに震えて、動かなくなった。


【おいポンコツ共! おまエラの方から、こっちに来たらどうなんだい?】


 ミダラーは扇情的に腰を動かし、うっとりとした目つきでそいつらの顔を流し見た。

 流石にトンチンカン共も、この状況を理解したらしく、おっかなびっくりにそっちの方に顔を向ける。


【なにおう~、こんバイタが!!】

【這いつくばって拾えや!!】


 そんな連中に、ミダラーはべとべとに濡れそぼった下腹部の茂みから、両の掌を広げる様に、その指をゆっくりと這わせ、たっぷりとした量感のある乳房を丸く撫で回して見せてやった。


【あたしは高いよ……】


 オス達の反応を楽しそうに眺めるミダラーは、隠微な目線を一人一人へと注いでは回った。

 誰もが憎々しげに睨み返す。


 ま、そうだろねぇ~……


【俺達が戦ったから、おまえら、そんな風にへらへらしてられんだぞっ!!】

【そうだそうだ!!】

【だ~れも頼んじゃいないがねぇ~!】


 小ばかにする様に、ミダラーが声を返すと、オス達は一斉に罵倒の声をあげた。

 中味のあるカップが飛んでは、ぶちまけられた。


【おまエラ、ポンコツの役立たずじゃないか? これから無駄飯食って、どうやって生きて行ける? 戦争に参加して得たのはこの銅貨と火酒だけだろ~?】


 そうすると、連中はすっかり押し黙ってしまった。

 うつむいて座り込む者。

 捨て鉢になって、杖を放り投げる者。


 くくくくく……


 嘲笑するミダラーは、一言だけ告げた。


【あたしが何とかしてやろうか?】


【何、だって……?】


【あたしが何とかしてやろうかって言ってんだよ、聞こえなかったかい?】


 正に悪魔の笑み。

 代償に何を求めるのか。それは必然。


 すると、それまで押し黙っていた三匹の豚奴隷共が、一斉に立ち上がった。


【やーやー!! おまエラ、こちらにおわすお方をどなたと心得る!!】

【我らの輝ける暗黒の太陽!! 超々最高!! 大悪魔ミダラー様なるぞ!!】

【お、俺なんか首を二度もはねられて、こうして飯食ってんだなっ!!】

【【【頭が高い!! 控えおろう~~~~~~~っ!!!!】】】


 これには、当のミダラーもびっくりして、目をぱちくり。

 それからにっこり微笑んで、一匹一匹の頭を撫でてやる。

 くるっと振り返るトンチンカンの瞳は、妙にキラキラ輝いて見える。


【ふ……可愛い奴等よ……】


 ぞくぞくっとしながら、一歩前へ出る。


【後で、たっぷりご褒美をくれてやろう……】


 きゅっと腰が上がり、軽やかなステップで前へ進み出る。背後で沸き立つ三匹の嬌声を背筋に受け、どこまでしてやろうかと、それは一瞬で定まった。


 流れる様な歩法で目の前へ立った、大悪魔ミダラー様を前に、オス共は困惑の表情を隠せずにいた。


【あ、あんた、一体……?】

【その体、どう使うかは、ちゃ~んと自分で決めな……ね……】


 ちょっと可愛そうな子を見る眼差しになってしまうミダラー。優しくウィンク。

 すっとかざす掌は、刺すような白い光に満ちていた。


【うあっ!?】


 包帯が勝手に解け、その下から失われた器官がむくむくと生えていく異常な感触。


【代償は、おまエラの未来だ……】


 そう告げて、大悪魔ミダラーは次なる獲物へ襲い掛かる。


【ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!?】


 恐怖するオス共は、次第に歓喜の表情へと、まるで生まれ変わったかの雄たけびを上げ始めた。


【さあっ!! 次はどいつだい!!?】


【【【【【うわああああああっ!!!! 超々最高!!!! 大悪魔ミダラー様!!!!


 ばんざーいっ!!!!】】】】】


 ノドンの町は、魔王軍の敗残兵達の歓声に、一気に満たされていった……


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