怪異が起こる本
恵喜どうこ
怪異が起こる本の話
私はホラーや怪談本を読むことが好きである。とはいえ、まだまだにわか。数あるホラーや怪談本の中から、これぞという作品を自分で見つけるまでには、浅識である。
そこで私をこの沼に叩き落とした友人に、これぞという作家の本を紹介してもらった。
これが三年前。
その中に『郷内心瞳』先生の本があった。
先生の著作に『拝み屋怪談』シリーズ(角川ホラー文庫)というものがある。
これが本当に驚くほど面白いのであるが、シリーズ二作目にあたる『花嫁の家』という作品は諸事情あって絶版状態にあった。
一作目の『怪談始末』を読んだものの、この絶版になった二作目を読まずに三作目の『逆さ稲荷』を読んだものか。悩みつつも、やはりシリーズもの。ここはどうしても順番通りに読みたいと、電子で花嫁の家を購入しようか、高額になった絶版本を買おうか、悩みながら一年が経過したころだった。
なんと復刊するという朗報が届いた。
早速予約を入れ、購入したのが2022年の11月。
待ちに待った二作目。
しかもこの本はシリーズダントツで怖いと言われているものである。
どれほどのものか、ワクワクとした思いで手にしたのだが、実はこの本を読んでいた時分、私は所用で横浜のみなとみらいに出掛けていた。
3泊4日のホテル生活。
日中の用事が済めば、みなとみらいの街並みをぶらぶらするでもなく、まっすぐホテルへと帰って寝るだけ。
みなとみらいから徒歩30分ほどにあるビジネスホテルの4階に今回滞在する部屋はあった。
1階のホテルロビーでアメニティグッズとホットコーヒーをもらい受けて、部屋へと戻る。
セミダブルのベッドと、壁にどん付けになった長テーブルとイス一脚。
小さなテレビと冷蔵庫。
ベッドの壁側には千ピースのパズルの大きさのお洒落なポスターが掛かっている。
どこがどうというわけでもない、いたってシンプルで、いたってノーマルなシングルルーム。
外を走る電車の音も、防音機能のある窓なのか気にならなかったし、こじんまりした部屋だったのも、ひとりの寂しさを紛らわせるにはちょうどいい広さだった。
昼間の汗をシャワーで流すと、すぐにベッドに潜った。
普段からテレビを見る習慣がなかったので、夜分は好きな本を好きなだけ読むことに費やすばかり。
いつでも寝られるように部屋の電気は落とし、ベッドサイドの小さな灯りだけを頼りに読書を進める。
物音ひとつしない静かな空間で貪るように実録怪談本を読みふける。
本の内容は割愛するが、どこまでが本当で、どこまでがフィクションなのか。その境界が実に曖昧で、ものすごく怖いのだけれど、にわかには信じがたいその壮絶な内容に、ページをめくる手が止まらないのだった。
そうして夜も更け、日を跨ごうという頃。朝早く起きなければいけないこともあって、いよいよ寝なければと本を閉じた。
灯りを消す。
部屋は闇に閉ざされる。
ゆっくりと瞼を閉じる。
そのときだった。
ドンッ!
それまで物音ひとつしなかった部屋の中で、壁を叩くとも、なにかが落ちるともつかない大きな音が響いた。
ハッとなって急いで灯りをつける。
音がしたのは部屋の奥。ユニットバスのほう。しかも内側から響いてきた音だった。
耳を澄ませる。
壁を叩く音はやんでいる。
隣から聞こえる声もない。
上の階の足音もない。
ゆっくりと起きあがると、ユニットバスを見に行った。
灯りをつける。
なにもない。
手桶など、なにかが落ちた様子もない。
壁を調べる。
お札のようなものは見当たらなかった。
ユニットバスの灯りを消した。
電気の灯りが届いていない部屋の隅にみっちりとした密度の濃い闇が沈むように存在している。
近づけば飲まれてしまうような黒々とした闇。
足元からヒヤッとした空気が流れた。
私は急いでベッドへ戻り、布団を被った。
灯りは消せなかった。
普段だったら真っ暗にしないと眠れないのに、隅に溜まった闇が部屋中を覆うと思ったら、怖くてたまらなくなったのだ。
ベッドサイド側のライトをつけたまま眠りに落ちた。
いつの間に寝入ったのかはわからない。
ただ眠気が覚めるような音がするようなことはその後一切なかった。
本は翌日の日中に読み終えたが、怖かった私は本を紹介してくれた友人にこの件を相談した。
すると友人から思いもよらなかったことを聞かされることになった。
「怪異が起こる本って、たしかに言われてる」
花嫁の家を読んで、実際に怪異にあった話は少なからずあるらしい。まさか私自身、そんなことが起こると思って読んでいなかっただけに、友人の話はかなり衝撃を受けた。
さらに言えば、このシリーズ自体が怪異を呼ぶのである。
そんなバカなと思われるだろうが、実際そうとしか思えないような体験をしたのだから仕方がない。
以来、怪談話を読むときは怪異が起こるかもしれないという覚悟を持って読むようにしているし、花嫁の家を、郷内心瞳先生の本を勧める場合には必ず、その覚悟を持って読んでもらうように注意を促している。
怪異が起こる本 恵喜どうこ @saki030610
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