第10話~六日目は篠突く雨の中~


 

 六日目の仕事は佐里香にとって憂鬱なものとなった。


 いつもと同じ電車を降りると、傘を差して道を行く。このアルバイトを始めてから、初めての雨が降ったのだ。


 篠突く雨の音を聞きながら、これから待ち受ける問題について考える。普段の箱の重さと形を考えると、傘を差しながらの運搬は困難だ。ならば傘を置いての仕事になるが、必然的に佐里香はずぶ濡れになって帰る事になる。


「風邪をひいたら手当でも出るのかしら?」


 今までとは違う理由から自分の身を案じつつ、目的の小山で辿り着く。濡れた手で鍵を落としそうになりながらも、何とか扉を開ける。


 小屋の中を覗くと、驚いた事に佐里香の不安は解消した。今回の箱は普段とは違い、片手で抱えられる程度の大きさだった。


「雨だから気を使ってくれたのかしら」


 そんな事があるのだろうか。それとも、たまたま今日はこの箱を運ぶ日だったのか。答えの出ない問いを頭の中で考えつつ、佐里香は箱を抱えて小屋の外に出て、傘を差しながら坂を登る。


 この小さな箱の中には、一体何が入っているのだろうか。今までと同じ物? 大きさや重さから考えてそれはあり得ない。


 ふと昨日、鈴と話した事を思い出す。結局違うという事に落ち着いたが、人間のバラバラ死体を運ばさせられているという仮説だ。


 腕で抱える箱を見る。ちょうど人間の頭部が収められていそうな大きさだと感じ、佐里香の背筋に冷たい物が走る。


 いや、そんなはずはない。いつぞやテレビで見た話だが、人間の頭の重さは五キロ前後だという。この箱はそこまで重くない。佐里香の腕力では、五キロと更に箱の重さが合わさった物を片手で軽々と持ち運べる事はできないはずだ。


 ここ数日の力仕事で、佐里香の筋力が向上している可能性から目を背け、薄暗い峠を登る。濡れた足場は歩みにくく、結局は足元が随分汚れてしまう。


 たどり着いた来小禰は雨に濡れいつも以上に不気味に思えた。


 木の台に箱を置いて、ようやく仕事が終わったと安心してその場を去ろうとする。しかし、佐里香は視界の端に見てはならないものを捕えてしまう。


 来小禰の奥の雑木林。佐里香からは十メートル以上離れた位置に、人が立っていた。服装は良く見えず、顔も良く分からない。だが、そんなところに人が居る状況が違和感しかない。


 その人物は明らかに佐里香を認識していた。だが声を掛けてきたり、近づいてきたりという仕草は見受けられない。ただ、じっと佐里香を凝視している。いや、もしかすると来小禰を見ているのだろうか。


 もし来小禰を見ているのだとしたら、向こうからは来小禰の裏を見ている事になる。一体、ここの裏には何があるのか?


 謎の人物に恐怖心を抱きながらも、その恐怖の対象が目の前の来小禰へと移る。箱の中身も分からないが、そもそもコレは一体何なのだ?


 佐里香はその人物に声を掛けてみようかと一瞬だけ思う。だが、相手が不審者だったら、或いは依頼主が監視しに来たのだとしたら。どちらの場合でも、ここで声を掛けるのはダメだ。不審者の場合は何をされるか分からないし、依頼主の場合は禁則事項に触れて給料を減らされてしまうかもしれない。


 結局、何もせずそのまま峠を下る選択を取る。峠を降りつつ、時折背後を確認するが、どうやら追って来る様子は無い。


 峠を下り切った佐里香は急いで小屋の施錠を確認する。問題無い事を確かめると、もはや雨に濡れる事も厭わずに、傘を畳んで全力でその場から走り去っていた。

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