第2話~大学生協の掲示板に貼られた募集~
「はぁ、どうしよう」
大学生協の食堂に併設されたラウンジで
「そんな世界の終わりみたいな深刻そうな顔して。別に命を落とした訳じゃないんだからさ」
佐里香の前の席に座っていた
「だって……」
佐里香の手元には水没し電源の入らなくなった携帯端末が握られていた。
保証期間はとっくの昔に切れており、仮に期限内だったとしても自己の不注意での故障は対象外である。代替え機を購入しようにも昨今の円安の影響で、端末の値段は鰻登りである。
常にギリギリの生活を営んでいた佐里香には、購入しようにも元手が足らない。型落ちした機器ならば何とか手が届くが、そうなると今月の生活費が消えてしまう。冗談抜きで三食もやし生活でもしない限り、佐里香は餓死してしまうだろう。
「はぁ。ほんとどうしよう」
「まあまあ。短期のアルバイトでもするしかないんじゃない?」
「そうなんだけど……」
携帯端末は現代を生きる人にとって、必須のインフラである。連絡手段としてはもちろん、情報収集に娯楽、公的機関の各種手続きなども携帯端末で行える。
そして今の佐里香にとって最も求めて居るもの。つまり、即日で給与が得られる短期アルバイトの応募も携帯端末から行うのが主流だ。
「じゃあさ、アレなんてどうよ?」
鈴が指差す先には、大学生協の掲示板があった。上部の金属プレートには、アルバイト募集と印字されている。
「大学の募集してるアルバイトでしょ? そんなの大したお金にならないって」
佐里香は文句を言いつつも、席を立ち掲示板へと歩む。
「ほら、もしかしたら短期で高収入みたいなのもあるかもしれないじゃん」
「そんな水商売みたいなの、大学で募集されないでしょ」
後をついて来た鈴に悪態をつきつつ、掲示板の前にやってきた佐里香は張り出された用紙に目をやる。
今時こんな紙媒体の募集があるのかと不思議に思うが、佐里香の思惑が一致する形で募集の件数はかなり少ないものだった。
数件の募集に目を通す。オープンキャンパスに合わせて行われる生協のイベントスタッフ、近隣商店街で開催されるお祭りの際の交通整備、OB会の送付物の封入作業。どれも最低賃金の時給が提示されており、更に支払いは最短でも今月末となっていた。
諦めかけた佐里香だったが、他の掲示物から離れた位置に貼られていた募集の内容に目を見張る。
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日当:30013円
勤務地:歌草峠
依頼元:根深知宗太郎
期間:8日間
誰にでもできる簡単な荷運びの仕事です。軽量の荷物なので女性でも大歓迎。ただし、現場は足場が悪い室外のため、軽装でお越しください。
※給与の支払いは最終日に現金手渡しで行います。
詳細は以下にお問い合わせください
0120-xxxx-xxxx
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これだ。と蜘蛛の糸を見つけた気持ちになるが、同時に不審な募集に直観が警鐘を鳴らす。
まず、給与が法外に高い。世の中には色々な仕事があるのだろうが、大学生の身分でお目にかかるアルバイトでは、日当は一万円台が相場だろう。たった一日で相場の三倍近くを得られるのは、有難さを超えて怪しさを感じさせる。
次に、募集の法人名が書かれていない事も怪しい。この根深知宗太郎という人物が個人で募集をかけているという事だろうか。字面から壮年の男性だと思われるが、女性歓迎、軽装でお越しくださいという文言からも嫌な勘繰りをしてしまう。
そして何より、個人が依頼する荷運びの仕事というのも怪しさ満点だ。最近よく、違法な物の運び人をやらされ捕まる事件が多いと聞く。これもその類なのではないだろうか。
しかし、その募集の右下には大学生協が発行している事を示すスタンプが押されている。つまりこれは生協が内容を確認し問題が無いと判断して掲示されている募集……のはずだ。
「ちょっと佐里香。いくら何でも、これは怪しすぎるよ」
鈴が佐里香の視線から、この依頼に興味を持っている事を察して警告する。佐里香も怪しい事は理解している。
だが、これほどの高給で大学生協のお墨付きで、更に現金手渡しという理想的な条件が揃ったアルバイトが他にあるだろうか。
「ねえ、鈴さぁ。ちょっと携帯貸してくんない?」
佐里香の言葉に鈴は逡巡したが、渋々といった様子で携帯端末のロックを外して佐里香に手渡した。
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