箱を運ぶだけの簡単なお仕事

秋村 和霞

第1話~とあるオカルト系チャンネルより抜粋~


 根深知宗太郎ねぶちそうたろう氏からの依頼は絶対に引き受けてはならない。


 根深知宗太郎氏の依頼が初めて確認されたのは、1980年代中期頃である。某雑誌の広告に「誰にでもできる簡単なお仕事」と銘打ち短期アルバイトの募集が掛けられていた。その代表連絡先として名前が挙がっていたのが根深知宗太郎氏だ。

 具体的な仕事内容は記載されていなかったが、長期休暇に重なる形で高給が提示されており、当時多くの学生やフリーターが応募したと言われている。

 ちなみに、給与については時給の場合と日当の場合があり、時期により額が変動している。また、いずれの時期においてもその額は素数となっていた。

 1990年代に入ると、根深知宗太郎氏は募集の媒体を広げ、フリーペーパーや大学構内のアルバイト募集掲示板、一時はハローワークでもその名前が確認されている。

 当時、友人がアルバイトに応募したという山田花子さん(仮名)から根深知宗太郎氏の依頼の話を聞くことが出来た。


「りっちゃん(友人名)が言うには、大学の掲示板で募集を見つけたんだってさ。眼玉が飛び出るほどの高時給のアルバイトを見つけたって喜んでたよ。私も誘われたんだけど、怪しいからって断っちゃった。りっちゃんにも内容の分からない仕事は止めときなって警告したんだけどねぇ」

「応募はどのようにされていたかご存じですか?」

「知らないわよ。私は応募して無いんだから。でも、当時なら今みたいにインターネットでアルバイトの応募をすることも無かったじゃない。普通に電話するか、懸賞みたいにハガキで送ったんじゃない?」

「なるほど。では依頼の内容について教えてください」

「これもりっちゃんからの又聞きだから、本当かどうか知らないわよ。何でも、毎日14時28分ちょうどにある場所に行って、物を受け取るんだって。それを別の場所に運ぶだけ」

「物とは何でしょう?」

「だから知らないって。あー、でもりっちゃんはお供え物って言ってたわね」

「お供え物ということは、それを運ぶ場所は神社や寺院、祠か……或いはお墓という事でしょうか?」

「さあね。でも、そうなんじゃない? 知らないけど」

「ちなみに、ご友人のりつさんとは今も交流があるのでしょうか?」

「あんた達、知ってて聞いてるんでしょ。性格悪いわね。りっちゃんはそのアルバイトの最中に連絡が取れなくなっちゃったの。私も心配して、友達と下宿先まで押しかけて行ったわ。でも大家さんも帰ってないって。ご両親が捜索願を出してるって教えてくれたのも大家さんだったかしら。でも、しばらくして実家のご両親も諦めて下宿先の私物を回収していったわ。きっと外国にでも売られていったのよ。可哀そうに……。やっぱり、楽な仕事で儲かるなんて話、ある訳ないんだって」

「なるほど。本日は貴重なお話ありがとうございました」


 根深知宗太郎氏の依頼については、インターネット上で様々な報告が行われている。実際に広告を見た人物や、中にはアルバイトの経験者を名乗る者も居るが、その多くは眉唾なものだ。

 水商売の斡旋だった、マグロ漁船に乗せられた、パチンコの代打ちをやらさせられた。変わり種では、UFOを呼ぶ儀式に参加させられたり、火星への移住計画の一環だったなど荒唐無稽な話もある。

 しかし、1980年代から現在に至るまで、この山田花子さんの語ったような荷運びのアルバイトは報告されていた。また、この話を語る人物の共通点として、決して自身の体験としては語らず、友人や親せき等の他者から聞いた話だと主張している点だ。

 つまり、荷運びのアルバイトに参加したものは皆が行方を眩ましており、そしてこの話こそが根深知宗太郎氏の依頼の真実なのではないか。


 近年ではアルバイトの募集はネット上で行われる事が主流となっている。

 幸い、ネット上での募集では根深知宗太郎氏の依頼は報告されていない。

 しかし、現在でも紙媒体での募集は続けられているという説もある。


 視聴者の皆様に置かれましても、業務内容が不透明な高給のアルバイトには安易に手を出さず、まずは弊チャンネルまでご報告頂ければと存じます。

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