第12話~最終日はちょっとした出来心で~


 遂に最終日がやってきた。気になる事は山ほどあるが、今日で目的のお金は手に入る。


 それと同時に、今日は勝負の日でもある。現金を手渡すため、依頼人である根深知宗太郎本人か例の代理の女が姿を現すはずだ。


 もしもこのアルバイトの謎の一端でも理解できるチャンスがあるとするならば、今日をおいて他にない。佐里香はどのように依頼人から情報を引き出そうかと思考を巡らしながら、歌草峠の小屋を目指す。


 単刀直入に聞いてもはぐらかされるだけだろう。何か絡めてを使って、相手の発言を引き出すのが良い。しかし、一体どうやって?


 漫画やドラマでは、些細な発言から真相に辿り着くシーンが多くある。佐里香は自分が同じような頭脳戦で依頼人を出し抜く事が想像できない。ならば実力行使で、脅しをかけて情報を引き出すか。一週間の肉体労働に耐えたとはいえ、この細い腕で何ができるのかは分からないが。


 そんな事を考えていると、ふと違和感を感じて後ろを振り向く。確証があった訳ではないが、誰かに見られているような気がしたのだ。


 だが、背後には誰も居ない。どこかの物陰から佐里香の様子を覗う人物が居るような気がするだけ。なんだか嫌な感じだが、佐里香は思い過ごしだと割り切って、目的の場所へと歩みを進める。


 ようやく辿り着いた小屋は、外からの様子はいつもと変わらない。周囲に人の姿は無く、本当に給与が支払われるのか不安を覚える。


 小屋の中に入ると、今までで一番小さな箱があった。そして、その上に封筒が置かれている。何となく事情を察しながら、その封筒の中を見る。


 中には二十四万と飛んで百四円が入っていた。数字の上では知っていても、これほどの大金を目の当りにするのは始めてだ。一瞬にして、脳裏には携帯以外にも欲しかったものたちが浮かび上がる。鼓動が早くなるのを感じつつ、労いの手紙が一つもないのはつくづく異様だとも思う。


 佐里香は震える手で封筒をポーチに仕舞い、最後の仕事に取り掛かる。ここに来るまでに考えた計画は、依頼人が来ないという想定外によって頓挫してしまったが、仕事は仕事だ。最後までやり遂げなければならない。


 幸いにして今日は小さな箱だ。見た目よりは重さを感じるが、片手でも抱えられる。釈然としない気持ちを押さえつけ、最後の楽な仕事を完遂するべく小屋の外へと出る。


 そういえば、貸与された携帯と鍵はどうすれば良いのだろうか。まあ、適当に小屋の中に置いておけば良いか。でも、そうなると小屋を出るときに施錠できないような気がする。まあ、箱を置いてから考えれば良いか。


 小屋を出て歌草峠の坂に差し掛かるとき、ふと視界の端に岩を捕える。いつだったか、この岩で箱を破壊すれば中身が見られるのではないかと考えた事があったか。


 佐里香はその岩の前で足を止める。


 もし今日を逃せば永遠にこの箱の中身を知る機会はない。そして、給料は既に受け取っている。もう仕事をクビになるだとか、給料を受け取れなくなるだとか、そういった心配をする必要は無い。


 ならば、別に箱の中身を確認しても良いのではないか。別に仕事を放棄する訳ではない。箱を破壊して、中身を確認したらその中身だけ来小禰に運べばよい。


「……そもそも説明してくれないのが悪いのよね」


 佐里香は自身を正当化するべく、そう呟いて箱を置く。そして、坂の傍に横たわる岩を持つ。岩の裏についた土が落ち、服が汚れるのを機にも留めず、箱の上に持ってくる。


 勢いをつけ、箱の上に岩を叩きつける。バーンと弾ける音がして、箱の外枠の木片が辺りに飛び散る。


「あっ」


 佐里香は箱の中身を見た。

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