第14話~真相~
その日、榎本鈴は大学の講義をサボってとある雑居ビルを訪れていた。
コンクリートがむき出しで薄暗く、蜘蛛の巣が至る所に張られている。来客が予想される会社ならば、このような場所を借りる事は無いだろう。現に入り口の看板には、二フロア分しかテナントが入っていなかった。
階段を登り、三階にやって来た鈴は、ある扉の前で足を止める。扉の前には「根深知研究所」という名前が刻印されたプレートが取り付けられていた。
鈴は意を決して扉を開く。
中は雑多な資料が山積みとなった狭い部屋だった。まるで大学の教授が使用している部屋の様だ。
その奥の窓辺に置かれたデスクには、一人の女性が腰かけていた。黒く長い髪に眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな女性だ。
「あら。ここに来客があるとは珍しい」
何かの作業をしていた女性は、顔を上げて鈴を見るとその手を止めて手招きをする。鈴は招き入れられるとは思いもしなかったので面食らうが、すぐに気を取り直して部屋の中に足を踏み入れる。
「根深知宗太郎さんですね」
鈴は女性の前までやって来ると、相手のペースに飲まれまいと睨みつけながら尋ねる。
「はい、そう名乗っている事が多いわね。戸籍上は別の名前なのだけれど、どうしてここが分かったのかしら?」
「……この場所はあなたの後をつけて特定しました。佐里香の仕事の最終日に、貴方が歌草峠から出て来るのを見ていましたから」
「佐里香……木島佐里香さんね。へぇ、まさかあの日の帰りに尾行されてたなんて気づかなかったわ。アナタ、探偵の才能があるわよ」
女は感心したように頷くと、眼鏡の位置を直して鈴の目を見る。
「それで、聞きたい事は何かしら? 此処に辿り着いた悪運の良さに免じて、何でも答えてあげるわよ」
「根深知宗太郎って何なんですか? 目的は? あのアルバイトの意味は? 歌草峠と来小禰は? あと、一番重要な……」
「ちょっと待ちなさいよ。そんなにいっぺんに聞かれても困っちゃうわ。ええと、根深知宗太郎っていうのは私の祖父の本名なのだけれど、資産家だった祖父は道楽で怪異について研究していたの」
「……研究って民俗学者だったって事ですか?」
「大まかには近いかもしれないわね。でも柳田国男みたいに民俗資料の収集とか纏めとかをしていた訳じゃなくて、自分自身で妖怪や伝説を作り上げようとしていたの」
「奇特な人ですね。小説家でもしていればよかったのに」
鈴の皮肉に女は笑みを溢す。
「そうね。でも祖父の試みは成功してしまったの。幽霊が出そうな屋敷に、泊まった人間が殺し合う怪談を聞かせて男女数名を泊めさせたら、本当に殺し合いが起こってしまったり。架空の妖怪伝説をでっち上げて、そこに人を集めて暮らさせたら本当にその妖怪を見たと主張する人が現れたり」
「それって心理学で説明できません? あまり詳しくないですけど、シュミラクラ効果とか」
三つの点があれば人は顔と認識してしまうシュミラクラ効果を引き合いに出し、鈴は反論する。
「へぇ、良く知ってるわね。確かに一般的な幽霊の目撃証言のほとんどは、シュミラクラ効果と不気味な谷と、後は心神喪失状態での幻覚作用で説明がつくわ。ああ、不気味な谷って知ってる? 人は人に近いけれども少し違う物に嫌悪感を抱くって話」
「知らないし興味もありません」
「そう? 面白い話なのだけれど、仕方が無いわね。ただ、私の祖父の研究では、どうもそれだけじゃ説明がつかない話があったのよ。神隠しの伝説をでっち上げた場所で、その話を全く知らないはずの人が神隠しにあったり、実際に怪異の姿を写真に収める事に成功したり。それで、祖父はある仮説を立てたの。この世界には物理学では説明できない、特異な現象が起こる事がある。それは人間の想像力によって具現化する。ってね」
「そんなバカな話……」
「絶対にない。とは言い切れないからこそ、私は祖父の後を継いで研究しているのよ。歌草峠の伝説も祖父がでっち上げたものの一つね。随分とほったらかしにしてたし、そろそろあそこの話題を作っておかなきゃ、せっかくの伝説が消滅してしまうから、アルバイトを雇って手入れしてたの。詳しくは私が怪談を広めるためにやってる動画サイトがあるから、そこを見て頂戴。最近はネットのお陰で作り話を広めるのが簡単で助かるわ。……中には根深知宗太郎の名前を都市伝説として広めるサイトもあって困りものだけれど」
女は動画サイトの画面を鈴に見せる。鈴は女の携帯端末には目もくれず、相手を睨みつけて話を続ける。
「じゃあ、佐里香が運んでいた箱の中身は……」
「適当なゴミを重りとして詰めておいたわ。特に霊的なものだとか、呪術的なものではないの。それでも、あの場所が祖父のお陰で”悪い場所”になっていたおかげで、色々と怪現象が起こってくれたみたい。私は小屋の地下のモニタールームで歌草峠の監視を行っていたわ。おかげで、色々と有益な映像がたっぷり取れたし、今後の方針も確立できた。あの場所ではもう一波乱興そうと考えているのだけれど、よかったらアナタも手伝ってくれないかしら? アルバイト代は弾むわよ」
「……最後に一番重要な事を聞かせてください。佐里香は何処に行ったんですか?」
あのアルバイトの最終日。歌草峠から出てきたのはこの女だけだった。それ以降、鈴は佐里香の姿を見ていない。
女は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「さあ。今でも箱を運び続けてるんじゃないかしら?」
箱を運ぶだけの簡単なお仕事 秋村 和霞 @nodoka_akimura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます