第6話~二日目と友人宅~
初出勤の翌日。佐里香は再び歌草峠を訪れていた。二日目の仕事である。
昨日と何一つ変わらないトーチカのような小屋。鍵を開けて中に入ると、昨日と同じ場所に同じ様な木製の箱がひとつ。
佐里香はこの箱がどこから運ばれてきたのか、考えることをしなかった。
一体どうして一日に一つなのか、その目的は何なのか。それを考えた所で結論は出ない。
よしんば、自分なりの結論を出したとして、それにより日当が上がるわけでもない。考えたところで意味がないのだ。
佐里香は箱を抱えて小屋を出る。二日目の仕事は一日目と比べて精神的に楽になった。この箱をどこまで運べば良いか分かっているから。
昨日と変わらない坂道を荷物を抱えて行く。しばらくして、来小禰に辿り着く。
来小禰の前には昨日置いたはずの木の箱が消えていた。それ以外に変化は無く、相変わらず古びたミニチュア神社と少し新しい木製の台があるだけだ。
木の箱を台に置くと、佐里香はそそくさとその場を立ち去った。昨日置いたあの箱は誰かが回収したのだろうか。案外、麓の小屋にあった箱は昨日運んだものと同じなのかもしれない。明日は木の箱に傷でもつけて、同一の箱かどうか確かめてみよかと考えたが、何かを探る行為は禁則事項に抵触する恐れがあると考え諦める。
歌草峠を下る最中、ふと違和感を感じて振り返る。佐里香は思わず、「あっ」と言葉を漏らす。
坂を登り切った先から、誰かがこちらを見ている。距離があって向こうの人相は分からない。日の光の加減もあり、黒い影法師のようにも見える。
佐里香は不気味に思いつつ、その影法師を無視して坂を下る。禁則事項には、誰かと会っても言葉を交わしてはならないとあった。幸い、その影法師は立ち止まったままのようだし、このまま関わらないでいるのが賢明だろう。
無事に坂を下り切り、最後に小屋の施錠を確認して帰路につく。そういえば、私はいつ小屋に鍵をかけただろうか?
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「と、まあ例のバイトはそんな感じね」
アルバイトの帰りに、鈴の下宿先に立ち寄った佐里香は差し入れのアイスを自分で食べながら語る。一応、携帯電話を借りたお礼と、神経質な鈴の事だから心配しているのではないかと考えて顔を出したのだ。
「ねえ、やっぱりヤバくない? 絶対に何かおかしいよ」
「まあ、そうよね。でも、不気味なだけで実害は無いし」
「いやいや、どう考えてもこれから実害が出てくるやつでしょ」
鈴に心配をかけたくないという思いで事実をありのままに伝えたが、どうやら彼女には逆効果だったらしい。
「でもお給料は高いわよ。変な事されるわけでもないし」
「十分変な事させられてるわよ。何なの、そのB級ホラー映画みたいな話。というか、どうしてそんなに佐里香は冷静なのさ。もしかして私の事をおちょくってる?」
信じられないのも無理はない。佐里香自身、あまりに突飛な状況に感覚がマヒしつつあるのだろうか。
「おちょくっては無いけど……」
「仮に佐里香の話が本当だったら、明日からその峠に行くのは止めてよ。意味の分からない事には関わらないに越したことは無いわ」
「大丈夫だって。急に止めたら迷惑をかけるかもしれないし」
別にプロ意識という訳ではないが、一度引き受けた仕事を途中で投げ出すのは人としてやってはいけない事のように思えた。
「でも、気づいていないだけで、実は犯罪の片棒を担がされているんじゃ……」
「これのどこに犯罪の要素があるのよ。不法投棄とか?」
「うーん」
鈴は返す言葉が無くなり黙る。その手に持っていたアイスが溶け、雫がぽたぽたとテーブルに落ちる。
「それじゃあ、そろそろ帰るわね」
「あっ、待ってよ。もし何かあったら、バイトで渡されたっていう携帯から電話かけてきて。夜中でも授業中でも関係なく飛んでいくから」
「ありがとう。鈴の携帯の番号、登録しても……」
「あー、それはなんか呪われそうで怖いから止めて」
鈴は苦笑いをしながら、佐里香が玄関から出ていくのを見送った。
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