第9話~五日目の後は友の家にて~


 五日目の仕事は特に問題もなく滞りなく終わった。来小禰の周囲を探る様な真似はしなかったし、箱や小屋に関わるのも最低限に抑えた。


 ただ、一つだけ気がかりだったは、例の木の箱のサイズが変わったのだ。昨日までに比べて、長さが半分ぐらいに縮み、代わりに重さが幾分か重くなった。


 この箱の中身は毎日変わっているのだろうか。来小禰に運んだ箱が麓の小屋に戻され、使い回されているのではないかと考えたこともあった。しかし、どうやらそれは思い違いらしい。


 新しい箱の重さに四苦八苦しながら箱を小屋の外に運び出す。歌草峠の坂に差し掛かると、一旦箱を下ろして少し休憩する。この調子で重くなり続けると、最終日には運びきれるだろうかと不安になる。


 佐里香は箱を置いたすぐ傍に人の頭蓋骨程度の大きさの岩を見つける。この岩を持ち上げ、箱に叩きつけたなら、きっと木の板を破壊して中身を確認する事ができるだろう。


もしその中身を確認したなら、私はどうなるだろうか。きっとアルバイト代は支払われない。もしかすると、器物破損で訴えられ、警察に捕まるかもしれない。いや、中身次第では器物破損では済まない罪状が叩き付けられる可能性もある。


「……やめよう。仕事しよ」


 自身の内から湧いて出た悪魔のささやきを理性を押さえつけ、佐里香は再び箱を運ぶ。


 その日の仕事はそれ以外に問題は起こらなかった。来小禰の周辺には不審者が出る事もなかったし、仕事を終えたら即座にその場から離れた為、箱の不自然な消失に立ち会う事も無かった。


 いつも通り小屋の施錠を確認して、帰路へと着いた。


------------------


「ねえ、佐里香さあ。本当に大丈夫なの?」


 仕事を終えた佐里香は、その足で鈴の下宿先へと立ち寄っていた。


「大丈夫。変わった事といえばさっき話した通りよ。特に実害は無いし」


「いやいや、実害が無いって言っても絶対変だよ。変な男が出てきたり、だんだん箱が重くなったり、急に箱が消えたり。それに、何かを調べる事を禁止してるのも怪しいって」


「まあ、確かにね」


 確かに何もかもがおかしいアルバイトだとは思う。しかし、佐里香としては毎日の事となっており、少しばかり慣れを感じてしまうところもあった。その慣れを持ち合わせていない鈴にとっては、奇異と感じる度合いが違うらしい。


「ねえ、佐里香は箱の中身って何だと思うの?」


 鈴に尋ねられ、佐里香は考える。箱の中身について、探りたいという欲求は募り続けていたが、それが何であるかを具体的に考えた事はなかった。


「運ぶ人に知られちゃいけないものでしょ。それに、運んですぐに回収されるってなると……怪しい薬とか?」


「それは絶対に違うと思う。だって話に聞く箱に収まる量を日本で精製するのは難しいと思うし、そんな短距離をわざわざアルバイトを雇って運ばせる意味が分からない。そもそも、薬の取引なら、その小屋を受け渡し場所にすればいいじゃない」


 確かにと佐里香は納得する。


「それじゃあ……人の死体とか?」


「ばらばらにした死体が箱に収められているって? 一体何のためにそんなものを運ばせるのよ」


 自分から箱の中身が何であるかを聞く割には、随分と文句が多い。


「理由……あの来小禰って場所が生贄を捧げる祭壇とか?」


 鈴が紅茶を口に運ぶ手を止める。佐里香自身、自分の言葉に恐ろしさを感じ、発言した事を後悔する。


「いや、それは可能性が低いかも。だって、佐里香が運ぶのは八日間なんでしょ?」


「えっ、そうだけど……」


「ちょっと引くかもだけど、もし佐里香がバラバラ死体を何回かに分けて運ぶなら、どういう風に解体する?」


 急に恐ろしい事を言いだすと思ったが、佐里香は真面目に考える。


「ええっと、まず腕と足でしょ。あと胴体と頭……六回かな?」


 思えば最初に運んでいた箱は、ちょうど佐里香の腕ぐらいの大きさだった。その事実に、腕にぞわぞわと毛が沸き立つのを感じる。


「ええ。胴体は重いから、二つに分けましょうか。それでも七回よ。回数が合わないの」


「ちょっと待って。じゃあ胴体を三等分にしたなら……」


「ううん。その線も薄い。だって佐里香が運ぶ箱は段々と重くなっているんでしょう? 胴体を三等分したのなら、その重さは軽くなる」


「で、でも、最初に運んだのが三等分にされた胴体だったら?」


「最初に運んだ箱よりも、今日運んだ箱の方が長さが短かったんでしょ? なら最初に運んだのが胴体っていうのはおかしくない?」


 初日に運んだものが三等分にされた胴体ならば、今日運んだものが腕か足になり、長さ関係で矛盾する。しかし、初日に運んだものが腕か足ならば、日数てきな矛盾が生じる。つまり鈴はそういう事が言いたいのだろう。


「ありがとう。ちょっと気が楽になったわ」


「根本的な解決にはなってないけどね。早く止めちゃいなさいよ」


 鈴にはそう言われたが、佐里香は今更止める気などありはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る