第4話~トーチカのような小屋~


 歌草峠は佐里香の通う大学の最寄り駅から電車で三十分ほど行き、更に徒歩で十五分ほど行った所にあった。


 大学の共用パソコンからインターネット上の地図アプリで名前を検索した際に出てきたのがこの場所だった。名前以外には情報は無く、観光地化しているような場所という訳ではなさそうだ。現に目の前には手入れの行き届いていない雑草が伸び放題の広場と、更に奥に続く獣道のような坂があるだけで看板一つ無い。のどかな風景と言えなくもないが、中途半端に人の開拓した痕が残っているためか、妙な案配の明暗が場を支配しており、どことなく不安を覚える。


 では、なぜここが目的地かと分かったのか。それは、指示書に書いてあった小屋と思わしき建物を見つけたからだ。


 窓一つ無い、コンクリートブロックを積み上げて作ったような、小さな小屋。観光地で時折見かける古い公衆トイレのような簡素な建物だが、妙な重々しさを感じる。何かの図解で見た、トーチカとか言う建物に似た印象を受ける。


 そして、コンクリート壁に釣り合うような重々しい引き戸の扉には、いっちょ前に鍵穴があった。


 腕時計に目をやると、ちょうど時間は十四時二十八分だった。佐里香はため息をつきつつ、その鍵穴に鍵を差し込む。結局あの日以降、根深知宗太郎と連絡が付くことは無かった。怪しさ満点のこんな仕事、もうバックレてしまおうかとも考えたが、携帯端末と鍵を受け取ってしまった以上、何も言わずに失踪するのは気が引けた。何より、佐里香は至急金が必要なのだ。たった八日間働くだけで、新しい携帯端末を購入できるどころか当面の間、遊びに困らない大金が得られる。結局、天秤はこの歌草峠に来る選択の方へ傾いた。


 小屋の周囲に人の気配は無い。根深知宗太郎はやはり姿を表さないのだろうか。


 鍵を開け扉を開ける。外見からある程度予測はついたが、中は家具一つ無い殺風景な場所だった。


 そして、四方をコンクリートで囲われた部屋の中心には木製の箱が一つ置かれていた。


 あまりにも強烈な違和感に目が眩む。仕事の内容を読んだだけでも相当に不信なものだったが、ここまで来るともはや怪談や都市伝説の類だ。


 佐里香は全身が粟立つのを感じて、思わず後退る。やっぱり辞めてしまおう。このまま家に帰ろう。お金は別の方法で何とかしよう。


 ピピピ。と電子音のベルが鳴り、ポケットに振動が走る。驚いて声を漏らすが、例の旧式の携帯端末に着信が有ったのだとすぐに思い至り、慌てて取り出し通話ボタンを押す。


「はい、もしもし」


 自分は何をやっているのかと片手で頭を抑える。今まさに帰ろうとしていた所じゃないか。


「もしもし。城島佐里香様ですね。お時間になりましたが、歌草峠には到着されましたでしょうか?」


 いつもの女性の声だった。淡々と喋るこの女性は根深知宗太郎とどのような関係なのだろうか。


「は、はいっ! もう小屋の中に入りました!」


 佐里香は慌てながらも、自分の状況を説明する。


「木製の箱は確認できますか?」


「確認できます!」


「そう、良かった。ではそれを運んでください。小屋から出て右手に上り坂が見えるはずですので、その坂を五分ほど登った所にあるココネまで運んでください」


 ココネと言われ何のことかと考えたが、すぐに来小禰ここねのことだと思い至る。


「あの、一つ質問してもいいですか?」


「はい、お伺いします」


 佐里香はてっきり質問は受け付けて貰えないと思っていたが、意外にも常識的な対応をされる。


 ならば、聞くことは一つだ。


「これって何を目的にしているんですか?」


 しばらくの間、電話の女は無言だった。しかし、唐突に冷たい声で言い放たれる。


「以上ですか? では仕事に取りかかってください」


 通話が切れて、佐里香は呆気にとられる。確かに、伺うとしか言われておらず、答えるとは言っていなかった。それでも、今の流れならアルバイトの目的を教えてくれても良いではないか。


 同時に佐里香は確信する。やはり、このアルバイトは目的を言えない、ヤバいものなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る