愛別莉久(中)

莉久は、病院帰りに図書館によった。

あまり、居られないが少しでも家に帰る時間を遅くしたかった。

そのついでに図書館のパソコンで調べ物をしていた。パソコンクラブに入っていたから、パソコンは得意だった。

カタカタと、キーボードを打ち込む音が絶え間なく響く。

「死にたい、殺して」と言っていた母親の為に、調べていた。その中で一つ、気になる記事を見つけた。

「自殺屋さん……」

サイトの記事に書かれていた電話番号をノートにメモして、ページをちぎる。

(確か、公衆電話が図書館の裏にあったな…)

館内BGMが蛍の光になっている。そろそろ閉館だ。

莉久は急いでカバンを持って図書館を出る。

外に出ると、小雨が降っていた。

しとしとした雨は、やけに湿気を帯びていて、少しだけ息がしずらかった。

図書館の裏手に回って公衆電話を見つけて足を速める。

電話ボックスの脇に転がっている、毛玉か何かが視界の隅に入った。それが何だか、分かってくると、足がだんだんゆっくりとなって足が止まる。

「『猫吾郎』……」

三毛猫の死体が電話ボックスの傍らに転がっていた。薄青緑のリボンをつけている三毛猫は一匹だけだ。だって、このリボンは、莉久が図画工作の授業で余ったリボンを『猫吾郎』にあげたものだから。

ゆっくりと近づいて、ボロボロの猫の死体に膝を下ろす。

よく見れば、脚の骨がおられてて、肋の当たりがひどく変形している。おそらく、バットの様な物で殴られたのだろう。きゅるんっとした猫吾郎の可愛らしいお目目は、頭の変形によって片方潰れていた。

(猫吾郎……)

上手く現実が受け入れられなかった。

頭によぎるのは猫吾郎との記憶。

あの日は晴れてた。強い日差しに耐えられなくて眩しくて、目が痛かった。

『にゃ〜』

あの時は一人ぼっちで苦しくて…。

『君も一人のです?私も、一緒のひとりぼっちのです…』

『にゃー』

無意識に出ていた涙を猫吾郎は舐める。

『ふふっ、くすぐったい!きゃははっ!』

ペロッペロッと、顔を沢山舐める猫を撫でて、コンクリートの上に寝っ転がって、持ち上げる。

『にゃー』

『ふふっ…じゃあ、君は猫吾郎ね!』

『にゃー』

ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ。

「猫吾郎…」

雨が……強くなる。

水が……猫吾郎をいじめる。

猫吾郎は…動かない…。お腹がへこんで、頭がへこんで、死んでいる。

「ちょっと…待っててね」

電話ボックスの中に入り、受話器を取って電話をかける。古めかしいボタンを「090-444444-83」と強く押して、受話器がなる。受話器の奥で、ガチャっとノイズに近い機械音がした。

「もしも〜し!『自殺屋』でぇーーーすぅ!」

うるさく電話ボックスを叩く雨粒の音とは真逆に、明るい声が聞こえる。男性の様だ。

「お母さんを…」

「はい?」

「お母さんを、殺してあげてくださいのです。良く、辛そうに泣いているのです」

「ふむふむ…なるほどぉ〜!分かりました!検討します!」

「うん…」

莉久は、電話を切って、見えない雨粒に殴られる。猫吾郎を抱き抱えて、走ることも無く、濡れるのもお構い無しに歩く。

傘なんてささない。

傘をさす腕も、傘を傾けてくれる大人なんて居ない。

猫吾郎の亡骸だけでいっぱいいっぱいだ。持っているバックがやけに重くて体が重くて、雨が目に入っているのか、涙で滲んでいるのかよく分からない。

(悲しい、なんて思わないのです…)

だって、思ったら苦しくなるから。思ったら、前へへ進めない。思ってしまったら……捨てられたら…私は、………………どうなるんだろう?

猫吾郎が冷たい。

寒い。

なんでこうなったの?

昔は幸せだった。


『今日の遊園地は楽しいかった?』


『うん!楽しかった!また来たい!』


『嗚呼、そうだ。お父さんも、また来たいな』


『あい!パパとママと、莉久ちゃんで来る!のです!』


『も〜、すぐにキャラクターの真似をするんだから…』


幸せだった筈なのに…

お母さんが病気になったのが悪いの?

お父さんが浮気したのが悪いの?

誰が猫吾郎を殺したの?

頭がぐちゃぐちゃになって、澱んでいく。

仄暗い地獄に突き落とされてしまえば、小さな体では絶対に太刀打ちが出来ない。

ずっと、地獄の中でもがいてきた…でも、もう…もう………ちょっと疲れた。息をするために、足掻くのが疲れた…。

カチカチと点滅する電信柱のライトの下に足を止めて、うずくまってしまう。膝を着いて、下を向いてしまう。

「…誰か……誰か…助けて…」

誰にも届かないってわかってる。分かってる。神様が居ないのだって…私は知ってる。

「やぁーと、見つけた!ンも〜もう少し、待ってくれたらすぐに来れたんですけどねぇ…」

明るい声と共に、冷たく体を打っていた雨が止み、雨音が響く。

顔を上げれば、パーマをかけた黒髪マッシュに、ブロンズメガネをかけた、縦線セーターを着た爽やかな好青年が前に座っていた。

「初めまして、『自殺屋』です。とりあえず、風邪引きますから、どこか建物に…」

好青年は、莉久の抱き抱えている猫吾郎の遺体を見て、困ったように微笑んだ。

「まずは、その子を埋めてあげましょうか…」

「庭に…埋めてあげたい…私の家の…庭に…埋めたいのです…家族として…そうして、あげたいのに…疲れちゃったのです…」

「なるほど!では……」

「キャッ!」

自殺屋は、莉久を抱き上げ、お姫様抱っこをした。

「コレで送れば、解決ですね!あ、傘持てます?」

「…うん」

「ありがとうございます」

自殺屋は莉久の家に来て驚いた。家には明かりが着いていない。誰も居ない。

「下ろしてほしいのです」

そう言われ、自殺屋は莉久を下ろすと、玄関の門から庭に走り、奥にあった倉庫を開けると、母親がガーデニングに使っていた、スコップを取り出す。庭の芝生の無い場所にスコップを立てて、猫吾郎を埋める穴を掘る。

何度も、何度も、土にスコップを刺す。それは恨みを込めているのか、苦しそうに穴を掘る。

ざくり、ざくり、ざくり、土にスコップを立てる度に、莉久自身の心を殺す。自分の死体の穴を掘るように…。

「それぐらいでいいと思いますよ。莉久さん」

そう言って、自殺屋は泥だらけの莉久の手を掴む。

「そう…のですね……」

猫吾郎の亡骸を掘った穴に入れる。土をスコップで入れようとする莉久に優しく微笑んで言う。

「最初は手でかけてあげた方がいいかもしれませんね」

「わかったのです」

莉久が泥になった土をかけると、自殺屋も、優しく泥をかける。

完全に埋めて、手の泥を払う自殺屋。

「これで、大丈夫っと。莉久ちゃん、雨も強くなって来たし、家の中に入ろ?ね?」

その言葉にボロボロな莉久は頷く。


………


自殺屋は泥で汚れた手を洗わせて貰っていた。

かりたタオルで手と頭の雨を軽く拭き取りながら、ニコニコした顔を莉久に向ける。

「いや〜すみませんね〜。借りちゃって〜」

「…」

莉久は喋らない。

莉久は無言で服を脱ぎ始める。流石の自殺屋もギョッとして、背中を向ける。だが、一般家庭の洗面台はお風呂場の脱衣所込みで作られている。自殺屋が背中を向けても、目の前にある洗面台の大きな鏡が莉久の細く白い体を映していた。自殺屋はため息をついてから目をつぶる。

「自殺屋さん」

「なんです?見てませんよ?目をつぶってますから」

「私がお風呂から出ても居て欲しいのです」

「わかりました。さっさとお風呂入って来なさい。体冷えますよ。ちゃんと温まってから出るんですよ?ちゃんと僕、居るので。逃げも隠れもしません。家の中に絶対に居ます。約束します」

「ゆびきりげんまん……」

「それはちょっと…」

自殺屋は莉久をお風呂場に詰め込んでから、家の中を散策する。

住宅街の中にある一軒家の大きさは一世帯が住むには十分だが、小学生の子供が一人で居るには広すぎる。

自殺屋は夫婦の寝室と思われる部屋には入って中を散策する。キングベッドのサイドテーブルには女性物の化粧品と鏡、使いかけのクレンジングシートがあった。

(そういえば、洗面台に乳液と化粧水があったな…)

ベッドライトの横に伏せて置いてある写真立てを見れば、楽しそうな家族写真があった。背景の観覧車や、ジェットコースターを見るに遊園地だろう。

「はぁ…」

思わずため息が出る。見惚れたとかそんな素敵な理由じゃない。呆れたため息だ。

テーブルに置いてある使いかけの化粧品を見る限り、相当化粧品に情熱がるように見える。けれど、写真の母親は、一切化粧をして居ない。

それだけで、この化粧品が母親のものでは無いと分かる。

部屋の散策を止め、奥の部屋を開ける。隣の部屋は荷物置きだった。

奥の部屋は、莉久の部屋だった。ぐちゃぐちゃに汚れていて、ノートや教科書、学校の道具や服が散乱していた。その中で、机の上に、アルバムが開いておいていた。

アルバムの中の家族は理想的と言えるほど、幸せでみんな笑っていた。少なくとも、その中の一人娘は誰よりも幸せそうに、年相応に、泣いて笑っている。怒っている姿すらも写真に収めて、母親に慰めてもらっている。

このアルバムの中には、小さな神様があった。

悲しいくて残酷な神様。

「見ないでのです!」

後ろからの怒鳴り声が聞こえたと思ったら、自殺屋の腰の辺りに衝撃が走り、子供の強い力でボカボカと自殺屋を殴る。

「要らないのです!燃やす為に置いてあるのです!見ないで欲しいのです!なんの意味も!価値も無いのです!」

「…そうですか。すみません」

「お部屋に!入らないで欲しいのです!」

「分かりました。出ますから、殴るのやめてください…」

「じゃあ、抱っこ」

「え、ここ家ですよ?必要……」

聞き返せば、涙目になってもっと強く叩く。

「抱っこ!」

「はい…」

言われるままに抱き上げて、リビングに戻ると、タオルを差し出されて、髪を拭かされている。

(なんで僕がこんなことを…)

「………………ごめんなさい」

「ん?」

「ワガママを人に言っちゃいけないのは分ってるのです。それでも、今は………難しいのです。上手く、制御出来ないのです…」

『ごめんね…甘えちゃ、ダメなのに…上手く行かないや……』

自殺屋の脳裏によぎる声に、ため息をついた。

あ《・》の《・》も、莉久と同じように、不器用ないつも不器用に作り笑顔を必死にしていた。ガーゼと包帯だらけの体で、いつも怖がる体を黄色いカーディガンで隠していた。

(全く…人間って奴は、こうも不器用なのか……)

目の前のタオルに包まれた、小さな頭を自殺屋はわしゃわしゃと撫でる。

「良いでしょう!僕は大人で、お兄さんですから!じゃーーーーーんっと!甘えて来なさい!」

「お兄ちゃん?」

「はい!可愛い系の爽やかお兄さんです!」

「………頭、乾かして…いっぱい、撫でてて…甘やかすのです!」

自殺屋は困った様に笑う。

「あはは…仰せのままに、お姫様」

「のです!」

それから、莉久姫のおおせのままに自殺屋は振舞った。ご飯を作ったり、映画を一緒に見たり…その間、莉久は本当にわがままだった。

「手作りがいいのです!唐揚げ!作りたてがいいのです!」

とか。

出てきたのは焦げ焦げの唐揚げだけど……。

「この映画を見たいのです!絶対に譲れないのです!」

とか。本当にわがままばかり。全く、子供らしくてしょうがない。

数本の映画を見たあたりで、莉久はうとうとし始める。自殺屋は隣で莉久に寄りかかられている。

「莉久ちゃん、寝るなら部屋で…」

フカフカなソファーで、自殺屋に肩を揺さぶられると、莉久は自殺屋の細くて硬い腰を掴んで、頭を擦り付ける。

「んーんー!寝たら、自殺屋さんが逃げちゃう」

「逃げませんよ…」

「自殺屋さん、が消えちゃう」

「消えません」

「嘘…」

「ほんと」

「夢なのです」

「現実だよ」

「あのお姉ちゃんみたいに、居なくなっちゃうのです。『黄色いカーディガンのお姉ちゃん』みたいに、居なくなって、消えちゃうのです。猫吾郎もいなくなって、夢が消えちゃうのは嫌なのです。優しい人は、みんな、居なくなって欲しくないのです…」

「…」

「分かってるのです…一番叶わないがままだって…みんな、優しいままがいい…ママも、パパも…」

自殺屋は莉久にブランケットをかけて、背中を一定のリズムで優しく叩く。それは、莉久に抗いがたいまどろみを誘うには、十分だった。

「むぅ…お姉ちゃん…どこへ行ったのでしょうか……優しくて、綺麗なお姉ちゃん……いつの間にか……消えちゃった…」

「…」

「昔は……幸せ……だった……お母さんは、ずぅうっと、優しくて…叱ってるのに、怖くない人だったのです……お父さんも、厳しくて…時々怒るとこわい人だった……でも、それ以外は、不器用で、ケーキとかしか私の好きな物しらなくて……」

「……」

「全然……違う二人でも…好きなのは……変わらなくて……ぐちゃぐちゃで…むぅ……すぅ…すぅ……すぅ……」

自殺屋は莉久が寝付いたのを確認してから、クッションで枕を作り、莉久の部屋から掛け布団を持ってきてブランケットとと変えてやる。テレビの電源を切ってから、家を出る。

少し歩いたところの広めの公園に着く。

一人がギリギリ視認できるぐらいの暗闇の中で自殺屋は苛立った、低い、冷たい声で虚空に向かって話しかける。

「おい。いつまで見てんだ」

「あははっ!やっぱり気づいてたんだ〜」

街灯の上に地雷ファッションの少女が蜃気楼のように浮かび上がる。

「当たり前だ」

自殺屋は明らかに苛立っている。

「そんなに怒らないでよ〜。私も驚いてるんだから〜」

「……」

「言っとくけど、私はメールされたから来てるだけよ?じゃなきゃ、あんな雑魚は相手にしないもの」

「母親か…あの女……」

雨の小雨は、霧雨となって、溺れるように息をしずらくする。

「そうだよ。あの子を殺せってね。どんな子供かと、思ってみてれば……何よ。殺すべきなのは母親じゃない」

「…。待て。あの子の……莉久の事。に任せて貰えないか?」

「嫌よ。手遅れになる前に、私が母親を殺す。だって、そうじゃないと、莉久が壊れる。母親があの子を殺す様なんて、私は見たくない。莉久を死なすなんてしたくない」

「わかってる。でもそれは、最終手段としても、俺に出来る……」

自殺屋の目の前の霧雨が切れた。とっさに避けた足元には他殺屋の炎を纏った大鎌が突き刺さっている。

「くどい!!!!」

自殺屋は数歩、後ろに下がって身構えると、他殺屋のゾッとするような空気に自殺屋は息を飲んだ。

「っ……!お前の言いたいことも、やりたい事も、理解は出来る。だが、もう少し、俺に時間をくれ」

他殺屋の大きい目が、自殺屋を映した。

「時間?それが無いから、私達は殺してるんじゃないの?」

「…っ、でも、母親の事は、莉久に選択させてあげたい!莉久が決めなくちゃ!行けない気がするんだ……じゃなきゃ、莉久が前に進めない!」

「だ・か・ら!!!それじゃ遅いって言ってんのよ!莉久はま《・》だ《・》平気でも!母親は違う!!」

「っ!母親は、病院にいる筈だ!まだ……」

「あ゙ーーーっ!アンタは何も理解してない!ああいう時、あぁいう親は、簡単に子供を殺すんだよ!自分が、死ぬ為に、自分の為に!感情で殺せるんだよ!被害者ズラして!」

他殺屋の大鎌は一度ふれば、石畳の地面と霧雨を切り裂き、軌跡を付ける。人間がその斬撃に触れれば簡単に触れた部位が切り落とされてしまうだろう。

「……っ!」

自殺屋も大鎌を出して、他殺屋の鎌を受け止める。

ガキンッ!

と、火花が散って、二人の腕の神経が痺れる。

「そうやって!なでもかんでも殺して解決しようとするのを止めろ!クソガキ!」

自殺屋が青筋を立てて、他殺屋を跳ね飛ばす。

他殺屋は水飛沫を上げながら後ろに滑る。二人のずぶ濡れの服はお互い重くなって服から雨水が落ちる。

「あ゙?!」

自殺屋の言葉にさらに怒りを覚えて大鎌を握りしめ、怒号を飛ばす。

「そうやって、悠長な事を言ってるから!は《・》ん《・》だ《・》ん《・》だ《・》!」

感情のままに他殺屋が叫ぶと、他殺屋が消えた。

自殺屋の眼鏡から落ちた雫が切れ、すぐに後ろに体を倒した。

(しまった!後ろっ!)

自殺屋の後ろから現れた他殺屋の一撃を自殺屋はギリギリで受け止めた。

「っ!」

自殺屋の頬から一筋の血が流れる。

他殺屋の大鎌は自殺屋の頬骨の上を綺麗な一線に肉を抉っていた。

「ねぇ、どうして?なんで?裁かれるために殺すの?自分が死ぬ為に殺すの?裁かれるために殺された命は、なんの価値も無いの?ねぇ!そんな身勝手が許される訳ないじゃない!」

他殺屋の感情に任せた鎌に重みがかかる。

「他殺屋……っ」

「簡単に殺せて、確実に死刑にかるから…なんで殺されなくちゃ行けなかったの?なんで誰も助けてくれないの!可哀想じゃ無くて、助けてよ!殺される前に殺さないと、何の意味も無いじゃない!誰も守れないじゃない!身勝手なモンスターは殺すべきよ!害獣を殺して何が悪い!一人で死ぬつもりがないやつはみんな殺すべきよ!」

自殺屋は、彼女の言葉を否定するべきである。

他殺屋こそ、自殺屋の正反対の死神であり、自殺屋を否定する死神なのだから。

けれど、自殺屋にはそれが出来なかった。したく無かった。

だって、彼女自身が一番の被害者だったから。


自殺・・し《・》た《・》自分・・には、さ《・》れ《・》た《・》人間・・の気持ちは分からない』


底知れない憎しみが、分からない。それでも、だからこそ……

「クソガキ……っ!いい加減に……っ!しろっ!」

素早く振った自殺屋の大鎌が、他殺屋の体を通り抜けた。胸元当たりを通り過ぎると、他殺屋はその場に崩れ落ちる様に転がった。

「っ!……クソ……最悪!」

(怒りの感情だけ、切られた!)

「落ち着け。クソガキ」

他殺屋は涙目で自殺屋を見上げ、恨めしそうに睨みつける。

「ゔ〜〜〜〜〜〜っ!暴力!虐待!訴えてやる!訴訟起こしてやる!乙女の心を切るなんて!最低!」

「はぁ、他殺屋。は、莉久に母親を自殺させて欲しい、と言われて彼女の前に姿を見せてる。彼女が本当にそう望むなら、そうする。だから、少しだけでいい。俺に任せてくれないか?俺は、莉久に呼ばれた」

他殺屋は立ち上がると、地雷服を絞りながら言う。

「分かった。でも、あの子に危害が及んだら、即刻その相手を殺す。私だって、友達を失いたくないの」

「分かった。それでいい」

他殺屋は完全に納得をしていないように見えたが、悔しそうな、泣きそうな顔を背けて消えて行った。

莉久の家に戻っても、流石に濡れ鼠の状態で家に上がる訳にも行かないので、玄関で一晩中立つことにした。

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