糠星蓮 「上」

大っ嫌い。

弱い奴が嫌い。強いやつが嫌い。群れるやつが嫌い。学校が嫌い。教師が嫌い。人間が嫌い。

病気の奴が嫌い。心の病気の奴が嫌い。庇う奴が嫌い。被害者ズラをしているやつが嫌い。加害者の自覚のない頭が回らないやつが嫌い。

いじめる奴が嫌い。中途半端な加担者が嫌い。傍観者が嫌い。

一番嫌いなのは…虐められてる奴だ。

私、糠星ぬかぼしはすは……

虐められてるやつが、一番大っっ嫌い!

眼鏡にボブヘアー、教室を見回しただけでクラスメイトが脅えるほど、目付きが悪く、居るだけでその場が静寂と異様な冷気に包まれる。

いつも教室の席で分厚い本を読んでいる。彼女の剣呑な目つきは本を読んでいても隠せるものではない。絶対に要らない天性の才能である。

それが糠星蓮という少女であった。

「糠星さーん!一緒に帰ろ?」

教室で話しかけてくるのは、クラスの人気者で明るい、戸塚とつか深冬みふゆだ。中学生から、雑誌でモデルをして、基本、ナチュラルメイクの顔は元気っ子だ。笑顔がとても似合う少女であり、率先して何かをするタイプだ。それゆえ、クラスメイトイコール、友達という認識を素で持っている奴だ。

最近は、『世界平和を目指す!』と、意気込んでいるらしい。

嫌われ者の私とは正反対の奴だ。

「うわ戸塚さん、また糠星さんに絡んでる…」

「やめたほうが、良いのにね」

そんな丸聞こえのヒソヒソ声を無視して、私に話しかける戸塚さん。

「駅前にカフェが出来たんだって〜。帰ったら行こうよ〜!そしてそこで、世界平和について語らない?」

「…」

私は椅子から立ち上がって、彼女を無視して教室を出た。

「ねーねー、行こーよー!そして世界の平和を願おうよ〜」

戸塚さんは当たり前のように私の後ろを着いてくる。

「鬱陶しい。なんで、あんたは私に着いてくるんの?」

正直、どうして戸塚さんが自分の評判を悪くなると分かっているのに私に付きまとうのか分からなかった。

「んえ〜?仲良くなりたいから?」

「はぁ…アホらし」

どうして、こう、毎日毎日付きまとわれると、呆れていた。

そんな毎日を過ごしていた。

新しく出来た駅前のカフェで私はパンケーキを切り分けながら、生クリームをつけて口に入れる。

「んま…」

戸塚さんは、アイスコーヒーを飲みながら話す。

「そういえば、最近都市伝説でさ、自殺屋さんってのが流行ってるんだと〜」

「へ〜。興味無い」

「みんな病んでんねーって話なんだけどさ。そこで、世界平和を目指す私は思ったわけよ。自分が自殺する時、誰かに手伝って欲しいか?って」

世界平和に関してはスルーしよう。

「ふむ。確かに…私は全く思わないね。自分の生死ぐらい自分で決めたいし……あ、いや…」

私の頭の中に過ぎったのは過去の記憶だった。

三つ編みを結んで居た頃だ。嗚咽を漏らしにながら橋の上から自分の身を投げようとした瞬間だった。

『ねぇ、止めなよ』

そう声をかけたのは、私よりも年上のセーラー服だが、ブレザーだか分からない制服の少女だった。セーラー服とブレザーの間に黄色いカーディガンを着ていた。セミロングよりも長めの茶髪がかった黒髪をハーフアップにして、儚くて、壊れそうな少女だった。

今思えば、目の前にいる戸塚の様に明るい雰囲気は纏っていたものよ、脆く、触れれば…撫でるだけでも傷つくような少女だった。

あの少女の名前はなんだったのだろうか。

白い眼帯をして、頬に大きなガーゼを付けて、足や首に包帯を巻いていた。

姿ばかりを覚えていて、どんな会話をしたのか忘れてしまった。

確か……く《・》が《・》っ《・》た《・》ん《・》だ《・》…。

なんて言ったっけ…なんて言ってたっけ…

『────、​────。』

思い出せないな……。

あまりにも腹が立って、死ぬ気が消えたんだよな…。

「……さん?ねぇねぇ、糠星さん?聞いてる?」

「ん?聞いてる聞いてる」

要らないことを思い出した。

「なんだっけ?」

「んもー!聞いてないじゃん!自殺屋さんの話。巷の都市伝説ってのは当たり前だけどさ、メリーさんと悟くんみたいに、怖い話があるわけじゃないんだよ。実際に会ったって人も居ないし…」

「居ても、自殺してるから証明できないじゃん…」

「そそ。因みに、ー都市伝説サイトには、電話番号ありますぜー?」

「あの、そもそもな前提よ?メリーさんと悟くんを知ってる前提で話をするな?知らないよ?」

「はにゃ?」

「はにゃ?じゃねーわ。知らないよ」

「マジでー?え、一般教養のホラーじゃない?」

「怖い話が一般教養であってたまるか!」

「ンも〜。こういう怖い話は日々紡がれ生まれるものだよ?しっかりチェックしとかないと!」

「嫌だわ!怖い話好きじゃないし!」

「面白いのに…」

「怖いじゃん?」

「まぁいいや。糠星さんはどう思う?自殺屋さん」

「馬鹿だみたい。アホみたい。死ぬなら勝手に死ねよ。いちいち、人に頼んな」

「びっくりするぐらい恨み言!何に対してそんなに憎しみが??」

「憎いって言うより…腹立つんだよ。死のうとしてるやって、基本が被害者ずらじゃん。そういう奴は見ててイライラする。………本当に腹が立つ」

「ふーん。何かあったの?」

「心底腹立つ事が。大体、最近の死にたいやって、あんまし信用出来無いんだよね」

「ほう?信用?何を?」

「ネットで死にたい死にたいって言って、単純に慰めて欲しいだけのバカしか居ない。と言うか、うっすっぺらいポエムを吐いてるだけで馬鹿みたい。鬱って言葉と、精神病って言葉が軽くなってる現代で、自称が診断書になっているネットで、気を引くためのファッションとした思ってない奴に腹しか立たない」

「ふーん…」

戸塚はアイスコーヒーに刺さるストローを咥えて、鋭い視線で私を見る。

「同意を求めるつもりは無い。正義感溢れる誰かにとっては?私の意見は反感しか産まないだろうし…」

「別に?なんか、『経験ある』みたいな言い方するなぁって」

「は?」

「だって、そんな言い方なんだもん。「死にたい気持ちをファッションにすんじゃねぇ」って、感じ?」

「…」

「そういうの言うやつって、一回自分で経験してるから、過去の自分を玩具にされている気分だから腹立つのかなぁ?って?」

「…」

「言った人が助けられたとして、心配されたとして、無視されたとして、罵詈雑言を浴びせられたとして、結局は、い《・》り《・》って感じ?」

きっと、私は無意識に戸塚を睨みつけている。そして、戸塚はその視線を理解した上で、私に話を続けていた。

「はぁ…痛い所を突く…それ、私以外に言ったら発狂するよ?」

「ふーん。それぐらい嫌なんだ。そう言われるの」

「当たり前だ。一番嫌いな自分を掘り出されてるなんて、気分悪い」

「そう言い返せてる時点で、相当強いね。流石流石〜」

ぱちぱちと音が鳴らない拍手をされる。

(なーんか嫌な予感…)

パンケーキの最後の一切れを食べて、席を立とうとすると、私の腕を掴む。

「そんな君に、クラス委員長からのお願いです!今不登校になっている子に会いに行こーう!」

「絶っっったい嫌だ!!」


────────


団地のアパートの一部屋。

その部屋の押し入れの中に布団をひいて、うずくまっている少女。

少女は明かりのない布団の下で、眼鏡をかけてタブレットでゲーム動画を見ている。

何かに怯えているのか、震えた指先の爪を噛んで羽毛布団の中で耳を塞ぐ。

「あぁ……死にたい…」

その呟きは、押し入れの外で怒号を飛ばしあっている両親には、届く事はなかった。

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