糠星蓮 「中」

団地の集合アパートの前。私は蹲って嫌々嘆いていた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!ちょーやだ!めっちゃヤダ!」

と駄々をこねる私に戸塚は元気にくるりと回って言う。

「そう言いながらも、ここまで着いてきてくれるなんて、糠星ちゃんやっさしー!」

「お前が騙して連れてきたんだろうが!!」


少々回想


いつも通りの放課後。帰る為に教科書を鞄に詰めていた。

「糠星さーん!最高に美味しいパンケーキあるんだけど、食べに行かない?」

「行かない。場所は聞くわ」

「え〜、口で言えないよ〜。歩けば分かる!」

「…」

「ね?ちょーおいしーから!」

確かに、戸塚が紹介するお店は全て美味しい。名店とは言えないまでも、お金があれば、通いつめたくなるようなお店ばかりだ。

「まぁ…やぶさかじゃない」

「いえーい!レッツゴー!」


回想終わり。


ふざけんな。割と楽しみにしてたのに!ちくしょう…

言っておくが、私はパンケーキだけが好きなんじゃない。ホットケーキも好きだ。パフェも好きだ。甘いもん全般(洋菓子)が好きだ。決して、SNS目当ての映える画の物が好きなのではない。大事なのは質と量と味だ。

決して見栄えがいいからでは無い!

「おーい、糠星さん?」

呼ばれてハッとする。

そして、戸塚に案内されるままに団地の中に入る。

「………それで、その不登校の子……なんだっけ、名前」

「柳澤さん。下の名前は千春ちゃん。五月から、九月の今日まで来てないって感じ。先生が逢いに来ても、断固拒否。まぁ、手紙とかでやり取りしようとしたけど、尽く失敗してるんだと。学校だと、基本的に一人で行動してるのことが多かったらしくて、みんな彼女のこと知らないのよね〜」

「ふーん。アホらし」

私は吐き捨てた。

「およ?」

「何よ」

「そう吐き捨てるということは…原因の予想が着いちゃったり?」

「違う。そいつに興味が無いだけ。

大体、私は、元いじめられっ子だったから、とか、元不登校だったから、とか。気持ちが多少分かるから。とか。そんなクソみたいな理由で、現在不登校とかの尻拭いをさせられるのが気に食わない。教師たちの気持ちを汲んで行動してやってるだけだっての…」

「愚痴が止まりませんな〜。そして痛い所を突く。先生も、大変なんだよ。お可哀想に…。悪役を被るのが教師の役目だけれど、生徒を助ける人も教師だよね」

「ふん。教師も人間だからね。理想なんて見るだけ馬鹿」

「リアリストだねぇ…いや、この場合はニヒル?」

「人間って言ってるんだよ。大体の不登校の原因は教師だ。子供が犯罪したら親の育て方が悪いっていうのと同じ。向き合っても向き合わなくても結果は同じ。だったら放って置いた方がいいって思うでしょ」

「あーそ。やっぱり、糠星さんと来て良かった」

噛み締めるように言う戸塚を私は不審に思った。あの、根明でどんな人間にも好かれる戸塚が、疲れているように見えた。

「今日は帰る?」

「いや。もう柳澤さんのご両親に話をつけちゃってるからね。行く」

「なんでそんなに行動するのよ。クラスメイトなんて、見捨てても文句は言われないわよ?」

「いやいや?言ってるでしょ?私は世界平和を目指してるって!自分の居る学校すら平和に出来ない奴に世界は無理でしょ」

「学校って……」

マジかこいつ…本気で言ってたのか…。

「まぁ、そういう事よ!」

と、親指を立ててくる。

団地の階段をのぼりきり、戸塚が『柳澤』と、表札が貼られたドアのチャイムを押す。

「はーい」

の声と共に、重そうなドアが開き、中年の女性が出てくると、よそよそしく私達を通した。

家の中はものが散らかっていて、最低限の掃除をされている状態だった。アパートの部屋はキッチンを含めて三部屋しかなくて、それぞれの部屋の仕切りは襖だった。

「千春ー!お友達が来たわよ!」

と、母親が呼びかけたのは、部屋では無く押し入れだった。

「マジかよ…」

おっと。つい、言葉遣いが悪そうになって口を手で塞ぐ。

(筋金入りの引きこもりじゃねーか。ネットしてたら確実に痛いヤツになってるじゃん)

「うるせぇなぁ!!私に友達なんか居ねぇーよ!帰れよ!クソが!!!!!」

押し入れから聞こえてきた怒号で私の考えは確信へと変わった。

「ごめんなさいね…そう言ってるから…」

と、母親はチラチラ私達を見る。私はこの時点で腸が煮えくり返りそうだった。

戸塚はいつもの笑顔を向けて、柳澤千春が居る押し入れに話しかけた。

「こんにちは。千春ちゃん。私はクラス委員長の戸塚深冬。何回か話したことあるんだけど…覚えてないかな?」

「戸塚……?」

押し入れの中から聞こえる声が弱々しく変わった。

「そう。戸塚深冬。お話出来ないかな?って思っ……」

「ああ。あのモデルやってる女。何?私の事見下しに来たわけ?」

「……え?」

戸塚は面食らった様に固まった。

「どうせ、アンタみたいな勝ち組陽キャには、私が哀れで可愛そうに見えるんでしょうね。私みたいなやつを救ったら、さぞ気持ちがいいでしょうね。自分が物語の主人公になった気分になって、私に慕われると思った?……ばっかみたい。私はお前が嫌い!大っ嫌い!出てけ!ここは私の家だ!」

(てめぇが家賃払ってるわけじゃねーだろ)

まだ私は口を塞いでおく。戸塚は、一度大きな深呼吸をして、笑顔を作る。

「えへへ…酷い評価だなぁ…。私はそんなこと思ってないよ?」

「じゃあ、私はあんたの視界に入る価値の無いゴミって事?はーん!最低!」

「そんなこと一言も…」

「ウザイウザイ!そうやって、好感度稼ぎに使ってくるのが最悪!狡賢くて、どうせ、色んな男に媚び売ってんでしょ!そんな、アニメ声みたいな猫なで声出して、嘘ついてるのが見え見えなのよ!嗚呼、それとも、先生とかと出来てんの?ハッ!どうせ、アンタは振られて、ヤリ捨てされるのがオチよ!帰れ!大っっ嫌い!お前も、先生も!大っっっっ嫌い!」

「うーん、どうしようかな…」

と、頭を悩ませる戸塚。私は後ろでほくそ笑んだ。

(大っ嫌いね……)

「戸塚、ちょっと下がってて?」

「え?うん…」

戸塚が下がったのを確認してから、襖に手をかけた。

つっかえ棒が有るのか、ビクともしなかった。だが、押し入れは二重の襖が重なっているので、片方が内側から閉じられていても、もう片方が空くのだ。

なので、普通に逆側の襖を開けて、つっかえ棒を蹴飛ばした。そして直ぐに逆側を開けた。この間三秒。

そして、下の段に居る少女の頭、元い髪を掴んで無理やり引きずり出した。

「いでででで!!」

「千春っ!!!」と、お母さんが絶叫したが、お構い無しだ。

中に居たのは、黒髪のボサボサの背が小さい奴だった。当たり前だが、身なりは何一つ整っていない、クマが酷い女生徒。きっと、何も出来ない奴なんだろうな。頭も悪くて、人と話せなくて、輪に馴染めない。ネットぐらいでしか生きれない。そんな奴なんだろう。

はっはーん。そりゃ、性格すら勝てない戸塚を妬むわな。

だがな、私の方がコイツの数千倍性格悪い。

私はソイツの顔を掴んで、無理やり、すごく不機嫌な顔をして、自分と目を合わせた。

「はぁぁぁぁ。さっきの言葉。言ってみろよ。私に」

天性の目つきの悪さは私の特権だ。舐めんな?

「ふぃ、ふぃぃぃ…ほ、ほへんははい…」

「あ?何言ってんの?聞こえないんだけど?」

「うっ、うっ!ほへんなはい…」

「泣いてねぇで、さっきの言葉言ってみろよ?私に、向かって?」

「ごべんなざぃ……っ!」

「チッ!」

「ほっべ、いだぁぁぁぁぁあい!」

「ドードー!糠星さん!落ち着こう!ちょっとやりすぎ!」

戸塚が私と柳澤の間に入る。

ボサボサの髪の隙間から見える頬が赤くなっていて、涙をパジャマの袖で拭いながらしゃくりを上げていた。

(もうちょい殴りたいな)

私の気持ちが伝わったのか、戸塚の後ろにしがみついて、泣きながら叫ぶ

「ひぃぃぃ!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい!」

「糠星さん!ドードー、ドードー!空気だけで殺しに来てる!ちょっと殺気を抑えよう!話し合いにならないから!ね?」

「チッ!」

「ひぃぃぃ」

私が舌打ちする度に怯えるのがウザイな。戸塚が慌てて私をなだめながら慌てて柳澤さんに叫ぶ

「お母さん!お茶を!お茶を下さい!あと菓子パンとか!そういう感じの甘いヤツ!下さい!」

「は、はい!」


少し間を置いて……


私達はダイニングテーブルでクッキーと、緑茶を啜っていた。

「さて!少しお話を聞こうか!千春ちゃん!」

「あ、え……あぅ…」

「ん?どうしたの?千春ちゃん」

「あ…な、なんで……私は縛られているんでしょうか?」

少し落ち着く前に、柳澤千春が何度か押入れに戻ろうとしたので、私が痺れを切らしてそばにあった紐でぐるぐる巻きにした。

「逃げるから意外何がある?」

「ひっ!そ、そうですよね!ごめんなさいごめんなさい!」

「チッ!」

「まぁまぁ……その辺に。糠星さん」

私は顔を背けてお茶を啜った。柳澤千春は苦しそうに言う。

「別に……自分の性格が悪い事ぐらい分かってます…。しょうがないじゃないですか…。小学生の頃にいじめにあって…性格がひねくれたんです。努力したって治せないんですから。しょうがないでしょう」

「そっか…」

「辛かったんです……学校行けば、いじめられて、怖くなって、ネットに逃げたら楽で…でもそれじゃダメだなって思って…何回も行動起こしても、結局トラウマは克服出来てなくて…。行けば苦しくて、過呼吸起こすようになって…。先生達に支えてもらったりしても、上手くいかなくて…。また虐められるんじゃないかって思って…。また、悪口言われたり、無視されたりしたら……もう…耐えられない…」

「ん?いじめって、悪口が基本?」

私が質問すると、柳澤千春は怯えながら答えた。

「ま、は、はい…」

「……。そう」

喉から出そうになった言葉をお茶と一緒に飲み込んだ。

(その程度のいじめで不登校なんて、幸せな奴……)

「本当に辛かったんです。私、学校に行けば、毎日笑われて、ゴミをなげつけたり、笑いものにして……私はなんにも悪いことしてないのに!アイツら、ずっと飽きずにいじめてきて!」

「今でもある訳?」

「え?いえ……誰もいない高校に進学したので……」

その言葉で私は確信した。コイツ、嫌いだ。

そして、私の格下だ。本当のいじめってやつを知らない。生ぬるい奴だ。

「そう。先に言っておくわ。私は、柳澤千春。アンタが嫌い。見ていて虫唾が走る。不幸自慢は、人から嫌われるわよ?」

「はぁ?!私は不幸自慢なんて!」

「してんだよ。アンタはずっと、自分の不幸しか見てない。怖い?苦しい?だから何?アンタの性格が悪いのは、自分の悪い所を他人のせいにしてるからでしょ?言い訳をやめて、自分の思い通りにいかせることをやめたら?全部、アンタの責任。優しくして欲しいなら、寄り添って欲しいなら、一人が嫌なら、アンタが譲歩しろ」

「してるよ!沢山したよ!」

「してねぇよ」

「してるじゃない!」

「友達居ないんだから、する相手いないじゃん」

「……っ」

「今すぐ、それ辞めないと、あんたは一生独りよ?親にすら、さっきの態度なら手遅れ」

「…」

柳澤千春は悔しそうに、涙を溜めて押し黙る。その表情は、先程の過去を話していた時より、幾分がいい表情に見えた。彼女の性格は終わっているが、救えない訳では無い。なら、まだ手は打てる。

「そして、お母さん」

「は、はい!」

突然矢印を向けられて、驚いたのか、慌てて背筋を伸ばす。

「お茶とクッキーとっても美味しかったです。失礼します。お邪魔しました」

そう言って私は席を立ってアパートの部屋を出ていった。

私の後に続いて、戸塚も部屋を出る。

「いや〜、凄いね…」

団地アパートの階段を降りながら、戸塚は私に言う。

「何が?」

「凄いなって……あんなにハッキリ言えないでしょ。普通」

「ん?まぁ……言い過ぎた自覚はしてる。けど、後悔はしてないよ」

「すごぉ…」

(私には、絶対に出来ないな…あれは)

戸塚は口に出さないが、糠星の一番尊敬するところであった。

「凄くない。アンタこそ、ちゃんと言う時は言わなくちゃ、ダメだよ」

「…」

「アンタは、引き際をしっかり見極められる。口が上手い。だからこそ、ちゃんと言わなくちゃダメ」

「そう…だね」

「……」

帰り道。戸塚との会話はほとんど無かった。

というか、私にそんな余裕は無かった。ギリギリと歯ぎしりをしながら歩いていた。

(あームカつく。ムカつくわ〜!アイツのあの態度、ムカつくわ〜!ぶち殺してやりたいわー!)

こう、こう!過去の一番嫌いな時の自分と向き合わされているみたいで、マジでなんか、こう!こう!ぶっ飛ばしてやりたくなるっ!

「ねぇ、糠星さん」

後ろを歩いている戸塚に呼び止められて、私は振り向いた。

「何?」

戸塚の顔はどこか深刻そうだった。

「柳澤さん、学校来ると思う?」

「無理だと思う」

私は即答した。そして、そのまま言葉を続けた。

「あぁ言うタイプはダメだ。自分から立ち直るつもりが無いもん。自分の問題を他人はどうこう出来ないし、アレで、行動しなかったら、アイツは終わり。諦めるべきね」

「優しくした方が良かったのかな?」

「何もしてないアンタを傷付けてるんだから、自業自得よ」

「でも、いじめられて来れない訳だし…」

「いじめられるのは不幸だとしても、立ち直らないのは、自分の責任」

「厳しいね…」

「普通」

(一つを永遠と引っ張ってたら、やっていけないもの)

私の頭に過ぎるのは、あの日、橋の上で出会った傷だらけの黄色いカーディガンを着た少女だった。

儚い少女。壊れきった少女。

『─────、─────』

あぁ、思い出せない。なんて言ったんだっけ?私はあの時、アレだけ腹が立ったのに。ムカついたのに……思い出せない。

ただ。

その言葉で、私は奮い立ったんだ。


──────


柳澤千春はボロボロ泣きながら、押し入れに篭っていた。

「うっ……うぅ…」

千春は泣きながら、スマホを手に取って、都市伝説サイトにあった『自殺屋』の電話番号に電話をかけてる。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。ピー、という発信音……」

聞こえてくるのは、機会的なアナウンスのみだった。

「はは…やっぱりね…。居るわけないのに…バカみたい…」

『全部、アンタの責任。優しくして欲しいなら、寄り添って欲しいなら、一人が嫌なら、アンタが譲歩しろ』

頭に過ぎるのは、糠星蓮の言葉。

「分かってるよ……そんな事…」

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