太宰明莉


「余命、半年です」

目の前の医者は死んだ顔で言う。

「…」

「太宰明莉さん……ご家族を……呼んでください。話は…そこからです」

「分かりました……」


「はぁ……」

我ながら、私は不幸な人生だと思うよ。

大袈裟でも何でもなくて。

自分の人生の『シアワセ』時期って、本当の両親がいた時期なんじゃない?

人生語ってるだけで、不幸自慢いわれるぐらいには不幸な人生だった。

そもそも、『太宰』って苗字が私からしたら知らない名前だ。

自分の苗字なのに知らないというのは、変かもしれないが……私の父親の再婚相手の、その再婚相手なので、まず今の家族自体誰だよになっている。

今のお母さんは私を召使いに欲しがった。

(本人がそう言ってたし、間違っては無いはず)

普通に雇えばいいのに。馬鹿だなぁ…。

お父さんも、私の体はおもちゃだ。お父さんに遊ばれるのが嫌で、触られるのが嫌で、夜な夜な布団に入ってくるのが嫌で、体を傷付けて、気持ち悪いと思ってもらうようにした。

当たり前に娯楽なんて無いから、父親から身を守る為の自傷が遊びになっていた。

体を切るとね、チクって、痛むの。

あるでしょう?痒い所を少し強く引っ掻いた時のチクッとした痛み。あれより少し強く痛むだけで、そんなに痛くない。

切った場所がミミズ腫れするのが、少し面白い。

「ゴボッ、ごホッ……」

病院のベンチで、私は力なく崩れていた。

(はぁ…世の中クソ過ぎない?)

包帯だらけの体を隠す為に暑い夏に黄色いカーディガンを着ている。

「はぁ…疲れた」

鈴蘭クラゲストラップを握ろうとして、親友に盗まれたのを思い出した。

「あぁ……無かったんだ…」

(アレ、唯一お母さんが買ってくれたやつだったんだけどなぁ…)

私は病院の屋上に出る。柵に足を乗せて、柵の外に出る。

「よし…」

「なぁ、お前は何をしてるんだ?」

後ろから男の冷たい声に振り向くと、冷たい目の男がいた。笑えば爽やかイケメンの顔なのに、真顔で朴念仁の顔面だ。

ズルっ。

あ、足が滑った。完全に滑った。

私の人生って、こんな簡単に終わるの?嘘でしょ?

まぁ、いっか。カスみたいな人生だし。

空に伸ばした手を掴まれた。

「何をやっているんだ。お前は…」

爽やかイケメン顔の無表情の男は呆れながら私を引き上げた。

「あぁ……えっと……?」

「何してるんだ。お前…自殺なんて、アホな真似早めておけ。死んで逃げても、俺みたいに人格残されるぞ。運がド級に悪ければ…な。」

そう言う男は、オールバックに鋭い瞳。話しかけずらい冷たい雰囲気を醸し出して居た。ボロボロのローブを着て、スーツなのか、舞台衣装のような服装だった。

なんというか、アニメ…いや、ゲームのキャラクターがそのまま現実に来たような。服装?衣装だった。

「そ、そうなんですか……?」

「あぁ。だから、辞めておけ。阿呆らしい……」

「でも、生きる……理由…無いです…」

「だからなんだ?産まれることに理由があると思うのか?産み死ぬは生態系の現象だ。そこに理由なんてない。あった方が馬鹿らしい。それともなんだ?お前は、産まれてくることに意味があると思ってるのか?ハッ!厨二病も程々にした方がいいぞ?自分が生まれてきた理由が欲しいなら、生きて自分で作れ。そうだなぁ……地べたを這ってでも努力とかすれば、いつかは惜しまれる命とやらになるんじゃないのか?……知らんけど」

ぽかーん。と私は固まってしまった。

なんて無責任。なんて、どっその辺で聞いたことがあるような理屈。

堂々と思って言っているのなら、なんて恥ずかしい。

けれど、そんな態度が……今の私にものすごく突き刺さった。

あぁ、そうか。

私には、そんな風に…馬鹿な事すら言ってくれる人すら居なかったのか…。

「そ、そうですか…」

「ま、それでも死ぬって言うなら、今日はやめておけ。運が悪かったと、思って、死神が居ない所で死ぬんだな」

(死神?)

柵にのって飛び降りようとする男のローブを掴んだ。

このまま行かせたら、絶対後悔する!絶対やだ!

「ま!待って!」

「ちょっ!引っ張る……うわっ!」

私が引っ張ったせいで、そのまま屋上の床に男は頭と背中を打ち付けた。

「す、すみません…」

「何だよ……いてて、俺は、ここから飛び降りても死なないぞ……いてて…」

ぶつけた後頭部を抑えながら、男は起き上がる。

「ち、違います!お、お名前!お名前聞きたいです!」

男はものすごく訝しげな顔で私を見てから、小さく冷たい声で呟いた。


「自殺屋」


と。そう言った。

「八百屋さん?」

「自・殺・屋!!!」

「自殺って売れるんですか?」

「売れるわけねぇだろ。アホか。死神には、名前が無い。だから、死因の名前で呼んでんだよ。だから俺は自殺屋。もう行っていいか?」

「あの」

「はぁ……なんだよ?」

「ここに来たら、また会えますか?」

「あ?まぁ、そうだな。意識すれば、会えるかもな」

「そうですか……。じゃあ、好きです!付き合ってください!」

「は?」

「あ、身体、傷ない方が良いとか、処女がいいとかあります?その要望には答えられませんけど、心と行動は尽くしますよ!」

「待て。色々待て。まず、喋るな。何をどう突っ込んだらいいのか分からん。頭の処理も追いつかん」

「分かりました!」

目の前の自殺屋さんは頭を抱えている。鋭い目が私を見る。

「んふふ〜!」

「はぁ……悪いが、お前のその気持ちには答えない。よく知りもしない人間に、そんな事言うのは辞めておけ。それと、少し自分の体をいたわれ」

「なんだか、おじちゃんみたいなことを言うのね」

「誰がジジイだ」

「んふふ〜。私、年上の相手は慣れてるよ?お父さんにされてるから!」

「そのクソジジイは忘れろ。殺せ」

「人殺しは犯罪だよ?」

「社会的に殺せ。生きる価値は無い」

「えへへー」

自殺屋さんは大きくため息をついてから、また柵を超えて飛び降りて去ってしまった。

「逃げられちゃった……ゴホッゴホッ!…ごホッ!」

嫌だなぁ…病気って、面倒臭いなぁ…。

死ぬ気が無くなったので、私は病院を離れて、とりあえず、猫吾郎の元へと、向かった。

お別れを言わねばならない。半年の猶予があるとはいえ、この病気が感染するものでは無いとはいえ…。

友達の莉久ちゃんは、幼い。私が居なくなって、きっとすごく泣くだろう。お別れを言えば、きっとすごく泣いちゃうだろう。彼女の家庭事情は要らないけど、多分、上手くいっていない。

「ごホッ……ゴホッゴホッ!」

きっとすぐ治るって言っても、あの子は優しくて頭が良いから、騙された振りをするんだろう。

だから、今日で会うのは最後にしよう。生きてる希望が少しでもある様に。

いつもの河川敷に行くと、そこには、先客が居た。

「あ!お姉ちゃんのです!」

可愛らしい女の子は、猫吾郎を抱き抱えて、私に駆け寄ってくる。

「莉久ちゃん…」

私は駆け寄ってきてくれた姿があまりに嬉しすぎて、猫吾郎ごと莉久ちゃんを抱きしめた。

「に゙ゃ〜!」

「ゔ〜!苦しいのです!」

「もうちょっと〜!もう二人が可愛すぎて〜!」

「元気無いのです?嫌な事があったのです?」

「うーん。少しね。でも、嬉しい事もあったよぉ」

「良かったのです!」

「莉久ちゃんは、楽しいことあった?」

「あんまり無いのです…」

「そっか〜。じゃあ、私の元気を分けてあげる~!」

「きゃ〜!」

あ〜、莉久ちゃん、温かいなぁ。守りたい。私が大人だったら、彼女を守れたのかな?こんな体じゃ無かったら、あんな家じゃ無かったら…。なんて、考えても無駄か…。守るためなら、頑張れたのかな?私…。

「いつか、お姉ちゃんと、プラネタリウムに行きたいのです」

「プラネタリウム?渋いところ行くね」

「渋いのです?私、遊園地より、プラネタリウムが好きなのです」

「星が好きなの?」

「はい!私達には見えないけど今もキラキラお星様が光っているのは、素敵なのです!」

「そうだね…知ってる?星の光って、実は何年……何百年も前の光なんだよ?」

「そうなのですか!凄いのです!」

「そう。たくさんの長い時間をかけて、私達の所に光が届くの」

「素敵なのです!」

猫吾郎を抱えながら楽しそうにする莉久ちゃん。私はその頭を撫でる。

「いつか、行こうね…」

残酷な言葉を私は言った。

それに、無邪気に、優しく楽しそうに返事をする、莉久ちゃん。

「はい!のです!」

心が苦しいぐらいに締まる。

五時のチャイムがなるまで、莉久ちゃんと過した。

(はぁ……楽しい時間はあっという間だなぁ…)

私はまだ帰らない。

(自殺屋さんにまた会いたいな〜…あ、そういえば、死のうとしてたあの子、元気にしてるかな?なんか、恋愛上手くいっかなかった子……元気にしてるといいなぁ…)

フラフラ歩いていると、会いたいと思っていた背中があった。というか、普通に歩いていた。

「普通に歩くんだ。死神って…」

軽くて首をほぐして、足首をほぐす。

アキレス腱をしっかり伸ばして、怪我に細心の注意を払う。

「よし」

私はクラウチングスタートでダッシュをきる。

「さっきぶりーーーーーーーーっ!」

私は思いっきり後ろから抱きついた。

「ぐおっ!」

流石に後ろから抱きつかれたら拒否れないね!

実質タックルなことには明莉自身は気づいていないらしい。

「お久しぶり!自殺屋さん!」

「今日、会ったばっかだろ!」

「えへへー!そうだ!、自殺屋さん、お腹すいた!食べ物ない?」

「会って早々たかるな。乞食かお前は」

「似た様なもんだよ!」

「違ぇだろ……後、歩きづらいじゃま。離せ」

「えーやだー離したら逃げるでしょ?」

「不審者に捕まってるんだから当たり前だろ」

「ンも〜こんなに可愛い女子高生に抱きつかれてる事に感謝して欲しいね!」

「絶対ヤダ」

「じゃあ、私もヤダ。おうち帰りたくないも~ん」

「ちっ…じゃあ逃げないから離せ。変に人目に付く」

私は抱きついた腰から離れて、自殺屋さんの手を握った。

「そんな変な服着てるのに、人目とか気にするんだ〜」

「うるせぇ。俺だって好きで着てる服じゃねーよ。勝手に着せ替え人形されてそのままだ」

「なるほど〜!じゃ、変えちゃお!」

「なんで??」

「洋服屋さんにレッツラゴー!」

「えぇ〜…」

私はルンルンで服屋に自殺屋さんを引っ張って行った。服屋と言っても、大手チェーン店の服屋だが。

「着ないからな?」

「なんでー!」

「お前のセンスが怖いから」

「変な格好の人にセンスの心配されてる!私、センス良いよ!」

「センス良いやつはそんな事を言わない」

「ホントだもん!いっぱいあるよ!」

「センスって、いっぱいなのか??」

「ちょと、いいかい?君達」

私と自殺屋さんの会話に知らない男性が入ってきた。

「ほれ、お前が変な挙動するから」

「変な服の人に言われたくないですー!」

「そっちの、黄色いカーディガンの子に質問いいかな?」

私?

「はい?」

「太宰さん家の女の子かい?」

その言葉に、私の喉が「カヒュッ」なって、男性は嬉しそうな顔を私に向けてきた。

「えっと……」

「そうだよね?良かったあ!覚えてないかい?この間、おうちにお邪魔した……あ、堺だよ」

堺と名乗った男性は、私の肩を抱き寄せてくる。

頭から血の気が引いて、背中に冷たい汗が伝うのが分かる。

(思い出した。コイツ……私の事……き、気持ち悪い…た、助けて…いや!離れて!声が……出ないっ!)

「体、震えてるね?寒い?」

「お前が気持ち悪いからだろクソジジイ」

男の腕をひねり揚げたのは、自殺屋さんだった。すぐに抱き寄せられて、堺から引き離された。

「あ?お前は誰だ?」

「……。恋人だ。」

だいぶ考えてからそう言った。

「あ?」

低い声で唸ると、堺は自殺屋さんの胸ぐらを掴んだ。

「お前、いつからだ?最初に狙ってたのは俺だぞ?」

「お前…、ロリコンかよ……気色悪ぃ。堂々と狙える身分だと思ってることが気色悪ぃ。現実見ろよ…」

「なんだとお前!」

「あ〜、うぜぇな」

自殺屋さんはそうつぶやくと、蜃気楼のように揺らめいて出した大きな鎌で堺を切り上げた。

堺はそのままその場に倒れてしまった。

「え、ちょっ!し、死んだ?」

「気絶だ。安心しろ、起きてもそいつにお前の記憶は無い」

「その鎌、何?」

「物理以外何でも刈る鎌。ちっ、無駄に目立ってるな。行くぞ」

自殺屋さんは私の手を引いて人混みを走る。いつの間にか手の中の鎌は消えていて、引かれる手が温かくて、私は思わず握り返す。

屋上の時も、そうだが、この人の背中を見ていると、世界が明るく見える気がするんだ。

(やっぱり…私、この人の事、好きだなぁ…)

「ここまで来れば、平気だな…」

「あ……」

簡単に手が離れてしまった。それでもまだ、手の感触が残っている。その感覚が少しむず痒くて自殺屋さんの顔が見れなかった。

「お前も大変だな。アンナのと接点持つなんて…少し同情しておく。じゃあな」

「あ!ま、待て待て!」

私はまたローブに掴んで、自殺屋さんを止める。

「なんだ?離せ」

「い、一緒に居てよ!家に帰りたく無い!」

「嫌だ。さっき俺はお前のせいで力を使う羽目になった。お前も、俺が居なければ、あいつに出くわす必要は無かった。つまり、俺とお前がいてもいいことは無い」

「そんな~!屁理屈だよ!」

「そうだ。面倒事はごめんだ。俺に二度と近づくな」

そう言って私の手を振り払う。

「…」

自殺屋さんは夜闇に消えて、私は動けなかった。

「自殺屋さん……」

「…」

自殺屋はここまで酷く振り払えば、彼女は諦めると思っていた。自殺屋自身、生前はこうして友達をなくして、一人になっていた。

だから、大多数と同じように彼女が離れる自身があった。

…………しかし、自殺屋は舐めていた。

太宰明莉という人物を。

苗字の著名人、太宰治よろしく、画家のゴッホのごとく、執着が凄い。

太宰明莉は完璧なストーカーと化したのだった。


「自っ殺っ屋さーーーーん!」

街を歩いていれば、当然のように会い。


「自殺屋さん」

病院に逃げても、当然の様に居る。

(毎日いるのはおかしいだろ…)


「自殺さーん」

人気の無い廃墟に居ると、普通に居る。

「ここ、自殺屋さんのお家?お邪魔しマース!」

「入ってくるなーっ!窓から入って来るな!」

ドアから入れというのもおかしいが、だからと言って窓枠を外して入ってくのはどうかと思う。


流石に男子トイレに隠れればいいだろ…

「自っ殺屋さーん!」

「なにぃーーー!」

当然の様に、外から窓を開けた。

「んえ〜?外から見て窓によりかかってたからいいかな?って」

「よかねぇよ!てか!外から見るな!!」

「えへへー。あ、そういえばこの後お茶しない?」

「ここで話しをするな!!!!」


自殺屋は明莉に懲り懲りしていた。それでも、どこか彼女に会うと顔が緩んでいることは、誰にも分かっていなかった。明莉にも、自殺屋本人にも。

とある学校の屋上で、のんびりしていると、下から楽しそうな女子生徒達の声がした。おもむろに下を見ると、楽しそうに何かを踏みつけて、使われなくなった焼却炉に入れている数人のグループがあった。

「あはは!晴日ちゃんって、ホントサイテー」

「え〜?そんな事ないと思うけどなぁ?」

「最低で、めっちゃ歪んでるよ?いじめの救世主の自作自演とかマジクソじゃんー?」

「え〜?そう?目的の為なら手段をいとわない。かっこよない?」

「厨二~!」

「あはは!てか、これが一番手っ取り早い。一番の大親友になるには、これぐらいのドラマがあった方が青春じゃん?」

「やば〜!まぁ、うちらは金貰えるから良いけどさ」

自殺屋は首を傾げて彼女たちを見ていた。

少女達が消えて、しばらくすると、見覚えのあるカーディガンを来た少女が焼却炉の中の物を出していた。

(アレは…)

いつも通り、使われていない焼却炉に捨てられた教科書を取り出していた明莉。

この工程に特に感情は無かった。

(いつも通り。いつも通り……)

この地獄も、もうすぐ終わる。だって、明日は終業式。今日の内にほとんど持って帰って………

明莉は後ろに気配を感じて振り返ると、いつも追い回している人が居た。

「なんで………」

自殺屋さん…

自分がどんな顔をしているか、明莉には分からない。絶望で、冷たくて、冷えて、覆い隠せて居ない。

(なんで?ここに?どうして?見られたくなかったのに………!)

いつもの作り笑顔が、上手く……作れない。

「それ、お前のなのか?」

「あ、あは…あはは…そ、そうだよ〜も〜みんな意地悪だよね〜!構って欲しいなら別のやり方があるっつーの!ってね!」

自殺屋さんの顔が見れなくて、乱暴にノートの砂を払って、ボロボロのカバンに詰め込む。上手く頭が回らない。言葉、言葉、言葉、嘘をつかなくちゃ、見られたくない。誤魔化さなくちゃ。

「そうか」

そう言って、自殺屋さんはまだ中にあったノートを取って、軽くはらって私に渡す。

「あ、ありがとう…」

「悪かった」

「…っ」

受け取る私に呟いた。

『悪かった』と。

久しぶりに、感情が切れた気がした。音もなく、ひびが、亀裂が大きく入った。

「何がですか……?何にですか!私が可哀想になりましたか?憐れみますか?可哀想な人って言って、何もしないで、私を見て自分はマシだって言うんでしょ!それとも!私よりも不幸だったって言うの!?ふざけんなよ!私だって……ぐっ………好きで……うっ………こんな事になってない!」

数年流れてなかった涙が溢れて、どこにも出さなかった感情が溢れ出た。

私が近づいて、自殺屋さんを殴る。自殺屋さんは私を跳ね除けることも無く、ただ私を受け入れた。

「うっ、…うっ……なんで、私なの!なんで!私がこんな目に会わなくちゃいけないの?何か悪いことした?私……なんで!なんで私なの!なんで……」

自殺屋さんは殴られているのに私が殴っているのに、腕を背中に回して優しく、強く、私を抱きしめた。

「うぅ……うっ…うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!ああああああああ!」

初めて、こんなに泣いたのかもしれない。

「うわああああああああ!ああああああああああああああああああああああああああああ!」

泣いたら、殴られるだけだったから。怒られるだけだったから。嘘が身についたのかもしれない。

上手く泣けてるか、分からないけど。

ねぇ、自殺屋さん……

ねぇ、私は、今、上手に泣けてる?


「ぐずっ……うっ…」

「いつまで泣いてるんだ?」

「うるざぁーい!」

学校から出てからもずっと、明莉は泣いていた。自殺屋にジュースを買ってもらっても泣いていた。

「好きで泣いてなーい!なんか!なんか!溢れちゃうの!」

「そうか…」

「ねぇ…自殺屋さん……」

カーディガンの袖で私は強く頬を擦る。

そして、ちゃんと私なりの告白をする。

「なんだ?」

こちらを見ずに、返事をする自殺屋さん。それだけで、嬉しくなる私はだいぶちょろい女なんだろう。

「私の事……連れ出してくれないかな?」

「は?」

「明日さ、私、終業式なんだよね。夏休みに入るの。私の学校生活は、明日で終わり。だから……連れ出して欲しい。大人の手が……届かない所に……」

私は、自殺屋さんの手を強く握った。ここにこの人が居ると、確信したくて、しっかりと目を見る。

「…」

「明日、学校に迎えに来てよ!その約束したら、今日は大人しく帰るから…」

「そうか。それじゃあな」

自分の手の中から感触が消えて、感覚だけが残る。

自殺屋さんは火の様に揺らめいて消えた。

「…」


​───────


「明莉ちゃん」

終業式が終わって、クラスのみんなが帰った教室に残された。

目の前にいるのは木場晴日。私の、親友。

何故か彼女の顔は赤い。まるで告白でもするようなシチュエーションだ。

「わ、私ね……ずっと前から明莉ちゃんの事が好きなの…」

「スキ?私もスキだよ」

「えっと、恋として……好きなの。恋人に…なって欲しいの……」

そう言われて、心の中が、歪む。何か、泥を掻き回しているような、腐った果実でも握り潰しているような、心のうちの淀を乱される。

だから、真っ先にこんな言葉が出てしまったんだと思う。

「…気持ち悪い……」

と。一生、深く傷つけばいいのに。

そう思いながら吐いた言葉だった。

「…明莉ちゃん?」

「正直、気持ち悪いよ。晴日。」

「な、な……なん……で?明莉ちゃんは、そんな事、言わないでしょ?だって、私の親友の明莉ちゃんだよ?私の事、何でも受け入れてくれるでしょ?」

そう言って、晴日は、私の手を縋るように掴んで膝をついている。

「晴日…」

私は、彼女の手を強く振り払う。

「あ………っ…」

彼女から離れたくて、窓枠を乗り越えて、ベランダの手すりに腰をかけた。

「なんで……」

震えた声の晴日は、何も理解できない様子だった。

ただ、震えて、涙を流して私に訴えてくる。

「私の、か弱くて可哀想な儚い明莉ちゃんは、私に守られてないの?誰が明莉ちゃんをそそのかしたの!」

獣の咆哮の様に叫ぶ晴日に、私の目は冷たくなった。

「明莉ちゃん、私が、私しか、君を守るん人間はいないよ?頼って?依存して?君には!私しか居ないんだよ!そうでしょ!明莉ちゃん!」

気持ち悪い。

「ずっと思ってたんだけどさ…晴日」

私には、晴日が人間にも見えなくなっていた。

「貴方は私の何を見ているの?」

「……え?」

困惑した涙目の晴日が私を見る。

「晴日、私は友達だよ。友達なだけ」

「そうだけどっ!私は、明莉ちゃんの一番の親友になりたくて!!!!」

窓枠から体を乗り込んで私のカーディガンを掴む。

私の頭はやけに冷静で冷たくて、シンプルに思った。


………気持ち悪い。


と。

触らないで。穢れる。

晴日の腕を振り払って、自分の体を重力に任せる。

自分の体が勢いのまま落ちる感覚が少しだけ楽しいなと思った。

「お前っ!」

その声と共に体に衝撃後走って私は抱き留められたのだとすぐに理解した。そして、それが誰なのかも。

「お!自殺屋さ~ん!ナイスタイミング!」

「お前……マジかよ…」

「気も冷えた?夏には良いね!」

「良かねぇよ…」

「えへへー!」

自殺屋さんは上を見て、呆然と私達を見ている晴日を見て言う。

「アイツはいいのか?」

「良いよ。元親友だけど、もう、友達でもなんでもないも~ん!」

私は自殺屋さんの手を引いて、学校を出る。

駅に村って歩きながら自殺屋さんは言う。

「お前、鞄を置きに帰らなくていいのか?」

「ん?あぁ、このカバンね、お財布と、お金と、携帯と……モバイルバッテリーとコードしか入ってないよ?全部学校に置きっぱ!」

「良いのか?それ……」

「いいよ〜。だって、帰るきないし〜宿題もやる気無いしー!」

「そうかよ…で、どこに行くんだ?」

自殺屋さんの手が、私の手を握ぎる。

「ん〜どこ行こうかなぁ〜あ!海行きたい!海みたい!」

「そうかよ」

「海の近くの水族館行こー!」

そこから、私達は電車で移動して、海辺まで来た。

普段住んで居る東京を超えて、隣の県まで来た。

流石に着く頃には夕方になって、水族館はしまっていたけど……でも、オレンジ色の光が空と海を照らして揺らめいていた。

「わ〜!綺麗〜!潮風ベタベター!」

「楽しそうだな」

「うん!すごく楽しい!」

「そうか」

「明日は、水族館行きたい!……クラゲ見たい!」

自殺屋さんは私が足をつけて楽しんでいるのを横から見て少し微笑んでいた。

「そうか…」

「自殺屋さん…ありがと」

「なにがだ?」

「そばに居てくれて…凄く嬉しい」

「ふん。気まぐれだ」

自殺屋さんは顔を背ける。きっとれ照れてるんだと思う。

「うへへ~。じゃ、行こうか」

「ん?もういいのか?」

「うん!明日は泳ぐ!あ、それよりもショッピングモールとかに……うーんー!迷うなぁ〜!」

「別になんでもいいが…金は?」

「ん?嗚呼、お父さんとお母さんの貯金から30万円ぐらい持ってきた!しばらく帰らなくてもいいでしょ!」

「あ、そう……」

「本当はもっと取ってきたかったんだけど…現金はこれぐらいしか置いて無かった。ざーんねん!」

私は靴下履いて、今日の宿を探しに駅の方へ向かう。確か近くに安いホテルがあったはずだ。さっきネットで調べた。

「どーん!」

運良くホテルは一部屋空いていたおかげで、入る事が出来た。

(お風呂、早めに入っちゃおうかなぁ~)

「自殺屋さん、布団なくて良かったの?」

「ん?あぁ。いや、それ以上に、このホテル、出るな……と思って。」

と、ベットひとつしか入らない狭い部屋をキョロキョロ見ながら言った。

「出るって?何が?」

「幽霊」

その言葉に、私は血の気が引いた。

「自殺した霊じゃないな…殺人か?まぁ、この階じゃないし…」

私は自殺屋さんの服を掴む。力強く。

「~っ!」

「?」

「なんでそんな事言うの!怖いじゃん!お風呂入れないじゃん!一緒に入ってよ!」

「はぁ?!お前……改めて言っておくが、俺も幽霊みたいなもんだぞ?」

「自殺屋さんじゃん!幽霊とは違うじゃん!怪奇現象起こさないじゃん!」

「他人からしたら今が怪奇現象だよ……」

「え、そうなの?」

「そうだ。幽霊幽霊言うが、起きてるのは残留思念だ。このホテルも、殺人が起きて犯人と被害者がまだ殺し合ってるな。まぁ、本当の魂は死神に刈り取られて、時期に消えるのを待つだけだか」

「それが一番怖い!!!」

「何故だ??」

「だってぇぇえ!怖いじゃん!」

「お前の怖いの基準が分からん…」

「あー!怖い怖い!お風呂入れないじゃん!」

自殺屋さんはめんどくさくなったらしく、私をシャワー室に入れた。

「ぎゃあああああああああ!」

「さっさと風呂入れ」

「入る!入る!だから一緒に入って〜!」

「はいるか〜!性別を考えろ!」

「お父さんと仕事の人は入ってくるよ〜!」

「そのクズ共は忘れろ!」

「じゃあ入ってこなくていいからそこに居て!」

「はぁ……分かった分かった…」

「何そのちょっと面倒臭いな…みないなため息は!!怖い話したの自殺屋さんでしょ!!」

「はいはい」

「絶対に居てよ!」

「はいはい」

「絶対いてよ!!」

「いるいる」

シャワーのお湯を浴びる。

水が落ちる音が雨の様に音が響く。

「ゴホッゴホッ!ゴホッ!」

口の中に血の味がした。

「半年か…薬飲まなかったら。少しは縮むかな……?」

その呟きは自殺屋に聞こえていた。


​次の日


私達は水族館に来ていた。

「わー!初めて来た!見てみてー!クラゲ〜」

「あぁ。そうだな。」

小さな水槽の中のベニクラゲを見る。横にある生体の看板を見る。

「へ〜、若返るクラゲなんだって。女の人には羨ましいクラゲだね〜」

「そうだな」

「でもさ~、ずっと若いままって…それって生きてるのかな?」

「……」

「肉体だけでも同じ時間に留まるって、心がその時間にとどまるって、もう、それって死ぬ事と同じなんじゃない?」

「お前がそう思うなら、そうなんだろうな」

「あれ?否定しないんだ」

「持論の視点としては、面白いからな」

「そっか〜!」

「じゃあ、お前からしたら、生きながら死ぬってあるのか?」

「あるよ。ていうか、大人になるってそういうことじゃないのかな?でも、大人になるのは拒否する事は出来ないから……というか、しちゃいけないと思う。それが、世代だから。時代も生きるってそういうもんだと思う。ま!私には関係無いけど!」

私は大きな水槽に移動する。そこは少し広場になっていて、小さな子供が遊んでいて、お母さんが少し怒っていた。

前の水槽は、沢山の魚がいて、小さな魚から大きな魚、サメもいて、海の世界が小さく凝縮されて再現されていた。

「わ〜!綺麗!ねぇねぇ、自殺屋さん」

「なんだ?」

「この中の魚は幸せなのかな?この中でも、社会ってあるよね?不満は持ってないのかな?寿命を全う出来るのに」

「持ってるだろうな。だが………俺たちは何も出来ないぞ。助けることも陥れることもダメだし、しちゃダメだ。この中は、隣の芝でしかない」

隣の芝……ふっ、隣なんて無いよね。

大丈夫だよ。羨ましいすら思ってないから。

「そっか……そうだね!」

私は自殺屋さんの手を握って、次の水槽の前に移動する。

「あ、見てみてータカアシガニだって〜美味しそー!お醤油付けてたべたーい!」

「なぜ食べる方なんだ……」

「クラゲって美味しいのかな?」

「さあな」

「美味しそうだよね!」

「お前、お腹すいてるのか?」

「ううん!ぜ〜んぜん!好奇心!」

「そうか……じゃあ、クレープでも食べるか?」

「ふえ?」

自殺屋さんは看板を指さしていた。

『映え映え!クラゲクレープ!』

「食べたーい!」

午前中に、水族館を回ってからショッピングモールに移動した。

「自殺屋さんのお洋服考えたーい!」

そこから自殺屋の地獄の時間が始まった。

「そういえば、ずっと暑そうな格好をしてるけど、暑くないの?」

「暑さも寒さも感じ無い」

「ふーん!」

ニヤリと笑う明莉に少しだけ笑う。

そもそも自殺屋には自分の服に一切の興味が無かった。あまりに興味が無さすぎて、『他殺屋』の少女に着せ替え人形にされて妥協で今の服を着ている。

そして、明莉に完全に着せ替え人形にされた。


さわやかに全振りした、勿忘草色の半袖シャツに白いシャツにジーパン。に、黒縁メガネ

「わ~!イケメン!」


パーカーに大きなプリントアウトが入った、シャツに黒いパンツ。に、黒縁メガネ

「わ〜!チャラそう!」


柄シャツにジャケットを羽織ってジーパン。に黒縁メガネのサングラス。

「チャラーい!」

「ちょっと待て」

流石にストップをかけられた。

「ん?」

「チャラいはおかしいだろう」

「そっかー。カッコイイと思うけどね~。自殺屋さん、顔よすぎて何着ても似合うんだもん!チャラくてもいいと思うの!」

「俺が嫌だ」

「うーん。でもさ、前髪上げてると、どうしたってチャラくなるよ〜」

「そうか…」

「気にした事ないの?」

「別に…」

「うし、じゃ、美容室に行きましょ!あ、その前にコレを来て!」

「え……」


黒い縦線セーターに黒いパンツ。に、黒縁メガネ。

「これがサイコー!ちょーいい!可愛い!カッコイイ!すてきー!季節外れのセール品見たかいあったー!」

「一番白熱してるな…」

チャリーン。

即買いした。

着替えた自殺屋さんと美容室に移動して…

「お客様、この方…どの様にしましょうか…」

美容師さんに言われ私は周りを見渡した。

「うーん…あ、この雑誌の髪型でお願いします!余分な所を切る感じで!」

「かしこまりました!」

「どれぐらいで終わりますかね?」

「三十分ぐらいですかね?」

「わかりました〜!」

自殺屋さんのセッテングがあと数分で終わる所で私は飲み物を買いに美容室を出る。

近くにあったキッチンカーを見つけて、前に並ぶ親子に足が固まった。

「お父さんとお母さん……」

今の親では無い。実の親……。

お母さんは太っていた。それでも分かった。お父さんとお母さんの間には、私じゃない子供が居た。

「ん〜!んー!イチゴ!ん〜!やっぱりバナナ!」

目の前の子供は食べるクレープを選んで迷っていた。

「しょうが無いわね…じゃあママがイチゴ食べようかな〜」

「は、半分こ!」

「ふふっそうね~」

三人とも、楽しそうに笑っていた。

「…」

(……私が居ない方が幸せじゃないか…)

私は踵を返して、美容室に戻る。セットが終わった自殺屋さんが、目の前に立っていた。

「あ、戻って来たんだな」

黒縁メガネに、パーマをかけたマッシュヘアーに縦線セーター、黒パンツ。

うん。イケメン。これ以上ないほどのイケメン。

「はわわわ…結婚して下さい…!」

「何言ってんだお前…」

「カッコよすぎ……」

明莉か完全にゆるゆるしていた。

「あ!自殺屋さ~ん、あっちにキッチンカーあるからクレープ食べよ〜」

「なんだ?さっき食べに行ったんじゃないのか?」

「結構並んでて、様子見ようかとおもったの。終わったなら、一緒に並ぼ!」

「全く……」

自殺屋さんの手を引いて美容室を出る。「ありがとうございました~」と、元気な美容師さんの声に返事をして、キッチンカーに向かおうとしたら、別の知らない人から話しかけられた。

「あの……太宰明莉さん?」

「え?」

知らない人はスマホの画面を見せてきた。液晶には、私を見つけたら数十万円という、写真が映し出されていた。まるで賞金首の様に書いてあった。

「コレは………お父さんか………ハハッ…あと人、ほんとどこまでも私の邪魔しかしないな…」

私は自殺屋さんの手を引いた。強く。

今の私が向かう場所は一つだ。

自分の死に場所。

ショッピングモールの屋上へ急ぐ。ここまで散々迷惑をかけられてきたんだ。最後ぐらい、私が迷惑をかけてもいいだろう。

「おい!明莉!お前、まさか……!」

自殺屋さんの声は迫真で、私のやろうとしていることはよく分かっているらしい。

「そう!そのまさか〜!あはは!」

「何故笑う?」

「うーん、なんでだろうね!でも、今すっごく楽しい!鬼ごっこなんて、久しぶりしてるもん!」

「鬼ごっこって……」

おかしいかな?おかしいよね。でも良いよ。

私、何一つ後悔してないから。

私の最後の幸せな夢だったから。

引き際ぐらい、運命じゃなくて、私が決めたい。

私だけの命なんだから。

「ごめんね?思いのほか急ぎ足になっちゃって…」

ショッピングモールの屋上は、思いのほか高くて、びっくりした。

「いや…別に」

「止めないの?」

「止めて止まるか?お前が」

「いいえ!」

「だよな」

「ねね、怖いから、一緒に飛び降りてくれない?」

「断る」

「そっか〜じゃ、背中を押して?」

「分かった」

自殺屋さんの顔は苦しそうだった。本当に辛そうだった。

流石に、申し訳ないなぁ…

でも、止めないのは私の意思を尊重してるからだ。

それが、自殺屋さんの優しさなんだ。

「悪かった……」

か弱く、弱々しく、苦しそうな声で、背中に手が置かれた。

私は前に倒れる。

自殺屋さんは私を引き戻そうとした。

「自殺屋さん!」

あぁ、あぁ。

良かった。

私の最初で最後の恋が、貴方で。

心の底から、好きだと会える人があなたで。

『幸せ』を教えてくれて、『恋』を教えてくれて、ありがとう。

「私をあいして、くれて、ありがう」

体が落ちる。貴方は悲しそうな顔で、落ちる私を見ている。


太宰明莉、自殺『成功』

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自殺屋さんは背中を押す 華創使梨 @Kuro1230

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