大葉龍、曙安吾


高校生の少年。長めのボサボサの黒髪を揺らして生ゴミが着いた上履きヨレヨレの制服にペンキをかけられたような模様が浮かんで、黄ばんだワイシャツの砂埃と血は落ちていない。その上、彼が座っている机にはゴミが捨てられ机の裏までゴミが貼られている。

そんな彼の名前は曙安吾あけぼのあんご

彼にゴミを投げるクラスメイト。昼休みでは恒例の当てゲームだ。荒木がやってみたら思いの外面白かったからクラスに広まった遊び。安吾は怒りもせず諦めた顔でただ悔しそうに拳を握りしめるだけ。

「じっとしてるだけじゃつまんねーからたまには動けよな〜!」

そう言って黒板消しや定規が飛んでくる。それでもじっと耐える安吾。教師陣も止めに入るがいじめっ子に対する教師ほど役立たずな物は無い。何度か説教はするがそれで収まるほど甘くないのだ荒木は。成績優秀で運動神経が良くクラスを先導し積極的に行事の面倒事を引き受ける。いじめの主犯格であること以外は模範的優秀な生徒だ。

そう、クラスで煙たがられキモイと女子から囁かれ虐待のせいで出来た顔の火傷を笑われる安吾とは真逆の世界にいる。

だが、憂鬱以外の顔を許されていない安吾にも唯一の友達が居た。

「うげ〜曙また派手にやられてんな〜」

放課後の学校の屋上。夕暮れの中二人は話していた。金髪にピアス。全身傷だらけの体。鋭い三白眼。荒い口調に着崩した制服。何処からどう見ても不良の彼は大葉龍。ケラケラ明るく笑う龍とジメジメした日陰の存在の安吾とは荒木とは別の意味で真逆な存在だ。

「うん…でも大丈夫だよ」

「何処がだよ…」

悔しそうに笑う安吾に呆れたように返す龍は本当に良い友達だ。

「僕が悪いんだよ。こんなんだし、怒らないし…全部僕が…」

「…本当…世の中最悪だよなぁ」

「うん」

こんなしょうもない事を言い合う友達だった。

「そう言えやよ、自殺屋って知ってるか?」

「自殺屋?自殺に見せかけて殺すの?」

「自殺の後押しをしてくれるらしい。まぁ噂みたいなもんだけど。この電話番号に電話したら自殺屋さんが後押ししてくれるんだと」

「電話したの?」

「…。なぁ、安吾。俺が死にたいって言ったら止めてくれるか?」

龍は泥水みたいに澱んで虚ろな目で安吾を見る。安吾はひゅっとの声が出なくなって何も言えなくて俯いてしまう。本当は言いたいことがいっぱいあるのに。聞きたいことがいっぱいあるのに全部の言葉が喉で詰まって出て来ない。吐き出せない。

「そ…れは…」

(どうしよう…ずっと続かなくても、これ以上があるなら…止めない方が…でも…そもそも止める権利なんて僕に…無い)

「プ!」

と吹き出したような声が聞こえ前を見ると、何が面白いのか大爆笑している龍が居た。

「え??」

訳が分からず安吾の頭をはてなで埋め尽くされた。龍はそれが面白くてより笑って

「ひ〜っ!悪ぃ悪ぃ、そんなこの世の終わりみたいな顔すんなよ〜死ぬ気なんてねぇし、こんなのただの噂だろ?まじになんなって!」

「う、うん。そうだよね…」

「んじゃ!そろそろ帰るか〜おばさん心配するだろ?」

「うん。あ、叔母さんから買物頼まれてるんだ…急がなくちゃ…」

「マジで!早く行こうぜ!」

「また家に来る気?」

「持っっちろん!!」

「叔母さんにあんまり気を使わせないでね?」

「はーい!!」

安吾は虐待の発覚で母方の優しい叔母さんに引き取られた。

叔母さんと龍はとっても仲が良くて、よく分からん龍は家でご飯を食べる。

「ただいま」

「お邪魔しマース!」

古い小さいアパート。そこにある小さく偉大な幸せの箱。

「おかえり〜あ、龍君!また来たの?」

キッチンから顔を出した叔母さんに龍は元気よく言う。

「はい!!叔母さんのご飯大好きなんで!」

「んもー、褒めたってご飯ぐらいしか出ないわよ」

「最高ッス!!」

「早く手洗って着替えてきなさい。作るの手伝って」

「「はーい」」

安吾にとって学校の地獄は耐え難いものだが、死んで手放すにはこの天国は惜しすぎる。

(龍は…ここも嫌いなのかな…?)

手を拭くタオルが止まる。手を洗っている龍の背中をじっと見る。

「龍…君は…」

「ン?何?」

「えっと…何でもない。はい、タオル」

「おう!サンキュ!」

「うん…」

(やっぱり僕なんかじゃ…ダメなのかな?)

食事を作り終わり、食卓には山盛りの唐揚げに野菜やポトフが置かれていた。

「うおー!叔母さん今日は豪華っすね!」

「今日は特売が多かったからねぇ」

叔母はニコニコしながら優しい笑みで言う。

「唐揚げ美味いっす!!」

「あら、嬉しい。安吾は?美味しい?」

「はい。とっても」

そう言って大きいゴロゴロした唐揚げを口に運ぶ。芳ばしい香りが口いっぱいに広がりジューシーな肉汁が溢れ出てニンニクの旨みと共に喉に流れていく。

叔母は嬉しそうにご飯を掻き込む二人を見て幸せそうに笑う。

「二人とも学校は楽しい?」

「「…」」

一瞬心臓が強ばる。叔母は学校での現状を知らない。まずいじめられてるなんて…言えない。

「えっと…」

「楽しいッスよ!」

「そう!良かったわ!学校は将来の為に行っときなさいよ?辛くても。絶対貴方達の為になるから」

叔母さんの優しい言葉が痛い。

「うん…頑張るよ!」

「ええ!頑張って!大援してるわ」

安吾はちゃんと笑えているか不安になった。



夕食を安吾の家で食べ終えた龍は家に帰ってきた。安吾の家の様なアパートとは違い、オートロック式の高層マンションに入り、エレベーターで最上階に上がり、一番奥の一番大きなドアの中に入る。

高級感溢れる室内は龍にとっては監獄そのものだった。父親が新聞紙を読み、母親が召使いの様に立っている姿が目に入り自室に入ろうとした時

「また帰ってきたのか。穀潰し」

「すみませんね。俺は寝ますんで、安心してください」

父を睨みつけながら言う。

「そうか。早く出てって俺との縁を切るように努力してくれ」

「死ねクソジジイ。テメェが浮気しなきゃ俺が生まれなかったんだろうがッ!」

自室のドアを強く閉める。「クソッ!」と部屋の壁を蹴りあげ、龍は自分のスマホに『自殺屋』の電話番号を打ち込み始める。



次の日、学校はだいぶざわついていた。特に女子が。

「ちょっとなにあのイケメン!」

「誰の知り合い?!」

安吾はジメジメした顔で横切ると、台風の目の男は眼鏡越しの黒い瞳が安吾を映した。

男はニヤリと頬を上げ、生徒達を掻き分け安吾の肩を掴む。

「君が昨日の電話をくれた人?」

「え?」

安吾は目を丸くして男を見た。整った顔立ちに、パーマをかけた黒髪マッシュヘアー。黒いタートルネックの縦線セーター。白いパンツ。そして黒い太縁眼鏡の爽やかな青年を安吾は知らなかった。

「初めまして。僕は自殺屋です」

「じ、自殺屋?!僕知りません!人違いです!」

逃げるように教室に走り、ドアを開けた瞬間ゴミがかけられ、クラスの笑いものにされた。

(そっか…びっくりして逃げ込んだけど、ここに僕の居場所は無い…)

「プハハ!アハハハハハッ!ひーっ!アハハハハハハハ!」

と一番大笑いしていたのは安吾の後ろに立つ自殺屋と名乗った青年だった。笑いすぎてクラスの奴らが引くくらいに笑う。

(この人も…笑うのか…)

「犯罪者予備軍じゃないですか〜荒木さん!クフフ…やっば!はーっ、お腹痛いいヒヒヒっ!」

「え?」

クラス全体が凍りついた。

「え?違うんですか?あ、ここに居る人、安吾君以外、全員ヤバいですもんね〜そりゃ気づかないか…」

笑い涙を拭いながら自殺屋は僕の前に立つ。荒木がイラついた様に自殺屋に絡む。

「部外者がいきなりなんですか?俺たちからってるだけですよ?なぁ?曙」

睨みつけながら聞く荒木との間に自殺屋が腕を入れる。

「やっば〜いじめっ子の常套句〜!しかもいじめ方古いし〜90年代の人〜?」

「てめぇ!」

自殺屋は黒煙を洒落た柄の大鎌にして荒木を切り裂いた。

「痛くないでしょ?心を切るので」

「そんな事出来るんですか?」

「自殺屋ですから」

満面の笑みで言う。

「というか〜安吾君が呼んだんじゃ無いんですか〜?僕は」

「違います…」

「ふーん、君は死にたがっている人間を止めますか?」

「…いえ」

「どうして?」

「権利が…無い…から」

自殺屋は考え込む様な仕草をして、黒い瞳が何かを見つけて動くとニヤリと頬を上げた。

「嗚呼、そういう事」

「え?あれ?」

目を離していないはずなのに消えた。どうして自殺屋が来たのか考えた瞬間、真っ先に龍の姿が浮かんだ。

(真逆…嫌だ)

無意識に足が屋上へ向かった。



「本当に来んだな」

屋上で龍と自殺屋が話していた。

「勿論!自殺屋ですから」

「そうか…」

「どうして死にたいと思ったんです?」

「別に?俺生まれない方が良かったんだよ。親父の浮気相手の子供。俺の記憶で今の母さんが笑いかけた事なんか一回もねぇし」

「それだけですか?」

「嗚呼。でも十分だろ?」

「安吾君は良いんですか?」

「…。悪ぃとは思うよ。でも俺、彼奴のいじめ黙認してんだよ。ちゃんと助けてくれる誰かがそばに居た方が良い」

「そうですか。ならいいと思いますよ。貴方にしか後悔がないですが」

龍は柵を飛び越え、落ちるギリギリに立つ。

「空が綺麗だな」

「快晴ですね」

「嗚呼」

龍は大きく伸びをし

一歩前へ。


踏み出した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

聞こえたのは安吾の叫び声。安吾の手は落ちていく龍には届かない。

自殺屋は大鎌で龍をコルク版の紙の様に固定し、後を追い掛けて柵を飛び越えようとするのを自殺屋が止める。

「死にますよ!安吾君!」

「離せ!!龍が落ちたんだぞ!!」

「無理ですよもう」

涙を流しながら自殺屋の胸ぐらを掴んでなにか責め立てようとしても言葉が出ない。

「…ッ!」

「優しいですね。いじめを黙認し、助けなかった友達に対してそう言えるのは。そんなんだから止められないんでしょうけど」

「…ッ!うるせぇ!いじめとかどうでもいいんだよ!!家に帰ればそれで終わる!!怖くても耐えられんだよ!!嫌なのはたった一人の友達が消える事何だよ…」

「…」

龍の両目から涙が出る。自殺屋の何度も胸ぐらを殴って泣きじゃくる安吾の姿は見えないが、初めて自分の為に泣いてくれた人を知った気がした。

自殺屋は冷たく、冷酷な言葉を告げる。

「だから何ですか?安吾君、君が言っているのは負け惜しみですよ。死んだ人間にその言葉と気持ちは届きません。ただの肉に言ってもなの意味も無くないんですよ」

「…違う…僕は龍とまたご飯食べたいだけなんだ…親友として…」

そこまで聞くと、自殺屋の冷たい目は、優しいものに変わり、好青年らしい優しい顔になった。

「でも良かったですね!」

「うおっ!」

ヒョイッと黒い鎌を持ち上げると引っ掛けられた龍が居た。

釣られるように柵の中に入れられた龍。自殺屋はニッコリと微笑んで

「龍君、君には死ぬ権利がありませんね。残念です」

「はぁ?!アンタは…」

「僕は死ぬ権利がある人間だけ後押しします。誰かに死ではなく生を求められた時点で死ぬ権利はありませんよ。それ以外はただの殺人ですから」

「「…」」

「という訳で僕は帰ります。良かったですね。龍君」

そう言って自殺屋は煙の様に消えて行った。

終わった。

安吾と龍はそう思う。

「なぁ、安吾」

「何?」

「ごめん。色々」

涙のあとを拭う龍の姿を見て、泣きながら

「ううん。僕もごめんね。気づいてあげられなくて」

二人は顔を見合って初めて笑い泣きか嬉し涙を流した。

何も変わらないけれど、明日も地獄は続くけれど、それでも止められただけで頑張れる気がする。




大葉龍、自殺『失敗』

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