04 最高存在の祭典 La fête de l'Être suprême

「素晴らしい! 素晴らしい! 実に素晴らしい! 今、『理性の祭典』は全フランスへと波及している!」


 エベールは得意の絶頂だった。

 自ら企画した「理性の祭典」は大好評で、パリどころかフランス各都市で何度も何度も催された。

 特にパリのノートルダム寺院あらため「理性の神殿」での祭典は大人気で、「本場の祭りを見よう」と全国から「おのぼりさん」が訪れた。

 エベールは彼らを快く受け入れ、そして新聞「デュシェーヌ親父」新聞を渡しては、われらの活躍に乞うご期待と言い切った。


「いろいろあったが、あのオーストリア女マリー・アントワネットはギロチンで死んだ。ざまあみろ!」


 結局のところ、革命裁判所は王妃に死刑を宣告した。

 ロベスピエールは、その判決に思うところはあったが賛意を示し、王妃は処刑された。

 以降、エベールを止めるものはいなくなる。

 フランス東インド会社という王政時代からの国策会社が清算されることになり、この清算にあたって不正や汚職がおこなわれ、それにエベールの政敵であるダントン派の議員がかかわっているとして、エベールの告発により、かなりの議員が投獄された。


「見よ! 『デュシェーヌ親父』は貧民の味方だ! 汚いことをして金銭かねを儲ける議員なんぞ、目に物見せてくれる!」


 高笑いするエベールであったが、彼の絶頂もここまでであった。


「貧民の味方?」


 ダントンの腹心であるカミーユ・デムーランは、自らの新聞を発刊し、その紙面において、エベールを糾弾した。


「『貧民の味方』を標榜ひょうぼうするジャック・ルネ・エベール氏であるが、ここに興味深い話がある。すなわち、何人かの外国人銀行家との間に、実に『親密』な関係にあるということを」


 デムーランは、その外国人銀行家たちが『デュシェーヌ親父』に投資していることを指摘した。

 それはまるで、エベール邸にある、『デュシェーヌ親父』の帳簿を、鋭い指摘だった。


「それが何だというのだ! われら共和国には、経済の自由はないのか!」


 国民公会において、エベールは苦しげに言い返した。

 そこへおもむろに、ロベスピエールがデムーランの新聞を片手に、壇上に立った。


「諸君。ここにデムーラン氏の新聞の、最新号がある。ここに記されていることを、私は皆に報告せねばなるまい」


 ロベスピエールは新聞を大きく広げた。

 エベールはその紙面の見出しに、ぎょっとする。


「……市民シトワイヤンエベール、君の新聞、『デュシェーヌ親父』は、軍と購読契約を結んでいるな? しかも、このような価格で」


 見出しには「エベール、軍から不正に巨利」と記されていた。

 貧民の味方であることを強調し、敵対する議員の不正を追及してきたエベールにとって、それは致命的な弾劾であった。


 ……ちなみに、エベールの妻、フランソワーズが食事を共にしていた友人、リュシル・デュプレシは、カミーユ・デムーランの妻であった。



 リヨン。

 ジョゼフ・フーシェは、革命に対して反乱を起こしたこの街に赴任していた。

 この街は、当初は革命派と王党派が対立しており、ある日、革命派の領袖シャリエが王党派に捕まってしまう。これを憂慮した国民公会は、「脅し」としてギロチンを送りつけた。

 ところが、王党派は、このギロチンでシャリエを惨殺してしまう。

 さらに王党派はシャリエ派への私刑リンチをおこなったとされ――国民公会は共和国軍の派兵を決定した。


「……ここもまた、沸騰する祭りというわけか。しかもその余熱、冷めやらぬ」


 鎮圧されたリヨンにおいて、フーシェは、徹底的なまでの弾圧を指示した。

 彼が何を思い、この弾圧をおこなったかは、判然としない。

 ただその苛烈なまでのおこないは、トゥーロンなどの王党派の都市の気を挫くのに一役買ったといわれる。


 ……そのような中、フーシェはロベスピエールから、一通の書簡を受け取った。


「お叱りか? あるいは、エベールの件か」


 書簡はその両方で、ロベスピエールはフーシェのやり過ぎを責める一方で、追い詰められたエベールが叛乱を起こそうとしたので、逮捕したと告げていた。


「ふむ。思ったとおり、デムーランが動いたようだな」


 フーシェがエベールを外出させる。

 リュシルがフランソワーズを誘う。

 その間に、デムーランがエベール邸を探る。

 それだけの、単純な計画だった。


「エベールは、たたけばほこりが出る人物だというのはわかっていた」


 あとは、その埃をたたき出すのを、エベールの政敵の側の誰かにやらせればいいだけだ。

 フーシェはそう目論んで、デムーランに目をつけた。


「非キリスト教化運動も、新たな『宗教』を作っているようでは、先が思いやられる」


 フーシェがその運動に取り組んだのは、キリスト教の支配を断ちたかったからであって、人々の信仰心まで否定するつもりはない。

 ところがエベールは、その信仰心の持って行きどころを作ってしまった。

 作ってしまった上で、自己の喧伝の材料とした。


「さて、これから非キリスト教化運動をどう持って行くか……」


 そこでフーシェは、ロベスピエールの書簡に追伸が記されていることに気がついた。

 それは数行しか記されていなかったが、フーシェに大きな衝撃を与えた。


 ――やはり『理性の祭典』は、あってはならなかった。しかし、人々の信仰というのは大事であり、心のもといである。が、革命は神を否定した。そこで私は、もし神が存在しないなら、それを発明する必要があると思う。


「ロベスピエール」


 ――私は発明したを崇める祭典をおこなう。名づけて『最高存在の祭典La fête de l'Être suprême』を。


「ロベスピエール、君は」






 ……このあと、マクシミリアン・ロベスピエールはテュイルリー宮殿とシャン・ド・マルス広場において『最高存在の祭典La fête de l'Être suprême』を催した。

 だがその二か月後、ジョゼフ・フーシェの主導により、熱月テルミドール反動クーデターによりたおされることになる。






【了】

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沸騰する祭×去らない熱 四谷軒 @gyro

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