男たちが石橋山で討たれていく中、
北条政子は、ただ静かに泳いでいた。
目指すのは、夫・頼朝の背を守る勝ち筋。
伊豆にて目代・山木兼隆が政子を差し出せと命じたとき、
政子は自らそれに従うフリをし、囮となって山木を討たせる策を選ぶ。
彼女は女でありながら、政略の先頭にいた。
乳児を抱えたまま、敵の目前へと進み、戦機を引き寄せる。
そして敗戦のなか、なお未来を読む頼朝の策。
それを政子は、泳ぎながら見抜いていた。
「見れば、まるで鶴の飛び立つような」
真鶴の岬を見上げるその目線は、
まさに鳥瞰する戦略の目。
これは、「頼朝の妻」という枠には収まりきらない、
知と胆力を備えた北条政子の、もうひとつの鎌倉物語。
かの有名な北条政子といえば、どのようなイメージをお持ちでしょうか?
源頼朝の妻。嫉妬深い女。尼将軍。稀代の悪女……などなど。
歴史にあまり明るくない方でも、そういった印象が先に出てくる女性かもしれません。
この作品は、源頼朝が挙兵する前後を描いた短編です。
伊豆を牛耳る山木兼隆の討伐から始まり、石橋山の戦いと、描かれているのは約五千字の短いストーリーなのですが、短編とは思えないほどに読み応えのある作品です。
登場する主な人物は、北条政子とその弟の義時、そして源頼朝。
会話にしてもそう長くはないのですが、交わされる会話からそれぞれの関係性が密に伝わるのは、作者である四谷軒様の筆力ならでは。
この夫にしてこの妻。この姉にしてこの弟。
そして、タイトルにもある鶴の飛び立つとは……?
のちの鎌倉幕府を作り、尼将軍として執権としてこれを支えてきた人たちの最初のストーリーを、ぜひご覧になっていただきたいです。