第2話 なぞなぞバトルに勝ちたい
「じゃあ、お客さん、あっしから謎幻術を展開するよ」
完全に納得したわけじゃなかったけど、私は自信をもって頷いた。
なにせ私は今までエクレールの番組に謎幻術のなぞなぞを送るために研究し続けて来たのよ。
どんな謎幻術でも私にかかれば簡単に解いて見せるわよ。
おじさんがあらためて両手を胸の前で合わせて口を開く。
その言葉と同時に店の中に闇が拡がっていく。
店内に満ちた闇の中で人間の頭ぐらいの目がいくつも出現し、私を一斉ににらみつけた。
「ひえっ!」
テレビの中では何度も見ている謎幻術だったけれど、実際に目の前で見せられると迫力が違う。
私はこの謎幻術の正体を当てないといけないのだ。
「目を開けているときは見ることができないのに、目を閉じると見ることができるもの、それはなあんだ?」
そのなぞなぞは魔法のような霊力を帯びていた。
自信満々で待ち構えていた私の耳に謎幻術自体が魔法の呪文のようなひびきで聞こえてきた。
えっ、なにそのなぞなぞ!
目を開けているときは見ることができなくて、目を閉じると見ることのできるもの、そんなものがこの世のなかにあるの。
とっても不思議な雰囲気を秘めたなぞなぞ。
闇の中の大きな目はゆっくりとまばたきしながら私の周りをとり囲む。
目を閉じて見えるのは、まぶたの裏側だろうかとも考えた。
けど目を閉じていたら真っ暗でそもそも何も見えないから、まぶたの裏側は違うかもしれないと私は考え直す。
私はうーんとうなったまましばらく時間がたったが、謎幻術の正体は浮かんでこない。
妖怪に出会えて熱くなった体から、こんどは冷たい汗が染み出てくるように感じる。
「どう、わからない?」
小首をかしげる店員の女の子に向かって、私はおずおずと口を開く。
「もうちょっと、もうちょっとだけ待って」
おかしい。あんなになぞなぞのことは研究したのに。
そういえばこのおじさんが妖怪テール人体模型なら、テレビの中で一度エクレールになぞなぞ勝負で勝っているのを私は思い出した。
謎幻術の攻撃で大きなダメージを負ったエクレールは仲間の力でよみがえることができたけど、私には仲間なんていない。
答えが分からないと私は妖怪に対する情熱を奪われて抜け殻のようになってしまう。
「残念ね。せっかく素質がありそうだと思ったのに」
店員の女の子が興味を失ったようにつぶやく。
それは私自身も同じだった。私の頑張った自信なんてこんなものだったんだ。
思わず諦めたような気持ちが私の口から出てしまう。
「……たぶん私にはそのぬいぐるみは縁がなかったのかも」
私の口からこぼれた弱音に店員の女の子は少しイラっとしたような表情になった。
「縁はあったんじゃない?」
私の言葉を店員の女の子はやんわりと否定する。
「あなたの叶えたい願いはお友達が欲しかったこと?」
「えっ、あの、願いって……」
「そのぬいぐるみは自分にふさわしい持ち主を探していたのよ。だからこそあなたが選ばれたんでしょ」
「ちょ、ちょっと、お嬢」
なぞなぞバトルに割り込んできた女の子におじさんがとまどう。
「ああ、ごめんなさい。余計なことだったわね」
ずっと願っていた同じ妖怪の友達が欲しいという思い。
両親は仕事で忙しく、姉弟もいない、ペットも飼えない自分はこれからもひとりぼっちなのだと半分諦めていた。
この引き合わせは確かに縁と呼べるものなのかもしれない。
「あなた、名前はあるの?」
私は天狐のぬいぐるみに問いかけた。
(俺の名前はトワだぜ)
「へえ、トワ君って言うんだ」
夢にまで見た妖怪の話し相手、それがもう目の前だっていうのに。
あれっ、夢にまで見たって、もしかして。
突然パズルのピースが合わさるような感覚が体の中を駆け抜けて私は目を閉じた。
もう一度なぞなぞの答えに思いを巡らせる。
目を開けていると見ることができないのに目を閉じれば見ることができるもの。
そして、自分の考えを確かめるようにゆっくりとつぶやいた。
「目を閉じると見ることができるもの。答えは夢……ですか?」
私の答えを聞いた店員の女の子はどこか満足げに微笑む。
同時に私の周りを取り囲んでいた大きな目と店内に広がっていた黒い闇は吹き飛ぶように消し飛んだ。
「く、くそう、正解だ。お客さんの勝ちだよ」
自分の妖力が増えるための情熱を手に入れられなかったおじさんはくやしがる。
「じゃあ、この布人形はあなたにゆずるわね」
「あ、ありがとう」
私がうれしがっていると不意に店員の女の子がささやきかける。
「あなたのそのしっぽ、そのせいであなた友達がいないんじゃない?」
店員の女の子にも私のまぼろしのしっぽが見えていたようだ。
つまり、私が妖怪だということはこの子には気づかれていたらしい。
「あの、どうして私なんかに良くしてくれたの?」
なぞなぞ勝負のことについても店員の女の子はかなり優遇してくれたような気がする。
こう思うと悪いけれど、この子は無表情で落ち着いた雰囲気なのであまり他人には興味がないような印象を受けるのに。
「さあ、私としても不思議だけど、あなたのことが他人とは思えなかったから?」
目の前のこの女の子には私と違ってしっぽは生えていない。
だとすると私と同じと感じたところは霊感が強いことだろうか。
「あなたも霊感が強いことで苦労してるの?」
「……まあ、そうかしら」
はぐらかすように答えた女の子の顔を私は覗き込む。
彼女の大きな瞳にはやはり感情があまり見られない。
私自身の不思議そうな顔が映っていただけだった。
「繰り返して言うけど、このぬいぐるみは生きているわ」
生きているぬいぐるみ、なぜか怖さは感じなかった。
「この子はもしかするとあなたの寂しさを埋めてくれる心のパートナーになってくれるかもしれないわね」
寂しさを埋めてくれるという女の子の言葉に不思議な期待を抱きながら私は財布から千円札を抜き出した。
◇
生きているぬいぐるみのトワ君を家に連れて帰った私はさっそくソファの上に並んで座り、いっしょにテレビを見始めた。
仕事から帰ってきた両親からは当然きつねのお面をつけた奇妙なぬいぐるみをどこで手に入れたのかを聞かれた。
正直に商店街のお店のワゴンセールで買ったことを説明するとすべては納得していないようだったが、仕事で疲れているからかそれ以上は追及されなかった。
しばらくして、ママが早く宿題や明日の準備を済ませるように促す。
私はトワ君と2階の自分の部屋に行こうとしたが、そこでトワ君が話しかけてきた。
(俺はこの部屋のソファの上にいるから)
「えっ、一緒に部屋に行こうよ」
(ばか、俺は男だぞ。お前の部屋に一緒に行けるわけないだろ)
ぬいぐるみのくせに恥ずかしがるなんてとも思ったけれど、嫌われてもあれだから私は聞いてあげることにした。
「あっ、ご、ごめんなさい。そうだよね、男の子だもんね」
私はあやまると優しくトワ君をソファの上に置いた。
「
不思議そうにママが聞いてくる。
ママにはトワ君の声が聞こえていない。
そのとき私はトワ君の存在をうれしく思いながらもこっこやの女の子が言っていた危ない時に守ってくれるという言葉を思い出していた。
「トワ君は私が危ない目にあいそうになったら、守ってくれるのかな?」
私は2階への階段をのぼりながら呟いた。
「でも、私のことを守ってくれるってことはトワ君が代わりに危ない目にあっちゃうってことだよね」
そういう役割のものだとしても、なかなかに気分は複雑だ。
私のことを攻撃してくるものとして真っ先に思い浮かんだのはクラスメイトの椎奈だ。
「私の正体を知ってる椎奈なんかはあっちがいなくなればいいのに」
これ以上嫌いな子のことを考えても不安になるだけなので、私はそれ以上何も考えずに部屋で宿題を始めることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます